第9話 でました我らが一道節

 電車に揺られること十分弱、集合場所である熊谷駅に到着。


「ちょっと遅れちゃったね。皆待ってるかな?」


 隣にいる清香が腕時計に目を向けながら、特に焦りを感じていなさそうな声音でそう口にした。


「どうかな? 速川は多少遅れても全然気にしない奴だけど、他二人は知らんが」

「凪ちゃんもそんな感じかな。真琴ちゃんは……ちょっと、時間に厳しいところがあるけど」

「あ~なんか想像つくかも」

「あはは……真琴ちゃんは真面目だからね」


 真面目っていうか、融通が利かないだけなんじゃ……。


「文句言われんのは確実か。せめて急いできましたってアピールだけはしとくか」

「だね!」


 清香は歩調を早め、人混みの中を縫うようにして進む。


 白のシャツワンピースにサックスブルーのデニム、清涼感溢れる格好した彼女が少し先で振り返り、


「いーくんも早く!」


 急かしてきた。


「あいよ」


      ***


 程なくして速川達を発見。駅構内にあるコンビニの前で固まっている。


「お! ――伊予おおお! 秋水ううう! こっちこっちッ!」


 向こうも気付いたのか、名前を呼びながら手を振っている。


「わりぃ速川、ちょい遅れた」

「平気平気! 俺も遅れることあるし、お互い様ってことで!」


 ホストの休日、みたいなコーデの速川に笑顔で許された。


「待たせちゃってごめんね、凪ちゃん」

「気にすんなって! 誤差の範囲っしょ!」


 隣でも似たようなやりとりが。清香と二渡だ。


 つか気合入りすぎだろ二渡。

 肩見せ足見せと少々目のやり場に困る服装の彼女。清香とは対照的で派手めだ。


 そしてもう一人が……上下黒のコーデが異常なほど似合っている一道だ。

 彼女はこれから遊ぶというのに、ひどくつまらなそうな顔をしている。


「真琴ちゃんもごめんね」


 続けて一道にも謝る清香。しかし速川や二渡のようにはいかず。


「集合時間は12時、あなた達は10分遅れてやって来た。僅かといえど、人の時間を無駄にした。それをごめんの一言で片づけようとするのはどうかと思うけど?」

「ご、ごめん」

「馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返されても困るのだけれど」

「う、うん。どうすれば、いいかな?」

「なぜ私が考え秋水さんに教えなければならないの? あなたは私に許してほしいのでしょ? だというのに肝心要な部分を他人任せ、ましてやそれを謝罪相手の私に求めるなんて……謝る気がないと遠回しに言っているようなものよ?」


 うっわめんどくせぇ……。


「――さっきから他人事のように聞いているあなたにも言ってるのよ、木塚君」


 顔に出てしまったのか、一道は射るような眼差しで俺を捉える。


「あ、えっと、ごめんね、一道さん」

「何一つ聞いてなかったようね」


 呆れたように言い、大きな溜息を吐いた一道。


「……まず、遅刻に至った経緯を説明するのが先でしょう。理由なしに謝られても困るわ」


 やがて諦めたような顔して一道は口を開いた。


 それを先に言ってくれればギスギスした空気にならずに済んだのによ。俺は心の中で悪態をつきつつ、一歩前に出て一道の正面に立つ。


「遅れたのは俺のせいなんだよね」

「え?」と、隣にいる清香が零したが、俺は構わず続ける。

「本来ならもう一本早い電車に乗る予定だったんだ。けど、家を出る直前に腹を下しちゃってさ、俺が。んで便所にこもってる間、清香には待っててもらって、結果的に遅れちゃったんだよ」

「それはお得意の冗談?」

「違う違う、事実だよ」


 言いながら俺は懐から〝財布〟を取り出す。


「埼玉県の最低賃金って今は928円だよね?」

「ええ。それがなに?」

「ってことは……」


 頭の中で簡単に計算し、俺は財布から百円玉を二枚を抜いて一道に差し出した。


「改めてごめんね、一道さん」

「……どういうこと?」


 手の上にある小銭へ目を落とす一道に、俺は笑顔で答える。


「一道さんの時間を無駄にさせちゃったお詫び、かな」

「ふ~ん」


 興味無さそうな反応。一道は小銭から俺へと視線を戻した。


「あなたのことが、少しわかった気がする」


 意味ありげな発言をした一道は、俺に訊ねる時間も与えず小銭を受け取り、


「いいわ、許してあげる」


 そう云った。


「ありがとう、一道さん」


 さきの発言の意味を知りたいより、この場を早く収束させたい気持ちの方が勝っていた俺は、頭を下げ感謝を口にした。


 先が思いやられるな、初っ端からこんなんじゃ。

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