第18話 質素もいい、質素でいい……質素がいい。
アパートから徒歩五分のところにあるスーパーに俺と一道は来ていた。当然だが彼女は外出用の服装、さすがにふっまちゃんではない。
「……どうして私も付き合わないといけないのか、木塚君、原稿用紙一枚にまとめて今すぐ提出しなさい」
隣に並ぶ一道はさっきからずっとこんな感じで不服全開である。
「来る前にも説明したろ。料理が苦手、献立を考える機会もあまりなく、だから食材もなにを買えばいいのか見当もつかないって」
「ええ聞いたわ、けど私を連れてきても無意味なのよ」
「なぜに?」
「料理を作ったことすらないからよ。だから上手いのか苦手なのかすらわからないしそれに献立なんて人生で一度も考えたことない。そんな私が力になるわけないでしょ」
あれ? なんでだろ、自分の無能さをただ明かしてるだけなのに物凄いこと言ってるように聞こえちゃうのは。
「……お前さ、自分がダメ人間だって自覚してるならこう、脱却しようとか思わないわけ?」
「逆に聞くけど、その気がある人間がわざわざお世話係なんて
こ、この女、どうしようもねぇ……。
チート級といっても過言じゃない一道の切り返しに俺は言葉を失う。
「ふ、ぐうの音もでないようね」
その様を見てどう捉えたのか、彼女は勝ち誇った表情でそう言った。
ダメなヤツの開き直りほど質の悪いものはないな。
「まぁいいわ、せっかくだから最後まで付き合う。今回は特別にね」
歩調を速めた一道に、お世話係兼カート係の俺も
「――キャベツにレタスにブロッコリー、トマト、ほうれん草、人参。野菜はこんなものかしらね。次行くわよ木塚君」
「え、あ、おう」
「アジ、サバ、カレイ、次!」
「…………」
「肉は……まぁ適当でいいわ、次!」
「ちょっと待って一道さんッ⁉」
見兼ねて俺は一道を呼び止めた。
「なにかしら?」
「いやなにかしらじゃなくて、さっきからやけくそになってるようにしか見えないんだけど、計画性って言葉ご存知?」
「お金について心配しているのなら安心して、たんまりあるから」
これ見よがしに財布を広げた一道。言うだけあって結構入ってんな。
「金もそうだが、まだ献立すら決めてない段階でそんな適当に食材を選んでいいのかよ」
「逆に聞くけど料理下手の木塚君と経験なしの私がこの場ですぐに献立を考えらえると思う?」
「……無理だな」
「よね? だから取りあえず適当に買い込んで、帰ってからゆっくりと考えればいいの、その方が効率的。できもしない分際で形にこだわるのは愚の
「お、おう」
ならよろしと一道は買い物を続行。
うまく丸め込まれた感が否めないが筋は通っていた……コイツと口喧嘩したらまず勝てないなこりゃ。
なんて思いながら俺はカートを進めた。
***
米や冷凍食品等々、一人暮らしにしては明らか多い量を買い込み俺達はスーパーを後にした。
「それじゃ木塚君、よろしく」
一道は帰宅するなりふっまちゃんパジャマを持って洗面所に。わかっていたことだが料理は俺任せ。
「さて、と」
まず先にと俺は買い物袋を手にキッチンへ向かい食材をしまった。
次にスマホでレシピアプリを検索、一番初めに目についたものをダウンロードし、簡単そうな料理を探す。
「アジの開きか……楽そうだな。後は副菜と汁物をお情け程度に添えてやればそれっぽくなるか」
そして発見した。アプリ内では手順が一から懇切丁寧に記載されていたが関係なし。なんせ既に開かれている冷凍用があるから。
米は明日の分も研いでおいて、アジの開きはそのまま魚焼き器にぶっこむ。待ち時間にみそ汁とサラダを、って流れが一番時間効率いいか。
ざっと段取りを決めた俺は、いざ参ると腕をまくる。
――――――そして一時間後、
「………………できた」
アジの開き定食が完成した。
「――できたぞ、一道」
「待ってたわ」
アジの開き定食を乗せたトレイを運びながら俺が声をかけると、一道はサッとベッドから上体を起こし、手に持った漫画をポイッと投げ捨てテーブルについた。掃除したその日に散らかすのやめてね。
「はいお待ちどうさま、冷めないうちに召し上がれ」
「……思いのほか普通ね」
置かれた品々を見て感想を口にした一道に「そりゃどうも」と返して俺も座る。
「黒焦げでとても口に含めたものじゃない物体がでてくるとばかり思っていたから、なんというかこう……拍子抜けね」
「キッチンで鍋やらを爆発させてたとでも? んなわけ。ありゃ一種の芸術だから、料理が下手ってだけじゃできねーよ」
「ふふ、芸術とは言い得て妙ね」
クスっと笑った一道は「それじゃ、いただこうかしら」と箸を持ち、まずは主菜であるアジの開きに手を伸ばした。
「可もなく不可もないといった味かしら……アジだけに」
そりゃスーパーのお買い得品だからな。後、最後のは聞かなかったことにしますね。
「サラダは、盛り付けかたが素人の極みなだけで、他は普通ね」
玉ねぎドレッシングがいい味だしてんのよ、当たり前だけど。
「少し濃いけど、でもまぁ許容範囲内ね。この味噌汁」
インスタントですそれ。
「ちょっと固めね、これ」
ご飯はちょい水を少なめにして炊くのが俺の好みなんですよね。そのせいあって柔らかめが好きな母親にはよく「こんな固くして、親を早死にさせる気?」と精神攻撃をされてます。
一通り手をつけた一道は、ご飯茶碗をテーブルの上に置いて俺に目を向けてきた。
「特筆すべき点がなく、無難という評価が相応しい味ね。正直言ってファミレス、いやコンビニ弁当の方が美味しいわ」
「そりゃ比べる相手がわりーよ」
「でしょうね」
一道は置かれた料理に視線を落とす。
「でも……私はこっちの方が好き」
「はいはい遅すぎるお世辞をどうも」
「お世辞じゃないわ」
「…………さいですか」
否定を口にした彼女のまっすぐな瞳を直視できず、俺は目を逸らした。
「テレビ、いいか?」
「ええ」
一堂に許可をもらい俺はテレビを点ける。
ったく、調子狂うこと言ってんじゃないよまったく。
黙々と食べる彼女を横目に俺はまったく興味のないクイズ番組を眺めるのだった。
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