毎日都市伝説を更新しないと出られない地獄に迷い込んだので死にます

姫路 りしゅう

第1話 1日目

 かつて都市伝説に焦がれたあなたに捧ぐ。


「別にあんたと遊びに行きたいとかそんなんじゃないから!」

 七海が少し顔を赤らめ、肩まで伸びた髪の毛をいじりながら、遊びに行きたいのだと言う。言ってはいない。古語だ。俺は今過去からタイムスリップしてきた女性と対面している。そう錯覚するほどのテンプレートツンデレだった。今日から彼女のことをテンデレと呼ぼう。

七海のことは入学当初から知っていたものの、言葉を交わすようになったのはここ数か月のことだった。同じサークルに入っているとはいえ、学科が違えばなかなか話すきっかけもない。まあ飲み会で絡むくらいか。そのはずだったのに、この間奇跡的に映画館でばったりと出くわしてそこからちょくちょく遊びに出かけるような仲になった。初めは顔見知り程度の七海を映画館で見かけた瞬間に恥ずかしくなり、興味もない観てもいない映画のグッズコーナーに佇む亡霊と化していたが、どうやら同じ映画を観る予定だということがわかり生者に戻ったという次第だ。どう見てもB級の、誰が見にいくかわからないような洋ホラー映画を観るために劇場へ足を運ぶ人間、好き。しかも彼女は一人だった。彼氏の趣味に付き合わされて仕方なく観に行くならわかるが、そうじゃないなら同好の志としてお近づきになりたいという気持ちもわかるだろう。女子大生なんか少女漫画の実写映画か流行の映像が綺麗なアニメ映画だけなんとなくで観に行く生き物だと思っていた。撤回。

そんな特殊なイベントを経て仲良くなった俺たちは、それでもまだ一歩距離を詰め切れずにいた。サークルでもあんまり話していない。

だって考えてもみろ。「えー、ななみんとヒデくんそんなに仲良かったっけー」「きっかけは?」「あー、映画館でたまたま出くわして」「へー、何の映画?」チェックメイト。俺が会話九段なら七海と一緒にいるところを見られた瞬間に投了している。

映画館離れが著しいこのご時世にどう考えても駄作でダサいB級ホラーを観に行くことはあまり大声で話すようなことじゃない。七海もきっと嫌がるだろう。

俺は小学生のころからアンダーグラウンドに生息していた古のオタクなので、昨今の「ワイ、アニメ好きンゴ」みたいな風潮がいまだに苦手である。ネット用語をリアルで使うのも厳しいし、アニメ好きを公言するのも受け付けない。ライトノベルは表紙を裏にしてレジに出してほしいし萌え系四コマ漫画の貸し借りは誰にも見つからないように行ってほしい。家族共用のテレビで深夜アニメを録画するだなんてもってのほかだ!

という考えが古いかどうかは置いておいて、実際にこういう考えをしているので、流行物以外は触れていないよ~うへへ~みたいな立ち位置で日々を過ごしている。

深夜アニメもエロゲーも、アイドルもクソ映画も、俺からしたら箱が違うだけで全部同じ色だからな。

そんな同じ色の箱を所有しているせいで、俺と七海は細々と仲良くしていた。で、どうやら今度学科で仲良くしている男子が誕生日らしく、その誕生日プレゼント選びに困っているようだった。いつも一緒にいるメンツ、通称いつもるメンのメンバーで、七海自身も去年プレゼントを受け取った手前、渡さなきゃいけないのだという。

プレゼントは気持ちだから、渡さなきゃとか言うテンションで渡すのもどうかと思ったけれど、確かにお返しは大事だ。今のプレゼントはチャオズの恨みだ。

 俺たちはただ、共通の趣味を持っただけの関係で、しかもその趣味のベン図のベンの部分は限りなく小さい。ベンの部分ってどこ? ベンってくらいだし大いなる部分な気がしてきたな。外枠じゃねえか。

 だから映画以外の話題を口にすることは少なかったし、それ以外で遊びに出かけることなんてまずなかった。そんな状況だったけれど背に腹は代えられなかったのか、七海が顔を火照らせながら冒頭のセリフを吐いたのであった。

