第11話 バレンタインと羽のない妖精
〈Mira プロット・一部〉
あるところに、ミラという美しい王国があった。
真っ白で大きな宮殿には家来や召使、臣下たちがいるけれど、王様はいつもひとりでいる。
誰よりも不正に厳しいマリウス王は、嘘をつくことを許さない。
どんな小さな嘘であっても、嘘をついた者は即刻死刑!
冗談なのか本当なのか、わかりづらい冗談を言った者も即死刑!
臣下も民も、王様を恐れた。
王様はと言うと、いくら首を飛ばしても嘘つきや不正が減らず苛々していた。
そんな時、ある召使が王様に言った。
「間違いを間違いで終わらせてはいけません。何がいけなかったのか、皆の前で説明をされないと。それと、取り返しのつかない不正でないのであれば、その者にどうか機会をお与えください。」
召使のウィージュはとても上品で聡明な娘であると、臣下たちが噂しているのを王様は何度か聞いたことがあった。
ウィージュの助言に従い、王様はそのようにした。
すると、瞬く間に宮殿から嘘や不正が減っていったのだ。
「次は社交の場を設けてはいかがでしょう。貴方を深く知らない者たちは、貴方を誤解して恐れている。けれど、貴方は誰よりも正義を愛しているだけ…それを知ってもらいましょう。王様も、臣下たちのことを理解して差し上げてください。そうすれば、この国はもっと美しくなります。」
ウィージュの言う通りにしたところ、ミラはもっと美しい国になった。
嘘をつく者はいなくなり、民も臣下も王様を愛した。
そして、王様は聡明な召使のウィージュを妃に迎えた。
ふたりは互いに愛し合い、やがて子供が生まれる。
ミラの姫君となった女の子の名は————
アメリカ・ニューヨーク 午前
ゆりかごの中で泣いていた時……
気づいたら、赤ん坊のように高い声で赤ん坊のように喚くように泣いていて。顔の前で握りしめていた手は小さくて、ムチムチとしていて、少しだけ美味しそうに見えた。
艶やかな紅茶色の髪をした美しい母は赤ん坊の自分を抱き抱えて微笑み、その隣にいる無愛想なブロンド髪の父は僅かに、ほんの、僅かに……口元を緩ませたのを、今も覚えている————
暖かい————
穏やかに揺れている……
赤ん坊は母から父の手に渡された。
覚えている……彼に抱かれた時、おひさまの香りに包まれたことを。
けれど……今は違う。彼とは違う香りがする。
これは……海の香りだ————
「ん……」
————タナリアスの背中の上で目覚めたバレンは、開ききらない目蓋のまま辺りを見渡した。
そこは高いビルに囲まれた街中だった。
歩道は人が行き交いし、横の道路は車が行き交いしている。
にもかかわらず、音が全く聞こえない。
人の足音も話し声も、車のエンジン音も、風の音も何ひとつ聞こえない。無音だった。
「起きたか。」
しかし、タナリアスの声だけがバレンの耳に届く。その瞬間、バレンは勢いよく体を起こした。
「け、警察へ連れて行くつもり?!」
目が覚めたら、知らない場所にいる。
焦りや不安で眠気が吹っ飛んだバレンは、タナリアスの背中でもがき始めた。
しかし彼の手は石像のようにガッチリとバレンの体を捉えている。背中の上で暴れられても、彼は姿勢を崩すことなく歩き続けていた。
「私の自宅アパートへ向かっているんだ……静かにしたまえ、落ちてしまうぞ。」
「嘘ッ! なんで起こさなかったの? 魔法を使って音まで消してッ! 厄介者にするなら優しくしないでよ!!!」
バレンは両手を振り上げ、拳を使ってタナリアスの背中や肩を何度も叩く。
そうまでされても彼は動じず、バレンを離したり落としたりすることはなかった。
「6時に退勤したが、君の寝た時間を考えると起こすには少し早いと思ってね……だからそっと運び出すことにした。朝の通勤ラッシュで街はだいぶ煩いので、君を起こしてしまわぬよう周りの音を消していたんだ。説明を理解できたのなら、大人しくしてくれないか。」
