第13話


「タナリアス!」


 バレンが叫ぶ。もちろん、彼も気づいていた。

 左右に2体ずつ……それは異様に大きな丸い頭部を持ち、ショートカットの黒髪を靡かせている。

 ぽっかり穴が空いているような真っ黒い大きな目と、耳元まで吊り上がった縫い付けられた口……。

 揺れるマントの正面は大きなチャックで首元までしめられ、枝のように細長い足が下からゆらりとはみ出ている。

 ストラップにあってもおかしくないキャラクターチックな見た目だが、先ほどの義足の犬と同様、不気味さがある。


「彼の〝ゴースト〟だわ……! 追跡用のビーストなの! 口から蛆虫を吐き出すから、絶対わたしに近づけないで! ぜったいよっ!?」


(———追いつくのが速いな……目眩しの霧はそれほど役にたたなかったか……———いや、俺が遅いだけだ。今が全速力だが、たぶん60キロも出ていない)


 すっかり落ちぶれてしまったものだと、タナリアスは胸の内で自分を見下した。

 旋風で追手を遠ざけようと手を伸ばしたが、途端にガクン、と体が急降下する。


(———くそッ……魔法もまともに使えんのか、俺は!)


 どうやら、飛びながら魔法を使うのは無理のようだ。

 ギリリ……と奥歯を噛み締め、タナリアスは集中してどうにか飛行を安定させる。

 こうなると逃げるか戦うかの一択で、逃げきれていない以上、下に降りて戦うしかない。

 しかし、着陸の間に隙ができてしまう——。タナリアスの場合、着陸は離陸と飛翔より神経を使うため余裕がなければならない。


「 "とびこめ! フィッシュ&チップス" 」


 突然、真横で叫ばれた意味不明な言葉———。

 同時に、ゴーストの一体に無数の円盤状の黄色い閃光が、マシンガンの如く連射された。


「 "おかわり! " "大盛りよ!" 」


 再び、バレンが叫ぶ。

 閃光はふたりを中心に外側へ向かって四方八方放に連射され、4体のゴーストは次々に撃墜されていった。

 タナリアスはひとまず、近くのビルの屋上に着陸する———


「私が飛べるのはここまでだ。奴らはまだ追ってきている……君の魔法でなんとかできる手立てはあるか?」


 昔の自分なら、もっと速く、もっと長く飛べただろう……一日中、一年中でも休まずどこまでも飛び続けられた。しかし、それはもう叶わないことだ。

 今は感傷に浸っている場合ではないが、タナリアスはほんの僅かな虚しさを感じて小さな溜息を漏らした。


「わたしが創った転移魔法があるけど、ずっと使ってなかったから呪文を忘れてて……少しだけ、調べる時間がほしいわ。」


 図鑑や辞書のように分厚く重々しい本が、バレンの前に現れ宙に浮かぶ。

 そして、ひとりでにページがぱらぱらとめくられた。


「……分かった。なんとか時を稼ごう。」


「バァレ〜ンッ!」


 変声機を使った二重音声の声が、ビルの屋上に響き渡る。

 ゴースト1体に対し1人しがみつき、パンクなマスクを被ったビースト使いと、神父の男が空からやってきた。

 ビースト使いは地に足をつけた途端、その場でおかしなダンスを踊り始める。


「久シブリ〜☆ 今マデドーシテ タノサァ?! コンパス ガ全ク反応シナク ナッタカラ、壊レタノカト思ッテネ?! デモ、故障シテナイッテ イルメルニ怒鳴ラレテサー。ソンジャア、バレン死ンジャッタンジャネ? ッテ事デ、仕事ガ 一ツ終了シタト思ッテイタラ———……」


 陽気なテンションに乗せられた早口のあと、ビースト使いはピタリとダンスをやめた。


「生キテンジャネーカ、クソ野郎!!!」


 そして、胸元から取り出した金色のコンパスを自らの頭にコツン、と当ててみせた。


「……ッテ、イルメルニ コンパスヲ頭ニ投ゲツケ ラレタンダヨ! オレ!! 結構重インダヨ、コノ コンパス! 痛イノッ。チョーォ、イタイッ。」


「君たちは、神や天使の命令でこの子を殺しにきたのか? 聞くところによると、神はこの子の力に怯えているらしいが。」


 タナリアスが問いを投げると、ビースト使いは両手を頭の後ろで組み答えた。


「命令ッテ 言イ方ハぁ〜、アンマ好キジャ ナインダケド……マァ、実際ソンナトコ! 君ハダァレ? 彼女ノ オ友達? ソレトモ……バレン、君ガ創ッタノ?」


 バレンは聞こえないふりをし、脱出の術である呪文を探し続けた。


「ッテ無視?!」


「おそらく違うだろう……飛び慣れていないのか、奴の飛翔は雑だった……創造するなら、もっとマシなものを創る。」


 遅い口調で、神父は続けた。


「お前の言う通り、俺たちはそこの娘を殺害するよう天使を通じしゅから使命を授かっている。しかし……主は決して、その娘の力に怯えているわけではない。天の父が、一体何を恐れるというのか……それは、この世が荒み、子が傷つくこと。世にとって、俺たち子にとっての災いを避けるべく、主は動く———……」