「男のプレゼント選びデートかぁ」

「デートじゃないよ!」

 デートらしかった。まあ確かに、異性と二人で遊びに行く時点でもうそれはデートと呼んで差し支えないのかもしれない。

「プレゼントを選ぶのはもちろん構わないんだが、俺でいいのか? 健太とか優成とかもっと仲のいいセンスあるやつはいるだろ」

 それが本音だったので単刀直入にそういうと、あんたと行きたいからよという答えが返ってきた。口では「別に誰でもいいじゃない」みたいなことを言っているけれど。

 そんなわけでプレゼントを選ぶためのデートに繰り出したわけだけれど、例えば可愛い服を着てきたので褒めると「別にあんたのために着てきたわけじゃないから!」と言われ、物欲しそうにユーフォ―キャッチャーのぬいぐるみを眺めているところに「ほしいのか」と声を掛けたら「そそそそ、そんなわけないじゃない!」と言われるなど、テンデレが炸裂し続けた一日だった。

 俺は彼女の素直になれないところや、内面と外面の差に、だんだんと惹かれていった。

 というか、口には出していないものの彼女の方からガンガンアピールしてくるのだ。惹かれない方が嘘だろう。基本的には人間関係は鏡なので、プラスの感情を向けられたらプラスの感情を向けたくなるのが普通だ。


 そんな中、サークルの面々で旅行に行く機会があった。

「なんで俺が呼ばれたんだ?」

 三列シートの後部座席で、小声で優成に尋ねた。男四人、女三人の小旅行だ。行く先は温泉街。男どもとはわりかし仲がいいのでそこのメンツに誘われたことに関しては納得したけれど、同行する女三人に違和感があった。七海がよくいるグループだったからだ。

 俺以外の男どもは、サークル内で広い付き合いをしているのでどの組み合わせでいてもおかしくない。その男女六人で旅行に行っても何らおかしくない。

 でも、そこに俺が入るのは何か違う。これは何やら裏がありそうだぞと思って聞いてみても「さあ、なんでだろうな」とはぐらかされるばかり。なるほどそういうことかと勝手に得心がいった。七海が俺のことを誘ったのだろう。もちろん七海が直接言ったのかどうかはわからない。言い出しっぺは藪の中。でもまあ俺と七海の関係性に関連していることだけは確信できた。

 それを裏付けるかのように、飲み会も終了間際、みんなべろべろで酔っぱらっている地獄絵図の中、一人だけせっせとお片付けに励んでいる七海が「どうしてもっと素直になれないのかなあ」と呟いた。「素直になりたいのに、いざ言葉にすると、思っていたことと真逆のことを言っちゃうよ」確かに彼女はこの旅行中もずっとテンデレだった。むしろデレ要素が皆無だった。テンツンだ。テンプレートなツンツンだ。主人公ヘアだ。ウニだ。正直そろそろ辟易してきた頃だったので、それは素直に嬉しかった。七海はお酒が苦手なので、この地獄の中でも唯一素面だった。俺は少々アルコールの気こそあるもののほとんど酔っていなかったことに感謝しながら、ひと眠りした。

 翌朝から俺は意を決して距離を詰めることにした。彼女の内面は理解した。彼女の心は手玉に取るようにわかっている。ならばやることは一つだけ。告白だ。

 けれどいきなり告白するのもテンションが難しい。向こうが素直に受け取ってくれない可能性すらある。素直になれない七海のまま、断られてしまうかもしれない。

 というわけで、旅行二日目は意識して彼女に近づいた。この旅行の趣旨がそれなんだから、周りのことも気にしなくていい。彼女が求める言葉を言って、彼女が求める行動を行う。そうすれば彼女は俺に心を開いてくれるだろう。


 しかしだんだんと、彼女の心は離れていった。

 俺に対してマイナスの感情を抱くようになっていった。



**

「都市伝説になりたいかー!」

「おー」

「だったら腕立て伏せをするといいよ」

 岩崎くんがいつものように少し気取った表情でぼくにアドバイスをしてきた。

 ぼくは都市伝説になりたかったので、素直にそれに従って、部室の床で腕立て伏せをはじめる。五回、十回、十五回。腕が疲れてきたので少し止まる。

「ところで岩崎くん、何のために腕立て伏せを?」

「口答えする気か? 都市伝説になりたいって言ったのはお前の方だったよな」

「それはそうなんだけどさ……理由もわからないのに筋トレなんてできないよ」

 別に筋肉が欲しいわけではないからね。

「そうだな。お前は都市伝説になるために一番必要なものってなんだと思う?」

 ぼくは考えてみた。

 都市伝説になるために必要なもの、か。それはやっぱり、尖った個性じゃないかな。

 口裂け女はその裂けた口やべっこう飴が苦手なところ。人面犬はその顔と、都市伝説には様々な尖った個性が付与されている。

 尖っていないと伝説にはなれないということだよね。当り前だけど。

 ぼくがそういうと、岩崎くんはきざったらしく指を左右に振った。そりゃそうか。もしも尖った個性が大切なものだったら、今ここで僕が腕立て伏せをする理由にはならないよね。二十一、二十二。