タナリアスが冷静な声で嗜めると、バレンは暴れるのをやめた。
そして、申し訳ない気持ちで謝罪とお礼の言葉を述べる。
「そう、そうだったの……ごめんなさい。もう起きるから、降ろして大丈夫よ。ありがとう。」
「なら、そこのカフェで朝食にしよう。」
ふたりは近くのコーヒーショップに入り、窓側のソファー席に座った。
ウェイトレスが来るとタナリアスはサンドウィッチとコーヒーを注文したが、バレンはチョコレートミルクだけ注文する。
「遠慮せず、好きなものを頼むといい。」
「大丈夫よ。今はちょっと憂鬱で、食欲がないの……。」
「残してもいいから、何か食べなさい。昨日もチョコレートとミルクだけだったろう……すみません、サンドウィッチを追加で。」
料理が来るとタナリアスは食事を始め、バレンもサンドウィッチに手をつける。
一口齧って食欲が湧いてきたのか、そのあとバレンはガツガツとサンドウィッチに食いつき始めた。
(さて……これからどうやって事情を聞き出そうか)
彼は自前の老眼鏡をとりだし、ゆっくり新聞を読みながらバレンが食事を終えるのを待っていた。
新聞の一面は、"銀の冠 マナナン・マクリル"
海神である旅好き女好きの彼は世界各地の海で目撃され、ビーチでナンパした美女と共にご自慢の馬車で海上を駆ける姿はゴシップ誌によく載せられている。
タナリアスが読んでいる朝刊にも、ネタがない時は大きく彼の記事が掲載されるのだ。
(またこの記事か……)
「………わたし、神に殺されそうなの。」
それは、唐突に語られる。
タナリアスが顔の前に広げている新聞を下ろすと、バレンの皿はもう空になっている。よほどお腹が空いていたのか。
サンドウィッチを平らげたバレンは、チョコレートミルクのグラスを握りしめながら続きを語った。
「わたしの魔法はね、とても強力なの。紡いだ言葉を現実にする、創造魔法。声に出したり、文字にすることでね。なんでもってわけじゃないけど……わたし自身、この魔法の可能性をよく知らないの。人を殺す事はできても、生き返らせる事はできなかった……わたしの持つ力は神の座を脅かすものだから、それで神は、わたしを殺そうとしてる。」
バレンの口から語られたのは、タナリアスの予想から全く逸れたものだった。
昨晩、この幼女はタナリアスの勤務先であるコンビニを訪ねた。パパに追い出された、と。
話始めが神に殺されそうだ、などと誰が想像できただろうか。
この突飛な話が後々、父親に追い出された話と絡んでくるのだろう…しかし、今の話がどんな展開でそこへ辿り着くのか、タナリアスは全く予想できなかった。
昨晩のバレンの様子を見た限り、少なくとも父親に追い出されたと言う話は嘘のようには思えない。
(創造魔法……言葉にすれば、それが現実になるというのか?まさか、〝死ね〟の一言で殺したと?)
バレンの言う魔法など、聞いたことがない。
とりあえず"創造魔法"のことはさておき、タナリアスは話を進めるべく質問をしていった。
「……なるほど。それは、なんの神なんだ?」
「この世を創った神よ。」
「……それは、創造神のことを言っているのかね?」
様々な神が存在する中、〝創造神〟に関しては宗教の神話であったり、創作作品などにおいてこの世を生み出したとされる架空の存在として、多くの者に認識されている……それはタナリアスも同じ認識だ。
この世は偶然の積み重ねでできたもので、誰が作ったわけではないのだと。
「イエスを導いた神……イメージとしては、それが一番近いかも。彼は天使を従えてるし。」
「まて……天使だと?」
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