 回りくどくわかりづらい説明だが、こちらからすれば時間稼ぎにはちょうどいい———……しかし、神父の口調はどうにも、タナリアスを苛立たせた。


「あの子は、主の目に留まるような悪徳をしたのか?」


「これからするやもしれん……災いの種は摘み取っておいた方がいいと、よく言うだろう……。お前は詳しくは知らないようだが、バレンタインの魔法は———……」


「脚本ヲ書イタ!!! ト、シヨウ!」


 亀が歩くように話す神父の言葉を隔て、ビースト使いが叫んだ。


「神々タチガ コノ世カラ 忽然ト姿ヲ消シタ、ミステリーモノ。謎ノウイルスニヨッテ 生物大半ゾンビト化シタ世界デ生キ残レ! 的なアクションホラー。人間ガ食肉トシテ飼育 サレテイルSFモノ トカ……今アゲタ例ヲ、バレンハ ドキュメンタリー ニシテシマエル! カモシレナイ!!!」


「本人から聞いた話では、そんなに都合のいい魔法ではないらしいが。」


「マッ、ソーダヨネ! 言葉ニシタモノ全テヲ現実ニ出来ルナラ、今頃オレラハ死ンデルト思ウシ! ……何デアレ、危険視スルニハ マァ、十分ナ力ハ持ッテルヨ、バレンハ。今マデ散々彼女ト オイカケッコシテキタ オレカラ言ワセテミレバ、ダケド。オレハタダ、仕事デ動イテル ダケダカラ…神様ノ事情ハ、アンマ ヨクワカンナイシ、ドーデモヨイッ☆」


「俺は、主のために———」


「ソレヨリサァ、君……ナンデ バレンヲ助ケテルノ?」


 喋り出そうとする神父の言葉をまた遮り、ビースト使いは少々意地悪げにタナリアスへ続けた。


「君ガ バレンヲ助ケルヨウ、彼女ニ ソーユーシナリオ ヲ書カレタトカ……ヒョットシタラ、アルカモネェ〜???」


「違うわ! そんなことしてないッ!」


 今そばにいる唯一の味方を失うことを恐れ、バレンはつい、横から口を出す。

 ———怖かったのだ。自分に優しくしてくれていた者から、蔑んだ目を向けられることが。そうして拒絶され、突き放されることが。

 それがどれほど、耐え難いものかはわかっている。


「君はやるべきことをやれ。」 


 タナリアスはバレンに呪文の調べを促した。


「生憎、私は私の意思で動いているだけだ。困っている者に手を差し伸べて、良い奴ぶるのが好きなものでね。」


「ナンダ君ィ〜ッ、堅物キャラ カト思ッタケド…案外キザ ダッタリスル?」


「……君たちは実際に会ったのか? この世を創ったという創造主に。」


「会ッテナイヨ! 別ニ用事ナイシ!」


 ビースト使いは、大仰に顔の前で右手をパタパタと振った。

 

「俺はッ!!!」


 そこへ、やけに張り切った神父の声が滑り込んでくる。


「もうじき……主の御尊顔を拝することを許される。そのためにはまず、その娘を確実に殺さなければならない……無駄な殺生をするつもりはないが……その娘を庇うようなら、俺はお前を少々痛めつけることになる……」

 

 神父はタナリアスへ剣先を向け、真っ直ぐに彼を見据えた———

 話を聞ける時間は終わったようだ。


「……主のために。」


「そうか……やってみたまえ。」


 ひゅるひゅる……風が鳴く——。数多の細い風がタナリアスの手元へ集まっていき、きめ細やかに編まれていく。そうして徐々に形成されていったのは一振りの大剣——。

 長めのグリップ、広いガードから立ち上がる大きな剣身は太く、持ち主の背幅とあまり変わらない。先の方へ向かうにつれ剣身は狭まっていき、先端は軽く反り返っている。


「なるほど……〝妖精〟か。それも、騎士の。」


 そう呟き、神父は目を細めた。

 風が編まれて作られた神秘的な大剣…その剣を手にした時、様になったタナリアスの清冽な気配が、彼が高潔な戦士であることを悟らせた。


「……エ! 妖精サン?! 風ヲ操レルノニ飛ブノガメチャ下手ナ妖精ッテ、何ダロー?」


 謎々を出題するような、小馬鹿にした言い草だが、ビースト使いに悪気はなかった。

 彼は左袖を肘まで深く捲り上げると、パーカーのポケットから万年筆を取り出す。次に手帳を取り出し———……とはならず。彼は万年筆を、捲った自分の腕の腹に突き立てた。

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