「一番大切なのはな、理解することだよ」

「理解すること?」

「普通都市伝説って言うのはなるものじゃなくて気が付いたらなっているものなんだわ。当り前だよな。口裂け女が『あたしぃ、せっかく口が裂けてるんだしちょっと伝説になっちゃお~』なんてテンションで百メートル走を五秒で走れるようになったわけがない」

「ぼくは三秒って聞いたよ」

「世界記録更新じゃねえか!」

 五秒もだよ。

「でもお前は能動的に都市伝説になりたいんだろ? それなのに口が裂けているわけでも顔が犬なわけでもない。ただの平凡でちょっと内気な男だ。だったらやることは一つだろ?」

 にやりと笑った岩崎くんの顔を見て、ようやく彼の言いたいことを理解した。

「噂はどうやったら全国に広まるか。どうすれば話に尾ひれが付くか。伝承されていくには。過去を参考にして、これらを分析して、理解することが必要なんだ」

「なるほど」

 岩崎くんの言っていることは的を射ていた。確かに都市伝説になるためには、なったものたちを理解することが大切そうだ。

 その発想はなかったなあ。やっぱり岩崎くんっていうスポンサーがついたのは大変ありがたい話だった。

 あれ?

「で、なんでぼくは腕立て伏せを?」

 その言葉と、部室の扉が開いたのはほぼ同時だった。

「すいません、ここが民間伝承研究会の部室ですか?」

 岩崎くんが肯定し、スムーズな所作でお茶を出す。ぼくは腕立て伏せを続ける。

 入ってきた男の人は奇妙なものを見るかのような面持ちでぼくを見つめた後、席に座った。

 男は佐々木秀俊と名乗った。学年が一つ上だったので、ヒデさんと呼ぶことになった。

 ヒデさんが言う。

「ここに来ると、不思議な話や怪しい話が解決するって噂を聞いて」

 岩崎くんは満足そうに頷いた。

「まあそうだな。そういう噂が学内に広まっていることは嬉しいよ」

 ヒデさん、ぼくたちの年上だよ?

「何しろ巷では怪談バスターズなんて呼ばれているだとか」

「そんなダサい通り名で通ってるのかよ!」

 怪談バスターズダサいかなあ。ゴーストバスターズみたいでいいと思うけど。

 彼の言った通り、民間伝承研究会には時折不思議な依頼が舞い込んでくる。密室から消えた部費事件や、秘密を絶対に話してしまう青年などの事件は記憶に新しい。

 岩崎くんは、ぼくを都市伝説にするために、日々そういった事件を募集し、解析、解決している。大半はくだらない話だけれど、時折妖怪や幽霊の仕業としか思えないような大事件に出くわすこともあった。まあその話はまた今度にしよう。

 そういった妖怪や幽霊の仕業としか思えないような事件を調べ、自身の知識として、ぼくを最強の都市伝説に仕立て上げるというのが岩崎くんの目標だ。

 ぼくの目標? そりゃあ最強の都市伝説になることだよ。そのために今筋トレをしているわけだし。

 さて、ヒデさんはお茶を啜りながらぽつりと言葉を漏らした。

「サークルの同期が、妖怪に憑りつかれているかもしれないんだ」

 真剣な表情と言葉のギャップに戸惑いながら、ぼくはヒデさんの方を見た。

 岩崎くんも真剣な表情で続きを促す。

「サークルの女の子がさ。絶対に本音を言わなくなってしまったんだ。それはもう自分の心すら騙すような勢いで。最初はちょっとツンデレなのかなと思っていたんだけど、最近はもう酷くてさ」

