第10話
「———いやぁ……あんとき、動画回しといてもらってよかったわ。」
その後、ジルとスキャランは揃ってフィグの店を訪れた。ここは昼間はカフェとしてランチ営業もしている。
ふたり肩を並べてカウンター席に座り、スキャランはテーブルを隔てて向かいに立つフィグに昼間の出来事を話して聞かせた。
「もうあんな事させないでくださいよぉ旦那ァ……店の評判が下がっちまうし、俺まで卑劣に思われちまう。」
溜息をつきながら、フィグはふたりの前にミートパイの皿を出す。
昨晩、スキャランはフィグにスマホを預けエルフを侮辱している一部始終を撮らせていた。
あくまで保険であり、決して鑑賞用に撮ったのではない。
プライドの高いエルフには、よく効く手段なのだ。
〝流出〟をチラつかせれば暴行の訴えなんて起こさないだろうし、喋ろと言えばワームでも何でも知っていることはペラペラと語ってくれるだろう。
動画を観たセヴェリンはすぐに監視へ連絡し、エルフの二人組を空港で連行。
今頃は脅迫めいた尋問を行なっている頃である。
「ジルのお嬢さんも一緒に呼ばれたってこたァ、相棒として旦那の素行不良を止めるよう言われたんですかい?」
「いや……私は私の件で咎められたんだ。」
「飛び降り自殺寸前の通報を受けて現場へ行ったものの、自殺を止めるどころか手伝おうとして叱られたんだよ。」
「えっ……なんですと?」
反応に困ったのか、フィグは苦笑いを浮かべたまま固まってしまった。
チリリン……
「よぉ、帰ったゼェい。」
ドアベルが鳴った後に聞こえたのは、どこか気怠げでマセた子供の声だった。
店のエントランスに立っているのは、パンクな装いをした12歳前後の少女。
黒いTシャツの下に着た赤と黒のボーダーワンピースが膝上を隠し、下はスニーカー。
黄金色の瞳のつり目で、睫毛にはたっぷりの黒マスカラが塗られている。
長い襟足を外ハネにしたショートヘア。片方の横髪をかけた耳にはピアスが8つ、耳朶や軟骨に開けられている。
彼女の耳を見た常識ある大人は、彼女の親を咎めるだろう。しかし彼女に親はいない。
そしてこの〝少女〟は仮の姿であり、その正体は悪魔である。
「おかえり、ジェニット。」
返事をしたジルの隣に、少女の姿をした悪魔は座った。
フィグが差し出したメニュー表を受け取ると、ジェニットはカクテルとアップルパイを注文する。
「アトランティスはどうだった?」
ジルが尋ねると、ジェニットは頬杖をついて彼女に笑いかけながら答えた。
「あぁ、中々よかったゼ。」
笑う口元から、八重歯が見える。
地上にいる悪魔の数は決して多くはない。悪魔を召喚する目的は望みを叶えてもらうためや、使い魔としての使役……。
悪魔との契約は魂なくしては成り立たず、契約者は死後、自分の魂を悪魔に差し出さなければならない。
基本、魂を差し出すのは契約者の望みが叶った後だが、召喚された悪魔のほとんどは契約内容を守らず契約者から無理やり魂を奪い取ったり、または契約者を脅して逆に使役しようと企んでいたりもする。
悪魔とは悪辣で冷酷無慈悲、気まぐれで危険な存在であるが故に、彼らを召喚する者は極めて少なかった。
「晴れてる夜は空から星が降ってきてな……そりゃあもう、綺麗なもんよ。翌朝、浜辺は星でキラキラしてたゼ。」
ジェニットはおよそ二週間、アトランティスへお一人様の旅行に出かけていた。
昔ジルによって召喚されてから、彼女はすっかりこの世界に馴染んでいる。悪巧みをするより、この世の未知を知って満喫するほうが彼女に取って有意義なのだ。
「んで、これがその星で作ってもらった土産だ。」
