第22話 22日目

「ぼく占い師だったんだけど岩崎くんが狼だったよ」

「そりゃ二人で人狼ゲームをやったらそうなるだろうが!」

 今日も岩崎くんのツッコミが元気だ。

 ぼくたちはいつものように放課後部室で駄弁っていた。毎週のこの時間はお互いに授業もなければアルバイトやほかのサークル活動もないので、どうしてもこの部屋でだらだらと過ごしてしまう。

 民間伝承研究会の部室にはゲーム機やモニター、パソコンなどが完備されていて、潰す暇も与えてもらえないほど忙しい空間だった。それでもせっかく二人でいるのにただお互いに別々のことをやって時間を潰すのもなあ、と思い岩崎くんに「ねえ人狼ゲームって知ってる?」と声をかけたわけだ。

「は? もちろん知ってるが……」

「やろうよ!」

「は?」

 そんなわけで最初に戻る。

 人狼ゲームは単純にして奥が深いゲームだ。平和な村に紛れ込んだ人間に擬態する狼―人狼が毎晩一人ずつ人間を食い殺していく。それに危機を覚えた村人たちが、毎日正午に一人ずつ怪しい村人を公開処刑していき、村から人狼を追い払おうという物騒な世界観だ。

 村には、毎晩一人の過去を見通し、人狼か否かを確認できる“占い師”や、死者と話すことができ、死者が人狼だったかどうかを確認できる“霊媒師”など、様々な固有能力を持った人間がいて、それらの力を使って人狼を追い込んでいくのだが、当然占い師だと信じていた人間が実は人狼で、などの心理戦が繰り広げられる。

 他にも、人間だがなぜか人狼側の味方に付く“狂人”や、毎晩の人狼の攻撃を無効にできる“狩人”、お互いの正体を知っている代わりに片方が死ぬと死んでしまう“恋人”や占われると死んでしまう“妖狐”、二日目の朝になると……まだやるかい?

 中には、ワンゲームに一度だけ二人殺せる強い人狼とかもいる。強欲な人狼、だったかな?

 そんなわけで大変面白いゲームなんだけど、まあ間違っても二人でやるゲームではなかった。

「それにしても、ゲームの仕様上必須能力とはいえ、基本役職の中でも幽霊と会話ができる“霊媒師”だけはちょっとファンタジーに寄りすぎというか、突飛だと思うな」

「そうか? 妖狐とかコウモリ男、道連れピエロにゾンビと、世界観ぐっちゃぐちゃだぞあのゲーム」

「ぼくいま基本役職って言ったよねぇ!」

 道連れピエロって何?

「人狼に襲撃されたら道連れで殺せる役職のことだな。昼間の処刑で殺された場合でも一人道連れにできる」

「岩崎くん、詳しいね」

「まあ高校の頃はまっていたからなあ。大学で人狼サークルがあれば入ろうかと迷うくらいには好きだよ」

「へー。あれ? うちの大学って人狼サークルないの?」

 この大学には本当にいろんなサークルがある。パティシエやボードゲームなどの少しマイナーなものはもちろん、ドミニオンサークルや、大学を押して駅に近づけようと努力するサークルすらある。ぜひ大学を駅前まで運んでほしい。

 まあ、ぼくと岩崎くんがいる民間伝承研究会だって相当だけどね。

「人狼サークルな。あったらしいぞ」

「あったって、過去形?」

「数年前になくなったらしい」

「そうなんだ。人がいなくなったのかな?」

「それがどうも、きな臭い噂話だけが残っていてな。真実かどうかはわからないんだが、人狼サークルで連続殺人事件が起きたらしいんだ」

「な……」

 ぼくは思わず目を見開いた。

 殺人事件。平和な大学からは連想すらできない物騒な単語だ。詳しく聞きたいという気持ちと、聞きたくないという気持ちで揺れる。

「あれは、人狼サークルのみんなで合宿に行った日のことだった」

 揺れている途中だったのに、岩崎くんが勝手に話し始めた。

 まあ、聞きたくないと言えば嘘になるので大人しく椅子に座って彼の話に耳を傾けた。


**


 あれは、人狼サークルのみんなで合宿に行った日のことだった。

 人狼サークルの合宿とはいっても、全国大会を目指しているようなサークルでもないので、どちらかというと友達とわいわい旅行に行きましょう、という趣旨の企画だった。

人狼に全国大会なんてあるのか?