どういう本音を言わないんだろうと思ったら、すぐにヒデさんが答える。

「彼女、俺のことが好きなんだよ。それなのにそうじゃないみたいな言葉をずっと吐いてきて」

「……」

 ぼくと岩崎くんは顔を見合わせる。

 どう考えても下らない痴情のもつれだった。

 そんな呆れ顔に気が付いたのか、ヒデさんは慌てて両手を振る。

「違うんだよ。ほぼサークル仲間公認って勢いで彼女は俺のことを思っていたし」

「彼女か?」

「それはまだだけど」

「……」

 話にならない、と言った表情で岩崎くんはため息をついた。

 しかしその後の彼の言葉で、状況が少しだけ動く。

「彼女さ、一人でいる時すっごい悩ましげな表情で、『いざ言葉にすると、思っていたことと真逆のことを言っちゃうよ』って言ったんだ」

「それはただの一人反省会じゃ」

 と言いかけた瞬間、ヒデさんは続きを話す。

「天邪鬼、って聞いたことくらいはあるよな」

 岩崎くんの目が輝いた。


 天邪鬼。

 なんでもわざと逆らったような行動、言動をする妖怪。ひねくれた人をさす場合もある。あとは天性の弱虫。最後のは絶対違う。

 ヒデさんは、同じサークルの七海さんという女性が天邪鬼にとり憑かれていると話した。

 ぼくはまだ半信半疑だったけれど、民間伝承研究会として、妖怪の名前を出されたら調べざるを得ない。

 七海さんの心情と言動があまりに違っていること。そして最近は心情すらも変わってきているように見えることを踏まえて話を展開するヒデさんの説明は鮮やかで、だんだんと確かに調べる価値はあると思えてきた。

 結局その日は依頼だけ受けて、翌日ぼくたちは七海さんに話を聞きに行くことになった。

 七海さんは噂にたがわず美しい人で、肩まで伸びた綺麗な茶髪が印象的だった。

 声も柔らかく、初対面の印象値はすごく高かった。ぼくが目を奪われていると、岩崎くんにコツンとかかとを蹴られた。

 岩崎くんがすぱすぱとため口で話を切り出していく。

「佐々木さんとは知り合いか?」

「ええ」

「恋人同士だったり?」

「いいえ。全然違う」

 全然ときた。顔を赤らめたりと照れた様子もない。

「昔付き合っていたりも?」

「ないわ。まあ少し前までは気になってたけど……」

「ふむ。少し前までは、というと今は?」

「何も想ってないわよ」

 ぼくは岩崎くんのほうを見た。ヒデさんの証言と一致している。

「ちなみに好きじゃなくなったきっかけは?」

 そう聞くと彼女は少しだけ言い淀んで、「別に、ちょっと怖くなっちゃっただけ」と呟いた。怖くなった?

 その言葉に疑問を持ったので聞き返そうと思ったものの、それは岩崎くんに手で制された。彼が少しだけ口角をあげて、最後の質問をした。

「旅行に行ったのを覚えているか?」

「ええ。もちろんよ」

「そこで夜中、飲み会があっただろう。あんたは一人だけ酔っていなかったな」

「正確に言うと、ヒデくんも酔ってなかったんじゃないかしら。あの人お酒はセーブするタイプだから」

 なるほど、と相槌を打つ。

「そこであんたは『いざ言葉にすると、思っていたことと真逆のことを言っちゃうよ』って言った。心当たりはあるな?」

 しかし、それを聞いた七海さんは驚いたように唇を震わせて、声を絞り出した。

「言わない。言うはずがない」

 え?

 岩崎くんが質問を追加していく。

「なんでそう断言できるんだ? ふと漏らしてしまうこともあるだろう」

「ないわ。だって、それは私がずっと思っていたことだから」

 へ?

 ぼくは間抜けに口を開ける。

「旅行のころはまだ彼のことが気になっていた。でも照れ隠しに心と真逆のことを言ってしまう自分が嫌だった。ずっとそう思っていたわ」

「だったらぽろっと口に出したり」

「するわけないじゃない。私は酔っていなかった。そしてヒデくんが酔っていないことも知っていた。それなのに、聞こえる可能性のある場所でそんなぼろを出すわけがないわ。出せるなら、今頃くっついてデートに行ってるわよ」

