第13話 案外まともな一道真琴

「お世話、係?」

「ええ」


 微笑を崩さずして二歩、三歩とゆっくり後ろに下がった一道。


「文字通りお世話をするのよ。木塚君が、私を」

「いや簡単にお世話って言われてもな、もっと具体的に説明してもらいたいんだが?」

「その必要はないわ。論より証拠、〝目にした〟方が早いから――ついてきなさい」

「は? おいちょ、勝手に話を進めんなよ! 俺はまだやるとは言ってねーぞ!」


 一人先に行ってしまうせっかちな一道に俺は文句をぶつけずにはいられなかった。

 ピタッと立ち止まり首を回す彼女。


「なら断ればいいじゃない。私は構わないわよ? それでも」

「……は、話も聞かずに突っぱねるってのは俺のポリシーに反するというか、木塚家は代々『価値のない言の葉にも耳を傾けよ』と教えられてきたから……その、だからあれだ、取りあえずどっか落ち着いた場所でゆっくりと言の葉を交わさない?」


 く、苦しいいいいいいッ! 言ってて苦しいよおおおおおおッ! 一体ここは標高何メートルに位置するとこ?


「木塚君、寝言は寝てから言うものよ? 起きていたらただの戯言ざれごとになるから」

「いや違くて! ほんとに俺はその教えを胸に今まで――」

「くどいわ。要は断れないだけでしょ?」


 一道の刺すような目つきに思わず体がすくむ。え、ちょ、こわっ……。


「ふ……つべこべ言ってないで早くなさい。置いてくわよ」


 鼻を鳴らし、あれ? 怒ったお母さんかな? と、ツッコミたくなるようなセリフを吐き捨て一道は再び歩き出す。


 ちっきしょあのアマ、足元見やがって……。


 これっぽっちも納得できない……できないがそれでも選択肢のない俺は彼女に従うほかなかった。


     ***


「なぁ、もったいぶってないでいい加減教えてくんない? どこに行こうとしてんの? 俺に何をさせようとしてんの?」

「直にわかるわ」

「…………またそれかよ」


 俺と一道は熊谷駅から電車で移動し深間駅で降りた。そのあいだも俺は今みたいに説明を求めていたのだが彼女は「直にわかるわ」の一点張りで頑なに答えようとしなかった。


 コイツ絶対あれだわ、目的とか誰がくるとか言わずに『明日ひま?』って予定だけ確認してくるタイプの人間だわ。あれ受けた側まあまあ困るからね? え、誰が来るの? 何すんの? 暇だけど内容によっちゃ断りたいんですが! ってなるから。ちょっとした心理戦だから。


「――木塚君!」

「……はいはい」


 前を行く一道にせかされ俺は足を速め、改札を抜けたあたりで彼女の隣に並ぶ。


「ここから少し歩くから、その間お話でもしましょうか。木塚君、何か話題あるかしら?」

「どこに向かって――」

「それ以外で」


 横目で睨んできた一道。振ってきておいて速攻で切り捨てるあたりさすがですね。


「あ~……一つ気になってることがあるんだが、一道はいつから気付いてた? 俺が速川達に協力してるのを」

「いい質問ね」

 一道はわざとらしく咳払いを一つしてから続ける。

「自慢だけど私、人を見る目はある方なの」

「いやそこは普通、自慢じゃないけどだろ! 謙虚けんきょでいること大事!」

「……喧嘩売ってるの?」

「あ、いや、ボケに対してツッコミ入れただけだけど……え、なにこれ凄い恥ずかしい。お願いだから説明させないで」

「……いつ誰がボケたというの?」


 いや素で言ってたんかああああああああいッ! てかどんだけ自信家ッ⁉


 ツッコミ待ちでなかったのだとしたらそりゃ失礼にも値するわけで「すみません」と俺は素直に謝った。

 彼女は不満そうにしていたが、やがて「はぁ……」と溜息をついて前を見据えた。


「木塚君が会話の腰を折る天才だということはよくわかった……さっきの続き、いいかしら?」


 それはただの空気が読めない奴ですねと内心で呟きつつ、俺は頷く。


「まず言っておくけど、協力していることに気付いたんじゃなく何かがあるんじゃと疑念抱いた、が正確ね」

「俺、そんなに怪しかった?」

「だってあなた場を仕切るような人間じゃないじゃない。なのに今日に限っては何をするかを木塚君が率先して決めるし、あまつさえ席順まで……露骨すぎるでしょ」


 おっしゃる通り。しかしまぁ、緻密ちみつさに欠けている自覚はあったとはいえ、人の口から聞かされるといかにザルだったかがよくわかるな。


「それに速川君と二渡さんをやたら気にしているようだったから……それからは、あなたも知っている通りよ」

「なるほどな」


 交差点に差し掛かる手前で歩行者信号が赤にかわり、俺と一道は立ち止まる。

 待ちぼうけ中、一道が「そういえば」と何かを思い出したかのように言って俺に顔を向けてきた。


「さらっと流したけど、私を呼ぶとき〝さん〟をつけてなっかたわよね? さっき」

「私の前では偽らなくていいわ、そう言ったのはお前だろ?」

「ええそうよ? けれど随分といさぎいというか、もっと躊躇するものじゃない? 木塚君は特に、優柔不断そうだし」

「バレてるのを承知でそれでも隠そうとするのはさすがにみっともないだろ?」


 俺が誇らしげに言うと一道は手で口元を押さえて上品に笑う。


「それもそうね。ごめんなさい、つまらないことを聞いて」

「いや別に。つか一道、普通に会話できるのな」

「……からかっているの?」

「違う違う。振り返ったら俺とお前で会話が成り立ったこと全然なかったから、なんかこう新鮮というか不気味というか鳥肌もんというか」

「最後の二つは心霊現象に対する感想だと思うのだけれど……まぁ目をつむるとして、いつものあなたは見るに堪えないレベルで気持ちが悪かったから話す気が起こらなかったの」


 悪びれる様子もなく辛辣な言葉で俺を殴ってきた一道だったが、まだ続きがあるようで。


「でも今のあなたはまだマシ、会話してあげてもいいと思えるくらいにはね」


 信号が赤から青に切り替わり一道は進む。


 なんつー上から目線……さすが女王様。


 俺は堂々と歩く彼女の背に文句の一つでもぶつけてやろうかと思いもしたが、実行には至らなかった。不思議なことに、そこまで腹が立たなかったのだ。

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