宿泊先はなんと貸し切りペンション。部長のツテとみんなのお金でなんとか借りることができた。

一口にペンションといっても、様々な形態がある。今回は文字通り貸し切りで、管理人すらもいない自分たちで好き放題できる場所だった。

三階建てで、部屋は十二部屋。一階にはみんなで集まれる大きな宴会場や大浴場があり、二階と三階にそれぞれ六部屋ずつある。

俺たちは十一人で来たので、一人一部屋+空き部屋が一つ、という部屋割りになった。

細い山道を一時間以上車で走り、ようやくたどり着いたそのペンションは、とても立派な外見をしていた。

唯一の難点が、周りに何もないこと。コンビニはもちろん、田舎のおばあちゃんが一人で経営してそうな疑似コンビニすら、車で三十分近くかかる。

そんなわけで俺たちは行きの途中で買い出しを行い、ペンションについて一番初めに行ったことはそれらの荷ほどきだった。

正直長距離ドライブで疲れ果てていたので個室のベッドに倒れこみたかったけれど、酒やアイスなどはきっちり保管しないとあとあと面倒だ。

 なんとか片づけを終え、探検に行く組と風呂に入る組、ベッドに潜る組の三グループに分かれた。男子が六人、女子が五人で大きな浴室はひとつしかなかったので、どちらが先に入るかで揉めていた。俺はベッドへ直行した。

 涎の不快感で目を覚ます。時計を見るに、どうやら一時間程度眠っていたようだ。時刻は午後の四時。

 あくびをしながら一階の宴会場に行くと、俺以外の十人が酒を片手に人狼ゲームに興じていた。

「あっ、お前ら俺が寝ている間に楽しみやがって!」

「寝ている方が悪い。次からやるか?」

「もちろんよ」

 俺たちは本当に人狼ゲームが好きで集まっているので、こういう場でも基本的に人狼をする。もちろん、人数が少なく人狼が十分に楽しめないようなときは他のボードゲームを行うこともあったけれど、やっぱり人狼が一番面白い。

「この合宿ではいろんなふざけた役職をやろうと思う!」

 と、部長が高らかに宣言した。

「ふざけたってどんなのー?」

 ハルカが無邪気に手を挙げて聞いた。

「あれじゃない? パパラッチとかタフガイ」

 ケンスケが答えたけれど、部長はゆっくりと首を振った。

 まあそうだろう、パパラッチやタフガイは、マイナーな役職の中ではかなり有名だ。人狼陣営の占い師であるパパラッチと、狼の襲撃にあっても一日は生き延びることができるタフガイ。聞いたことある人も多いと思う。ちなみにタフガイは翌日普通に死ぬ。正直あんまり強さがわからない。

 みんなの注目を浴びた部長が口を開く。

「老人とか、饒舌な人狼ってのは知っているか?」

「……」

 何人かが頷き、何人かが首を振った。

 俺も知らないな。

「老人は、生き残っている人狼の数×二日目まで生き残ることができる市民陣営だ」

「……は?」

「人狼が二匹いたら、五日目の朝に死体となって発見されるって感じだな」

「ゲームマスターの処理大変そう~」

 ハルカがまた茶化す。

 人狼ゲームは、各々の役職をアプリで管理する場合と、ゲームマスターと呼ばれる支配人をたてる二つのやり方がある。複雑な役職やオリジナル役職はアプリにはないので、俺たちはもっぱらゲームマスターを立てていた。

 老人をいれると、生き残った人狼の数と寿命を管理しなければならないため、ゲームマスターの負担が大きいとハルカは言ったのだ。

「ぶちょー、饒舌な人狼って言うのは?」

「これがまた馬鹿みたいでな。昼間の会議時間中に、ゲーマスから指定されたとある文字列を言わないと夜に死ぬ狼だ」

「んんん?」

 またまた意味不明な役職だった。

「とある文字列って?」

「ゲーマスの好みだな。『人狼』とか『あなた』みたいな簡単な単語でもいいし、『君を愛している』みたいな文章でもいい。後者だと大抵言えずに死ぬか、言って怪しまれるかだな」

 こりゃまた難しそうな役職だ。

 部長が全体をまとめるように手を挙げた。

「そんなわけで、晩飯を終えて風呂とかにはいったら、酒を飲みながらふざけた役職人狼を行おうと思う!」

「おー!」

 

 しかし、その約束は果たされなかった。


 食事と風呂を終え、雑談を交わしながら宴会場でだらだらしていた時、突然それは起こった。

 パッとテレビがついたかと思うと、画面に真っ赤な仮面をかぶったスーツの男が映った。

「え、なになに?」

「誰の仕込みだ?」

 宴会場がざわつきはじめる。誰かの余興だろう。そう思い、楽しみにしながら先を伺っていると。

「『ごきげんよう、人狼サークルの諸君』」

 ボイスチェンジャーで間抜けな声の男が、俺たちに向かって頭を下げた。

 みんなで笑いながら頭を下げる。

 この時ふと、違和感に襲われた。

どうして、全員が全員笑いながら仕掛け人を探しているんだ?