 過去の自分を悔やむかのように言う彼女は少しだけ辛そうだった。

 ぼくは、なにがなんだかわからなかった。

 そのまま茫然としているうちに岩崎くんは話を切り上げ、七海さんは帰っていった。

 岩崎くんは目を白黒させているぼくに向かって、「家に帰ったら天邪鬼について調べてみろ」と言った。

 スマートフォンがあるので今調べてもよかったのだけれど、まあ家についてから調べよう。

 その日の夜、ぼくはウィキペディアとユーチューブを反復横跳びした。

 この両手か~ら ふんふんふ~んふんふふんふ~



**

 翌日の部室には四人の人間がいた。

 岩崎くん、ぼく、ヒデさん。そして、ミステリアスな雰囲気を放つおねえさん。

「この人は?」

 とヒデさんが聞くので、岩崎くんはシンプルに「怪異切りの女」と答えた。

「……は?」

 おねえさんは不満そうに「ちょっとー、わたしは怪異切りとかじゃなくて玲だよ。ヒデくん、よろしくね。綿式玲。玲って呼んでね」と言った。

 差し伸べられた手を反射で受け取って、ヒデさんは玲さんを三度見くらいする。

「怪異切りって、あの?」

 ヒデさんはその単語に聞き覚えがあったようだ。しかし岩崎くんが、先に俺が話すと言って無理やり二人の間に入った。

「でも、話って何さ」

 とヒデさん。岩崎くんは小さな声で「さて」と言った。謎解きパートは「さて」から始めなきゃいけないという昔の名探偵ルールを律義に守っているようだ。

「単刀直入に答えよう。七海は天邪鬼に侵されていない」

「まあ、そうかもね。馬鹿げた話だったよ。ちなみにその根拠は?」

「彼女は俺たちとの会話中、あんたが酔っていなかったってことを証言したんだ。彼女自身が酔っていないともな。つまり、ドンピシャであんたと同じことを言っていた。もし天邪鬼に憑かれていたら、そこも逆に証言するはずだよな」

「……それは、そうかもね。でもそれだと天邪鬼が気まぐれで本当のことを話した可能性も捨てきれないだろう?」

「そうだな。じゃあ聞くけど。あんたは天邪鬼ってなんだと思ってる?」

「思っていることとあえて逆のことを言う妖怪だろ?」

 岩崎くんがふう、と息を吐いた。ちらり、とぼくの方を見る。

 ぼくも、岩崎くんが何を言いたいのか理解した。

「あのな、天邪鬼って言うのはそういう妖怪じゃないんだよ」

「……え?」

「天邪鬼って言うのは、人の心を読む妖怪なんだよ」

 サトリと同じ類だな。と岩崎くんは続ける。

「人の心を読んで、それに合わせた悪戯をする妖怪。そこから転じて逆張りオタクくんみたいなイメージを持たれるようになったんだよ」

 陳腐な言葉で表現すると天邪鬼って弱そうだね。

「つまり、七海は天邪鬼に憑かれていない。なぜなら天邪鬼はそんなことをしないからだ」

 岩崎くんはびし、と指を立てた。

 ヒデさんは納得しかけて、慌てて反論する。

「でも、それなら別の妖怪とか……」

 しかしここで、ずっと黙っていた玲さんが口を開いた。

「うん、やっぱり自覚症状はないみたいだね」

「……は?」

 岩崎くんが言葉を引き取る。

「七海はな、お前のことが怖いって言ってたんだ」

「怖い?」

「それに七海は、『思っていたことと真逆のことを言っちゃうよ』なんて言っていない」

「いや、それは確かに聞い……」

 身を乗り出したヒデさんは、目を数回ぱちくりとさせた。

 震えたように自分の両手を見る。

「聞いて、ないのか?」

「七海は言っていたよ。ヒデくんと一緒にいると、自分の心が全て見透かされているようで怖い。私が思ったことを全部先回りされる、ってさ」

「……」

「あんたさ、最初に部室に来た時のことを覚えているか? どう考えてもそこのそいつの心と会話をしているタイミングがあっただろ。会話が受け答えとして成立していない場面すらあったんだよ」

 指を刺された。

 ぼくは読まれやすいから思ったことが顔に出ていると思っていたけれど違ったんだ。

 ヒデさんは、ぼくの心をまるまる読んでいた。

 七海さんのツンデレ的なやり取りに対して自信を持ってテンデレだと断言していたのも、彼女の声が聞こえていたからだ。

 飲み会の夜は、ヒデさん自身が少し酔っていたから、現実と夢の区別がついていなかったんだろう。七海さんはそんな心を読んだような行動をするヒデさんのことが怖くて、距離を置くようになったんだ。

 つまり。

 天邪鬼に憑りつかれていたのは、佐々木秀俊さんその人だったんだ。

 ヒデさんは青白い顔をして、肩を震わせる。岩崎くんはそんな彼の肩に手を置いて優しく言った。

「大丈夫だ。そのために俺は、この女を呼んだんだから。あんたも知ってんだろ、『怪異切り』の都市伝説は」

「この女呼ばわりは酷いよ」

 玲さんはぶつくさと文句を言いながら、ヒデさんの手を引っ張った。

「貴方についた怪異の類、私がこの手で切り祓いましょう」

 こうしてまた、民間伝承研究会の噂は広まっていった。

 こうして岩崎くんは、少しずつ有名人になっていく。

 あれ、ぼくは?



 この物語は、都市伝説になりたい人間、都市伝説になりつつある人間。そして、すでに都市伝説である人間の三人によって引っ掻き回されていく。

 目覚めろ、その魂。なんてね。



<『あ』まのじゃく 討伐>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る