第17話 ビフォーアフター

「……非常に悔しいけれど、美味しかったわ」


 あっという間に完食した一道から礼を言われ、俺は「お粗末様でした」と返してトレイを回収、キッチンに戻した。


 さて次は……片づけと掃除だな。


 俺は家から持ってきたゴミ袋(40枚入り)と軍手をトートバッグから取り出し、いざゴミ山へ。


「やる気満々ね木塚君」

「いや、やる気は微塵もねーよ? やらなきゃいけないだけ。なんならお前も手伝うか?」

「嫌よ。私はこれから映画を観るのに忙しいの、だから木塚君一人で頑張って」


 即却下した一道はベッドに寝転がってスマホを横向きに……完全にくつろぐ体勢だ。


 煽ってんだか素なのかわからんが、気にしたら負けってことだけは確かだな。


 俺は伸び伸びと休日を謳歌おうかしている一道を極力視界に入れないよう作業に取り掛かった。


 結論から言ってゴミの片づけはそこまで苦ではなかった。というのも作業自体は単純で燃える燃えないを仕分けして袋にまとめるだけだったからだ。


 問題は捨てていいのかダメなのか俺には判断つかない物に関してだ。こればかりは一道に確認するしかない。


「一道、視聴中に悪いがちょっといいか?」

「なにかしら?」

「この雑誌って捨てていいの?」

「ダメよ、まだ読みかけじゃない。そんなこともわからないの?」


 ………………。


「じゃあこの中途半端に飛び飛びの漫画は?」

「それは……誰のかしら?」

「いや知らんけど」

「……ここにあるってことは私の物よね? そうよ、買った覚えはないけれど自信を持って私の物と言えるわ。というわけで取っておきなさい」


 ………………。


「……力尽きてたふっまちゃん人形は?」

「さっき私、ふっまちゃん好きって言ってたわよね? もう忘れたのかしら?」

「いやでもこれゴミ箱に入ってたんだけど」

「獅子の子落とし、可愛い子には旅をさせよ、それらと似たようなものよ。ふっまちゃんが可愛いくて仕方がない、だからこそ敢えてマスコット業界の辛さを初めに教えたのよ。よく舞い戻ってきたわふっまちゃん、あなたを正式に我が家の住人として認めましょう」


 ………………。


 それからも俺は物を手に取っては一道に確認する作業を続けたが結果はすべて保有。おかげで整理させられる破目に。


 あーだこーだ言ってるけど単純にもったいないから取っておくってだけだろ。物を捨てられない人間が抱く典型的な心理……そりゃ部屋も荒れ果てるわけだ。


     ***


 幸いなことに家具だけは一丁前に揃っており、収納スペースに悩まされず片づけは終了。


 残るは衣類関係か……今更だけどマジで俺がこれやんのか?


 シャツやらデニムやら靴下やら、果ては童貞にとって刺激が強すぎるブラジャーやパンティーが未だ点在している。


「なぁ一道、さすがに服とか下着は自分で洗濯した方がいいんじゃないか?」

「あら? 早々に役目放棄かしら?」

「そうでなくてだな、モラルの問題というか……お前だってただのクラスメイトの男に身に着けた衣類を触れられんのは嫌だろ?」

「別に私は構わないけれど……でもそうね、木塚君の言いたいこともわかるわ」


 そう言って一道ベッドから起き上がり、服を拾い始めた。


「つまり童貞には荷が重いというわけね」


 不甲斐ふがいない、不甲斐ないがまったくもってその通り。


「ま、まぁそういうことなんで、洗濯機に放るのと干すのは頼みたいんだが」

「……はぁ、わかったわ。まったく、注文が多いお世話係ね。早く慣れなさい」


 呆れるように言って彼女は洗面所へ向かった。あなたも家事に慣れるよう努力してね!


 すぐに戻ってきてた一道と入れ替わりで俺は洗面所に。


 洗剤はここで柔軟剤は……こっちか。んでコースはまぁ、標準でいっか。


 不慣れながらも無事、運転させることに成功し俺はその場を後にした。


 さて、ここからが踏ん張りどころだぜ、俺!


 己を鼓舞こぶして作業再開。俺は一道から掃除機を拝借して部屋全体をかけ、それから濡れ雑巾で床を拭いた。


 他にもキッチン周り、浴室、トイレの順に清掃を行っていき――終わった頃にはすっかり日が西に傾いていた。


「……泣けてくるぜ」


 今日の昼までゴミ置き場だった部屋が見違えるように普通の部屋に。このビフォーアフターを自分の手でやったんだという実感が俺の中で湧き、同時に感慨かんがい深くもなった。


「……まだ粗も目立つけど、取りあえずは及第点きゅうだいてんってとこかしらね」


 そんな俺の気分を真顔で害してきたのはやはり一道。あろうことか彼女はテーブルの上を人差し指の腹でサーっとなぞりほこりチェックをしたのだ。


 よくもまあそんな真似ができますねほんと。俺の煽り耐性がゼロに等しかったらブチギレ案件ですよマジで。


「まぁいいわ。それより、そろそろ休憩にしましょうか」

「せっかくだがまだやることが残ってる」

「あらそう。なら私一人で休んでいるとするわ」


 いやお前ずっと休んでたけどね? とは口にせず、俺はビシッと人差し指を一道に突き立て、


「悪いが一道にも付き合ってもらうぞ――買い出しにな!」


 そう言い放った。

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