レイナⅡ



 ――キーン コーン カーン コーン――


「では、今日の授業はここまで」


 日本でもなじみ深いチャイムの音と共に今日の最後の授業が終了した。

 最終授業は魔法理論。内容は基礎的なものらしいが、何も知らない俺としては楽しい授業だ。先生がクレアさんというのも要因の一つである。


「あっ、そうそう。連絡事項があります」


 教科書をわきに持ち、出て行こうとしたところで何かを思い出したのか、もう一度教壇へと戻る。


「知っている方もいると思いますが、二週間後にとあるイベントがあります」


 イベントと言っても、ちょっと大変ですけどね、とほほ笑むクレアさん。

 大半の生徒は知っているらしく、教室内がにわかに騒がしくなる。


「詳細については後日伝えられると思いますが、そのイベントでは四人パーティを組むことになります。なので、今の内に決めていた方が慌てなくて済みますよ。前期の成績にも関係してくることなので真剣に取り組んでくださいね。以上、連絡事項終了です」


 クレアさんが出ていくと、皆がいっせいに動き出す。早速、パーティの話を進めるのだろう。

 これまで、あまりやる気が見られなかった生徒達も集まって話をしている。結構、重要なイベントなのかもしれない。


「いったい何をするんだろ?」

「実戦さ」


 答えを求めての言葉ではなかったが、やってきたフィオから返答があった。


「実戦? なんだよ、魔物とでも戦うのか」

「らしいよ」


 隣の席の椅子に腰をおろすフィオ。

 座席指定制なため、俺とフィオは席が離れている。最初は俺がフィオの方に行っていたのだが、隣の席の人が休み時間になるとすぐにいなくなるため、フィオが来るようになった。


「実戦形式の授業すらないのに、いきなり本番なのかよ」

「まあ、無茶に思えるよね。一応、今まで死者は一人もいないって話だけど」

「でも、一つ間違えれば死んじまうんじゃないか? 仮にも魔物相手なんだろ」

「一定のダメージを喰らうとパーティごと強制帰還させられる仕組みがあるとか、飼いならされている魔物だとか。噂は色々とあるけど」

「じゃあ、何でこんなにせわしないんだ? それなら慌てる必要とかないと思うけど」


 クラス内を見渡す。優秀なクラスメートの周りに人があふれている。

 危険度が低いなら、仲の良い人同士で組めば良い。こぞって楽したいだけの面倒くさがりと考えるのは無理がある。


「成績に関係するのはもちろん、優秀パーティには学園長から豪華賞品が贈呈されるからね。それが目当てなんじゃないかな」

「豪華賞品……。貴族のご子息ご息女が躍起になるってことは、相当良いものなんだろうな」

「学園の技術の粋を込めた逸品との噂だからね。それに、経歴に箔を付けたい人も多いんじゃないかな」

「なるほどな。自分の力が劣っていても優秀な人と組んだら一番になれるもんな」


 テストなどの個人での争いよりは、はるかに難易度は低いといったわけか。

 何しろ努力しなくても良いわけだからな。


「それで、フィオはどうするんだ? 注目されてっぞ」


 何を隠そう、ここにいらっしゃるフィオさんは学年でも指折りの猛者とされている。

 今の話が本当だとすると、周りが放っとくわけがない。

 ちなみに俺は、基礎学力不足すぎて授業中ちんぷんかんぷんな解答を連発してしまい、クラスのお笑い担当に落ちついている。もちろん、わざわざ誘おうとするモノ好きもいない。


