第31話
そこには、凛々しくハンサムな自分から遠くかけ離れたモノが映り込んでいた。
———たっぱはどこへいった? 胴体が短すぎる。顔色が悪い……それよりも、顔が悪い!!! この垂れ下がった耳は何だ? ワシのようなこの鼻はなんだ? 鼻は高ければ高いほど良いわけではない。あ、でも瞳の色は清澄なままだ……よかった——
(……よくねぇ!!!)
エトラマは振り向き、見上げて、アルデルを睨んだ。
「おい!!! あんた何してくれてンだ?! これじゃあ、まるでぇ…………ゴブリンじゃねーか!!!」
しゃがれた声は怒鳴るとさらにしゃがれ、自分でも何を言っているのか聞き取りづらい。
「うむ、ゴブリンじゃが。」
特に悪びれた様子もなく……それどころか、アルデルは満足げに胸を張って得意げに笑っている。まるで、称賛しろと言わんばかりに。
「お主に〝シェイプ・シフト〟を授けた。好きな時にゴブリンへ変身できる。これで、轡を噛まされ奴隷にされることはあるまい。」
「なんでゴブリン限定なんだよ……!」
「醜い者は美しい者に。美しい者は醜い者に。そういう制約がある魔法なのじゃ。」
「だから! なんでゴブリンに限定される?! ブサイクにしかなれんなら、せめてバリエーションをくれよ!」
変身がゴブリンだけに限定されるのは、かなりキツイ。精神的にもそうだが、何よりこの背丈では槍が扱いにくい……こんな体で、うまく戦えるのか———
「はぁ……元の姿に戻る時は、どうしゃあいい?」
自分の美貌が罪だったのだ……だからこんな、ブサイクにされた。だが、一生この姿で過ごさなければならないわけではない。今の状況の中、この能力はないよりマシだ。轡を噛まされずに済むのだから。
これくらい我慢しろと、彼は自分に言い聞かせた。
「む? 戻れ〜って、念じればよいのではないか?」
その適当な言い方に心配になりながらも、とりあえず彼女の言う通り念じてみる———
「…………戻らねーぞ!!!」
心の底から願っている———
ハンサムな自分に戻りたい。男前な自分に戻りたい。絶世の美男に戻りたい……戻れ戻れ戻れ戻れ——!
……こんなに願っているのに、何も起こらなかった。
「ああああああああっっ……!」
嘆きながら顔を抱え込み、頭を振り乱す。
冗談ではない……麗しの若武者と名高い自分が、こんなドチビでブサイクなゴブリンに一生成り下がっているなんて。
エトラマは泉に頭を突っ込むと、そのまま直接酒をがぶ飲みし始めた。
「……ぶっは!」
「あー……まぁ、可愛いではないか。」
なんの慰めにもならない言葉を耳に入れた直後、彼は再び泉へ顔を突っ込んだ。
———やけ酒をした後は、地面に寝転がりしばらく空を仰いでいた。無心に。
これが夢であるならば、どんなにいいものか。
「聞け、騎士王よ。大丈夫じゃ……ある条件を満たせば、その力を操れるようになる。この魔法、不完全であったわ、すまんすまん。我もうっかりさんでな。」
うっかり……うっかりでこんな事が許されるだろうか。姿が変わるとは、人生が変わるも同じなのに。
手に古びた分厚い本を持ちながら、アルデルは屈託のない笑みを浮かべている。
「まぁ、誰にでも失敗はあるものよ。」
「いいから、早く教えてくれよ。どうやったら元の姿に戻れるんだ?」
「まぁ、それはだな……」
勿体つけて咳払いをした後に告げられたのは、想像以上に残酷な方法だった。
「我以上に美しい美女から、キッスしてもらえばよい。キッス。」
んまっ♡ と、アルデルは唇を尖らせた。それを見て、エトラマは冷めた表情を浮かべる。
そうして沈黙の後、彼は吐き捨てるように言った。
「無理に決まってンだろ。」
現実逃避をするように、泉へ顔を突っ込んだ。このまま酒に溺れて、良い気分のまま逝けないだろうか——。
「なぜだ、この世に絶対などありはせぬ。それにな、世の中見た目が全てというわけでもない。ブス専デブ専、好みはそれぞれ。」
なんの慰めにもならない。
好みはそれぞれ、確かにそうだ。世界はこれだけ広いのだから、ゴブリン好きの美女もひとりはいるかもしれない。
そして、そいつは絶対にヤバい女に違いない。マニアックなプレイまで要求してくるかもしれない。
目の見えない美女を探して、その女にキスをさせるか……もしくは、金品で釣るか……
「……ぶっは…………もういい、わかったよ。この姿なら、轡を噛まされることもない。あんたはよくやってくれた。」
「…………ふっきれるのが早いな。」
「ふっきれてねーよ! ……今は悠長な事を言っているヒマが、ねぇんだよ。」
右の手のひらを広げると、そこに三叉の槍が乗せられる。小さい体には不釣り合いで、扱いに少々手こずるかもしれない。
とりあえず槍は出せた。この姿でも魔法がちゃんと発動してくれるなら問題ない。
「ありがとよ、魔女さん。とりあえず、あんたのおかげでアトランティスは沈まずに済む。」
腕試しするように槍を振り回しながら、エトラマはその場を後にしていく。
頭の上でブンブンと回転させてみたり、正面から背面へと胴の周りを一周させてみたり、突いたり刺したりと、あらゆる動作を繰り返す。何度か刃先を地面に引っかけては姿勢を崩し、それはぎこちのない動きだった。
それでも彼は、延々と槍を振り続けていた。少なくとも、アルデルから彼の背中が見えなくなるまでは。
「では、ここの酒もまた飲めるというわけだ……」
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