この映像は、誰の仕込みだ?

しかしその疑問は、仮面の男のセリフによって簡単に吹き飛ばされた。

「『今宵皆様には、とあるゲームをプレイしていただきます。その名も、“リアル人狼ゲーム”』」

「リアル人狼? 楽しそう!」

「『皆様の部屋に、それぞれ役職が書かれたカードを置いております。ルール説明ののちご確認ください。決して、他の人には見せないように。それがあなたの大切な命を守る情報なのですから』」

「……命?」

 ざわざわと俺たちの間に動揺が走った。

俺たちは仲とノリがいいけれど、普段からあんまり不謹慎な冗談は言わない。人狼をやっているからこそ、冗談でも殺すなどの強いワードは使わないようにしていた。

そんな俺たちだからこそ、余興の企画で“命を落とす”という言葉を使うことにピンとこなかったのだ。

そして、十一人全員が困惑したような同じ表情を浮かべていた。

「『二十三時から八時までを夜時間とさせていただきます。夜時間の間に行動ができる役職持ちの方は、役職カードに向かって対象の名前を吹き込んでください。カードにはマイクとスピーカーが内蔵されておりますので、私が結果をお伝えします』」

 いや、サークルの面々が用意した余興にしてはハイテク過ぎないか?

「『また、毎日十二時ちょうどに処刑投票を行います。最多得票の方が処刑。今ゲームにおいては同票の場合、処刑無しとさせていただきます』」

「……」

「『最後になりますが、勝敗がつきますまで外部との連絡を遮断させていただきました。それではご検討をお祈りいたします』」

 ブツン、とテレビの画面が消えた。

 俺たちはみな一様に口をぽかんと開けて唖然としていた。

「誰? これ仕込んだの」

 ハルカが言うけれど、全員が首を横に振る。

 そのどれもが演技に見えなくて、俺たちは黙り込んだ。

 一番早く我に返った俺が、「す……スマホ!」と叫びながらスマートフォンを見ると、圏外と表示されていた。

「あたしも……」「俺も」

 どうやら全員が圏外のようで、仮面の男の言った通り外部との通信は完全に遮断されているようだ。

 俺は部屋を飛び出して車を確認する。

 予想通り、エンジンがかからなかった。最寄りのコンビニ擬きまでですら車で三十分がかかる。

「なあおい、これって本当にヤバいやつなんじゃないか?」

 部屋に戻ると、ベッドの上には『サイコキラー』と書かれたタブレットが置かれていた。

 これが役職カードらしい。

 サイコキラー。人狼陣営。占いや襲撃の対象になると、対象としたプレイヤーを殺害する。

「……」

 殺害、という言葉がすごく重く、不気味に聞こえた。

 リアル人狼ゲーム。

 いやいや、まさかそんなわけ。

 俺たちは何も信じていなかったけれど、なんだか薄気味悪くなってそのまま解散をした。

 ベッドに倒れこむ。

 気が付いたら、朝になっていた。


 なんとなく緊張しながら宴会場に向かうと、誰一人欠けることなく全員が集合していた。

 俺の顔を見たみんなが安堵の表情を浮かべる。

「心配したぞ」

「でもよかった、ちょっとだけ本気にしちゃったもん」

 アイカがそう言ったけれど、俺のスマホは未だに圏外表示だし、車は動かないので、簡単に冗談だと割り切ることもできない。

 しかしまあ、誰も死んでいないからよかった。

 そう思いながら朝飯を食べて、みんなで雑談をしているうちに十二時になった。

 ゴーン、ゴーン、と正午を告げる時計の音が鳴る。

 ブツン、とテレビがついた。仮面の男が映る。

「『それでは、投票タイムに入ります。五分以内に投票者の名前を役職カードに吹き込んでください。なお、投票を行わなかった方はゲームから離脱していただきます』」

 そう告げた瞬間男の姿が消え、モニターには三百から減り続ける数字が映った。

「え、え?」

「ちょっと、離脱って何?」

 みんなが口々に焦りはじめる。

 しかし、部長がパァンと手を叩き、「落ち着け」といった。

「たとえばこれが本当の人狼ゲーム、いわばデスゲームだとしよう。でも問題はないんだよ」

「え?」

「正午の処刑は全員が右隣の人に投票すればいい。同票だと処刑は無効なんだ。そして人狼の役職の人に言う。夜時間は誰も襲撃しないでくれ」

「そっか、それだと誰も犠牲にならないんだ」

「そう。同票処刑が無効ということは、襲撃がない限り人は減らないってこと。幸い俺たちにはサークル外の友達も多い。一週間も連絡がとれなかったら、彼らのうちの誰かが警察に連絡してくれるだろうさ。ここのペンションの管理人もいるしね」