「うーん、一人はユーヤに決まっているけど、後二人をどうするか悩みどころだね」

「ほっほっほっ、フィオと一緒とか楽できそうだぜ」

「もちろん、ユーヤにはしっかりと働いてもらうよ」

「……うっす」


 世の中上手い話はないものだ。

 とはいえ、話を聞く限り難易度は低いみたいだが、そうなると一体どこで優劣をつけるのだろうか。


「評価ってさ。どうやって決めるんだ? そんなに難しくないんだろ」

「評価基準は公開されていなくてね。ただ、攻略時間や戦闘が重視されていると言われている」

「攻略時間? ってことは、どっか行くのか」

「ああ、言っていなかったね。今回のイベントは“試練の洞窟”と言われる、学園が所有する施設を攻略するというものなんだ」


 なんともまあベタな名前である。


「そりゃあ、攻略タイムが重要視されるわ」

「あくまで噂だけどね。……それより、後二人は誰にするかい?」


 フィオの言葉に周りを囲んでいる生徒たちが、次々に自分を入れてくれとアピールしてくる。

 だが、その中にフィオのお眼鏡にかなう人はいないのか、全く反応を見せない。


「特に希望はない。フィオが上手くやれそうな人で」

「うーん、それは困ったな」


 知識、魔力の総合でフィオと肩を並べる知り合いなんていない。

 ならば、中心になるであろうフィオがやりやすい相手が良いだろう。

 ……そういえば、知り合いではないが一人凄い奴がいたな。

 ふと思い出したクラスメートの姿を探す。だが、もう帰ったのかクラスにはいなかった。


「まあ、良いか……。フィオ、とりあえず帰ろうぜ。今日、決めないといけないってわけじゃないんだろ」

「そうだね。性急に決めて謝った判断をするのは本末転倒だ」

「そうそう。のんびり決めるべ」


 期待に沸いていた周囲の空気が重くなる。

 非常にわかりやすい連中だ。

 教科書を鞄につめ、教室を出る。

 生徒の人数にしては広い部屋ではあるが、多少はこもるため新鮮な空気が心地よい。


「どっか寄っていくか? それとも帰って読書ターイムにでもするか」


 廊下を歩きながら横にいるフィオに聞く。

 帰路の途中にある露店に寄るか、もしくは家で本を読むかが最近の行動パターンだ。

 どっちにしろダベることにかわりないが、後者は互いに夢中になると周囲が見えなくなるタイプなので比較的会話は少なめである。


「申し訳ないけど、帰る前に図書館に寄っていいかな? 借りたい本があってね」

「オーケー。んじゃ、図書館に行きますか」


 フィオの申しを受け、図書館へと向かうことにした。

 図書館は学園と同じく大きい。ものすごく大きい。

 市の図書館に何度か行った事があるが、それよりも大きいから最初は度肝を抜かれた。

 どうやら魔法に関する蔵書は他の分野に比べて圧倒的に多く、学園としてはできる限り揃えなければならないためこの大きさになったとの話だ。

 屈指の魔導師育生学校の看板は伊達じゃないと感じさせられる。


「じゃあ、探してくる。少し時間がかかるかもしれないから、その時は帰ってくれて構わない」

「あいよ。適当に何か読んどく」


 借りたい本というのは具体的に決まっていたわけではなく、このような内容が乗っている本ってだけだったらしい。

 そうなるとこれだけの蔵書から条件に当てはまるものを見つけ出し、そこから数冊を決めるのには時間がかかるだろう。

 流石に条件にあった本を自動的に探し出してくれる、みたいな魔法はないらしく、地道に選別していくしかない。

 力を抜くことを知らないフィオと考えると、一時間ですめば御の字だ。

 帰ってもやることなどないので待っているが。


「さて、俺も何か読むか」


 適当な物でも読もうかと本棚に目をやる。

 けれど、いかんせん数が多いため、どれを読むか悩んでしまう。

 小説か、随筆か、専門文献……は流石に理解できないか。基礎知識の段階で苦労しているわけだし。


「悩んでいても仕方がないか。じゃあ、これっと」


 真剣に読む気もないので、ちょうど目の前にあった本を手に取る。

 タイトルは「魔法付加~実戦編~」……選択を間違った気がしないでもない。とはいえ、惹かれる内容なのでこの本にしよう。


「ありゃ、混んでる。席あいてっかな」


 そのまま近くの席に座ろうかと思ったのだが、良く見ると前来た時とは違いたくさんの生徒がいた。

