第14話 前言撤回、一道真琴はまともじゃない

「――ここよ」


 どうやら目的地に到着したようで、一道が視線で示したのは住宅街に違和感なく染まっている二階建てのアパートだった。


 外観デザインはシンプルモダン、パッと見の印象は良くも悪くもって感じだ。


「おいマジかよ、お世話ってこのアパートを? 不動産投資でも始めろってか?」

「馬鹿言わないで……ここで〝一人暮らし〟してるのよ、私」

「ほえ~……え、今なんて?」

「馬鹿?」

「いやそっちでなくて、つか省いたせいでただの悪口になってるからねそれ…………一人暮らししてるって言わなかった?」

「ええ、それが?」


 自慢げに言うでもなくサラッと答えた一道。余裕そうな態度と相まってとても同い年とは思えない。


 それなりに事情があっての一人暮らしだろうが、にしたって凄い。炊事洗濯掃除を全部自分でとか素直に尊敬だわ。


「そんな驚くことじゃないわ。周りにはいないだけで全国的に見れば結構いるはずよ」


 二の句が継げないでいる俺を見てか一道は別に珍しくないと口にした。が、最後に自虐めいた笑みを浮かべ「多分、ね」と付け足した。


「そんなもんなのかねぇ……んで、肝心のお世話係ってのは結局なに?」


 俺が訊くと一道は財布の中から鍵を取りだした。


「中に入ればわかるわ」

「……え、俺も入るの?」

「他に誰がいるっていうの?」


 確かに、一道の言う通り俺以外は誰もいない。つまり、今から俺は女子の部屋に単独で――。


「先に言っておくけど、天地がひっくり返ってもあなたとの間違いは起きないから安心して」

「べべべべべ別にそんな心配してねーしゅッ!」

「あら? てっきり童貞特有の想像力を働かせているとばかり」

「はぁ⁉ ぜ、全然ちげーし! 緊張とかまったくこれっぽちもしてねーし! て、てかなに? お宅は随分と余裕そうだけど、男を部屋に招き入れるの慣れてんの? お盛んなの?」

「いいえ、私は処女よ。それがなにか?」

「……ふ、俺の負けだ。お邪魔させてもらうとしよう」


 臆することなく明言した彼女の潔さっぷりには感服せざるを得ない。童貞であることを恥じ、その上隠そうとした俺とは大違い……納得のいく敗北だ。


「勝負していた覚えはないのだけれど」と白けた目で俺を見る一道だったが、これ以上膨らませる話でもないと判断したか、彼女はスタスタと進んで部屋番号プレートが貼られた玄関の前へ。


「102号室が私の部屋。重要なことだから忘れないで」

「重要? なんでだ?」

「直にわかる……さ、上がって」

「……さいですか」


 彼女は玄関を開けて中に入り、「お邪魔します」と俺も続いた。


「この時間だとちょっと暗いわね」


 上がってすぐ先にある扉を開け照明を点けた一道。遅れて俺も室内に足を踏み入れ――そして戦慄せんりつした。


 な――なんじゃこりゃああああああああッ⁉


 俺は勝手なイメージを持っていた、一道のことだから質素で生活感のない部屋なんだろうなと。だが実際は違い乱雑で生活感しかない、ついさっき空き巣に入られたかのようなあれ様だった。


 空になったコンビニ弁当の容器やペットボトル、読みかけなんだか捨ててあるのかわからない雑誌類、くたびれた服、空き缶やらが入ったゴミ袋、引っ越し業者のロゴが入ったダンボール、その他色々……。


 ニュースの特集でたまに目にするゴミ屋敷とまではいかずとも、一般的に見れば彼女の部屋は十分に汚かった。


 下着も平然と転がってるしで――なんでこんなゴミ置き場みたいなところで目の置き場に困らなくちゃなんねんだよッ!


「少し散らかっているけど」


 お世辞にも少しとは言えないんですがそれは。


「気にせず座って」


 無理言うなッ!


「いや、立ったままでいい」

「あらそう? ならいいけど」


 一道は比較的綺麗な(といっても他よりはましってだけだが)ベッドの上に腰を下ろした。


「私、学校では美人だ天才って敬われてるけれど、私生活はちょっぴりだらしないのよね」


 ちょっと一道さん? さっきからかすり傷レベルで捉えてますみたいな発言が目立つけど、かなり重症だからね? これ。


「家事とかあまり得意じゃないから」


 この惨状を見せられたらそりゃ説得力しかないわな。


「訳あって四月の初めにここに越してきたのだけれど、最初の時は綺麗だったのよ? なのに……段々と、足の踏み場がなくなっていったの。恐ろしい話よね?」


 いやほんと恐ろしいよ、部屋の方が勝手に汚れていっちゃってみたいな言い訳できちゃうお前の精神が。


「食事も外食かコンビニ弁当がほとんど、体重計に乗るのが怖くてしかたがない。あぁ、どこかに私の身の回りの〝お世話〟を無償でしてくれる都合の良い人間がいないかしら。そう思っていたら現れたのよ……」


 ニヒルな笑みを浮かべ横目で俺を捉える一道。


 話の流れからして嫌でもチラつくが、コイツの言う〝お世話係〟ってのは……。


「……俺が、お前の、世話をするってことか?」


「そう。木塚君は権利を得たのよ。私のお世話ができる権利を、世の男達が指をくわえてあなたに嫉妬してしまう権利を……光栄に思いなさい、〝お世話係〟に任命されたことを」

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