 部長の完璧な対策に俺たちは拍手をした。

 右隣の人に投票し、無事全員に一票ずつが入る。

「『お疲れさまでした。処刑された方はいませんでした』」

 モニターの画面が落ちた。

 ふう。大抵のデスゲームだと、ここで誰かが死ぬから少しだけ緊張していたけれど、何事もなくてよかった。

 幸い行きのスーパーで馬鹿みたいな量の食料を買っていたため、一週間は凌げそうだ。

 たとえば今日の朝、本当に誰かが死んでいたとしたら俺たちは歩いてでも街に向かっていたと思うけれど、幸い誰も死なない必勝法がある。

 そんなわけで俺たちは、リアル人狼ゲームのことなど忘れて合宿を楽しむことにした。



 次の日、朝起きると、俺以外の全員が、死んでいた。



**


「なんで!」

 ぼくは岩崎くんにつかみかからんとする勢いで立ち上がった。

 いま、このまま何も起きない流れだったじゃん!

 というか最悪一人、二人死んでいたとしても、全員が死ぬのはおかしいよね?

 しかし岩崎くんはどこ吹く風で立ち上がり、ホワイトボードに文字を書いていった。

・占い師

・恋人

・恋人

・老人

・タフガイ

・道連れピエロ

・強欲な人狼

・饒舌な人狼

・パパラッチ

・サイコキラー

・妖狐

 それは紛れもなく人狼の役職だった。

「ここからは俺の推測なんだがな。十一人に割り振られた役職がこうだとしたら、筋が通るんだ」

「……?」

 岩崎くんは「さて」といって語り始めた。

「誰も死ななかった初日だが、実は何のアクションも起きなかったわけではないんだ」

「どういうこと? でも誰も死んでいないよ」

「人狼がタフガイを噛んだんだよ。そしたらタフガイは一日だけ延命されるから、この日は死なない」

 なるほど、確かにそういう効果を持っていた。

「で、ここからはややこしいぞ。二日目だ」

 岩崎くんはホワイトボードに大きく二日目と書いた。

「まず、二日目の正午に死亡が確定している人間が二人いる」

「えっと、一人はタフガイでしょ? もう一人は?」

「饒舌な人狼だよ」

 饒舌な人狼。議論中にある言葉を言わないと死んでしまう人狼だ。

 確かに、二日目の正午に条件を満たせなかったのだとしたらこの時点で死亡が確定している。

「で、占い師が妖狐を、パパラッチがサイコキラーを占った。するとどうなると思う?」

 えーと。ぼくは頭の中で役職を整理する。

「占われた妖狐と、サイコキラーを占ってしまったパパラッチが死ぬ?」

「その通り」

 岩崎くんは指を立ててウインクをした。やめろ。

「で、強欲な人狼が効果を発動して二人を殺しにかかった。まずは恋人」

「すると恋人の片割れも死んじゃうね」

「そう。そして次に、道連れピエロを噛んだ」

「……」

 道連れピエロは、自分を噛んだ人狼を道連れに殺す。

 これで道ピと強欲な人狼が死んだ。

「あ」

「気付いたか。この時点で人狼がゼロ人になった。すると、人狼の数×二日間生存ができる老人が、ゼロ日間生存できることとなり、翌朝死体で発見される」

 ぼくは頷いた。

「生き残ったのは、占い師とサイコキラーだ。サイコキラーは人狼陣営。この時点で市民と人狼の数が同数になったため、人狼陣営の勝利となる。こうして占い師が死んだ」

「……」

「これで、全滅だ」

 ふう、と岩崎くんがため息をついた。

 ぼくは目を白黒させながら、ピタゴラスイッチという単語を頭に思い浮かべていた。

 ファイナルデスティネーション。

「これが人狼サークルに起きた悲劇で、一人生き残ったサイコキラーは今も精神を病んだままらしい」

 岩崎くんはそのまま、信じるか信じないかは、と都市伝説の定型文で物語を占めた。


<『じ』んろうげーむ>

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