 全体を見まわしてみるが、座れそうな場所は見当たらない。正確に言えばないわけではないのだが、グループで固まって何かをしている人たちの横は遠慮したい。


「おっ」


 すると奥の方のテーブルが空いていることに気づき、これ幸いと向かう。

 六人がけのテーブルに女子生徒が一人座って本を読んでいる。


「すみません。ここ良いですか?」


 他の人が来るまで席をとって待っている可能性もあったので、一応確認をとる。

 声を掛けられて初めて俺がいるのに気付いたのか、こちらに向けられた表情は少し驚きの色を含んでいた。

 あれ、この人――。


「えーっと、レイナ・フィニアンさんだったっけ?」

「あっ、はい。レイナ・フィニアンです。……あなたはユーヤ・トウドウ様、でしたよね?」


 意外なことに彼女――レイナ・フィニアンは俺のことを知っていた。


「様付けとかは良いよ。そんな大層な者じゃないし。ユーヤって気軽に呼んでくれ」

「じゃあ、私のこともレイナ、と呼び捨てにしてください。ユーヤ君」


 美少女の微笑というものはかくも男心を揺さぶるものなのか。

 特別なことなど何一つしていないのに、一つの完成された芸術のような印象を受ける。

 天窓からもれる光がスポットライトのように彼女を照らす。

 その姿は、まるで天使の様だった。


「ユーヤ君?」

「……あ、ああ、何でもない。じゃあ、レイナって呼ぶけどオーケー?」

「はい、オーケーです」


 入学当初、レイナはフィオと並んでクラスの人気を二分していた。

 そのこともあってわざわざ交流をしようと思った事はなく、初めて話したわけなのだが……こりゃあモテるわけだ。


「んじゃ、改めて聞くけど、ここ座っていいかな?」

「はい。大丈夫ですよ」

「良かった良かった。他の席が空いていなくてさ」


 一応、聞いてはみたが、レイナが座っていた時点で空いていると確信していた。

 何故なら、ここにおらっしゃる御姫様は人気者であると同時に友達が少ないからだ。

 少ない、とは正しい表現ではないかもしれない。俺が知る限り、彼女と仲が良いといえる生徒は一人ぐらいだ。

 しかし、その生徒も幼馴染らしく、実質学園での友人は0と聞いたことがある。……取り巻きというか、親衛隊のようなものならあるのだが。

 どうして彼女が孤立しがちなのかというと、おそらく同性の人たちに受けが悪いからだ。

 受けが悪いと言っても性格に難あり、というよりは彼女の容姿や生まれ持った素質に引け目を感じてしまうから、との理由だ。

 男子は男子で類まれな容姿に高嶺の花と勝手に距離を置いたり、親衛隊のように妄信してしまったりと上に見てしまっている人が多い。

 また良くも悪くも彼女は“真面目”過ぎた。


「そうなんですか? 恥ずかしながら勉強していて気づきませんでした」

「別に恥ずかしがることじゃないって。むしろ、そこまで集中して勉強できるって凄いと思う」


 このように授業が終わるとすぐさま復習、予習を行うらしい。

 もちろん素晴らしい習慣だ。本来なら美点として扱われるべきことである。

 けれど――。


「そんなことありませんよ。こうでもしないと皆さんのペースについていけないからです」

「はははっ、レイナがついていけないってなると俺はどうなることやら」

「事実なので気にしないでください。でも、ありがとうございます。私を元気づけるために」

「いや、本心だって。レイナはうちのクラス所か学年でもトップって話でしょ?」

「たまたまです。勉強しなかったらすぐに追い抜かれてしまいます」


 謙虚、と言えば聞えが良いが、彼女は自己評価が極端に低い。

 しかも、嘘をついているように見えないのが問題だ。

 実際、彼女の成績は良い。この間行われた小テストでも五人しかいない満点合格だった。

 これで皆さんの方が凄いですよ、との思考なのだ。嫌味ととってしまう人がでてきても不思議ではない。

 ちなみにフィオも満点合格であり、俺は22点で無事補習室送りとなった。


「んー、そんなことないと思うけど……。あっ、勉強の邪魔だよな。俺のことは気にせずに続けて」

「いえ、邪魔だなんてことは」

「俺もこの本を読んでおきたいし」


 ちらちらと勉強道具を見るレイナに気をつかって話を終わらせる。

 どうやら、話していて不安になったらしい。つくづく真面目というか過小評価しすぎというか。