ジェニットが指を鳴らすと、ジルのグラスの横に積み重なる3つの白い箱が現れた。
「3つとも、シャノアビちゃんにだゼ。」
「3つもか。ありがとう……気を使わせてすまない。」
「開けてみ〜。」とジェニットに言われ、ジルは上の箱から順に開封していった。
一つ目の箱はヘアアクセサリー、二つ目の箱はイヤリング、三つ目の箱はネックレス。
いずれも透明感の強い、オパールのような不思議な輝きを放つ石が使われていた。
「……ありがとう。」
受け取った本人から歓喜の声は上がらず、それは極めて薄い反応であったが、ジェニットは満足げにうんうんと頷いていた。
「にゃーん、あたしのお土産はぁ〜っ??」
バックヤードからすっ飛んできたティニィは、ジルに渡された土産を羨ましそうに覗き込んではジェニットに詰め寄った。
「あるゼ。店の仲間と分け合いな。」
ジェニットが指を鳴らすと、ティニィの両手に大きめの箱が乗せられた。
ティニィがゴソゴソと包装を剥がし箱を開けてみると、中にはクラゲが泳ぎ回る瓶が数個詰められていた。太めのストローも添えてある。
「"ジェリー フィッシュ 付属されているストローで吸って、お食べください" ……え! 食いもんなのこれ?! きっしょ〜っ……あたしにもアクセサリーとか買ってきてよぉ〜っ!」
読み上げた説明書を箱に戻し、ティニィは土産の箱をジェニットへ突き返した。
「こら。せっかく頂いたものにケチをつけない。」
食事を運んできたフィグは皿をジェニットの前に置いた後、ティニィから土産の箱を取り上げた。
「すいませんねぇ、俺たちまで頂いちまって。」
「いいってことよ……そいやぁ、全然喋ってねぇなぁ、スキャラン。いつもお喋りのくせに。オレの帰りが気にいらなかったか?」
ジェニットは体を少し後ろに倒し、ジルを挟んで横に座るスキャランを見た。
「…別に。」
スキャランはジェニットの方を見向きもせず、短い返事をする。
「お前にもちゃんと土産買ってきたぞ、ホレ。」
ジェニットが指を鳴らすと、スキャランの手元に箱が現れる。
そのパッケージには"真珠のように真っ白な肌"という謳い文句が書かれており、中身はフェイスパックだった。1年分もある。
「お前、乾燥肌だろ? 今は。」
「……どーも。大事に使わせてもらうよ。」
そう言ってスキャランが懐に土産をしまうと、ジェニットは大仰に彼をかまった。
「おいおいなんだよ、まぁだご機嫌斜めか。土産が嬉しくねーってかぁ? ……あぁ、そうか。色々と思い出しちまって憂鬱なんだなぁ……アトランティスはお前の———」
ゴホゴホッ! ぅえっへんッ…!
「……今度、服見に行こーぜ。」
スキャランはわざとらしい咳払いをした後、唐突にジルのほうへ話しかけた。
「その土産に似合いそうな服をさ。お前はいつも同じ服だし、たまには気分を変えてみろ。」
「衣類は今あるもので足りているし、これ以上服は必要ないよ。」
「じゃあ、いつそれつけんだ? お前が持ってる服じゃ絶対似合わないぞ。」
ジェニットはアップルパイの皿を引き寄せ、食事を始める。
終始悪戯な笑みを浮かべていたが、それ以上スキャランにつっかかっていく様子はなかった。
「てゆーか、お前つける気ねーだろ? 俺が買ってやった帽子もサングラスも、使ってるとこ一度も見たことねーしよ……貰うだけ貰って使わずにいるのはくれた奴に失礼ってもんだ。」
では、次の休日は出かけよう——
ジル、スキャラン、ジェニットは、3人で洋服屋へ出かける約束をした。
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