 本心からの言葉なんだろうけど、ここまで自分を下げ、努力家でいられるとどうしても接し辛くなってしまう。

 頭の良さを鼻にかける奴は嫌われるが、レイナのようなタイプはそれはそれで何を言って良いかわからなくなる。

 心から褒めたいと思って伝えても、お世辞にとられてしまうのは寂しいものだ。

 これがレイナ以外ならここまで孤立することもなかったかもしれない。容姿、家柄、魔力、全てにおいてずば抜けたものを持っていると思えてしまう彼女でなかったら。


 ……まあ、機会があったらクラスでも話しかけてみるか

 今までは会話するキッカケなどなかったので積極的に関わりをもとうとはしなかったが、このように知り合ったのなら話しかけることになるだろう。馴れ馴れしい考えかもしれないけど、自己紹介したし知人ってことで良いよな。

 いじめられている、とかならどうにかしなければと行動するが、今回はレイナの自己の過小評価の問題もある。目に見えて避けられるとかはないので、友人でもない俺が荒波をたてるわけにもいかない。


「さてと、フィオ帰ってくる前に一冊ぐらいは読んでおかないとな」


 あのお人よしは、本に夢中になっていたとかの理由をつくっておかないと時間をつかわせたって落ち込んでしまう。

 内容も問われるので、ある程度真面目に読んでいないとボロがでる。

 さて、魔法付加ってどんな魔法なのだろうか。



 ――――――

 ―――――

 ―—――

 ―—



「……ふむふむ」


 実践編だったことが功を奏したらしく、非常にわかりやすかった。

 ざっと読んだ感じの印象だと付加魔法はゲームで言う魔法剣のようなものらしい。

 授業でやっている基礎理論は当たり前だが理屈重視であり、魔法が一般的ではない俺には理解しにくい部分があった。その点、付加魔法のイメージはつかみやすい。

 結局のところ理論の授業も魔法を行使する段階になると術者本人のイメージが成功の秘訣となっている。

 そのことを考えると魔力を電力代わりにすることより、剣などに纏う形にする方がやりやすいかもしれない。

 現在の武術授業は魔法の使用がなしなので試す機会はないかもしれないが、知識として知ることができたのは大きい。


「剣でも借りてやってみるかな……」

「申し訳ない。思ったより時間がかかってしまった」


 頭の中で剣に炎を巻くイメージをしながら、ぶつぶつと呟いているとフィオが帰って来た。

 時計を見ると一時間を少し過ぎたあたりだ。

 結構、集中して本を読んでいたらしい。


「本を読んでいたらあっという間だったし気にするな」

「それなら良いのだけど……」

「わざわざ嘘なんてつかねーよ。んで、借りたい本はみつかったのか?」

「ああ。こうして無事借りることができたよ」


 脇にかかえていた本の表紙を俺へと向けてくる。

 タイトルを見る限りフィクション小説のようだ。

 フィオは本なら何でも読む雑食タイプではあるのだが、どちらかと言うとノンフィクションを好んでいたので意外だった。


「そかそか。なら、良かった。じゃあ、帰ろうぜ」


 席を立ち、レイナの方を見る。

 まだ勉強を続けているらしく真剣な表情でノートに書き込んでいた。

 邪魔するのは申し訳ないが、挨拶なしに去るのもいたたまれない。


「レイナ」

「……あっ、はい。何でしょうか?」

「俺、帰るわ。お先に」

「えっ? ……あっ、はい! お疲れ様でした!」


 最初、何を言われたか理解できなかったのかポカーンとした表情を浮かべたレイナは、少し遅れたのち笑顔で手をふりながら挨拶を返してくれた。

 その笑顔に邪魔する形になってしまったため、機嫌を損ねたらどうしようと思っていた俺は胸をなでおろす。


「レイナも頑張るのは良いけど、無理だけはするなよ」

「ありがとうございます。もう少しで終わるので大丈夫です」

「そっか。頑張れよ。じゃあ、また明日」

「はい、また明日」

「ほら、早くいくぞ。……失礼します」

「あっ、おい、引っ張るなって! じゃあなー、レイナ!」


 何故かご機嫌斜めなフィオに引っ張られながら、レイナに合わせて姿が見えなくなるまで手を振りあった。

 その晩、とても嬉しそうな彼女の笑顔が中々脳裏から離れず、三度ほどフィオにだらしない顔と酷評されたのは秘密だ。

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