34.Round2−4 Side「アルテミス」

「……3……2……1……ミッションスタート!」


 オペレーターの声と同時に、ミサイルに搭載された核弾頭『バスケットボール』が、分離された。

 悪魔に導かれたちいちゃい戦車は、Side「かぐや姫」の軌道エレベーターに向かって、フルスロットルで飛び立った。


 たちどころに4箇所から8本のレーザー砲、計24本の熱線が襲いかかってくる。

 だが、『バスケットボール』は大丈夫だ。問題ない。一向に問題ない。


 武装など一切持たないが全く問題ない。

 ちぃちゃい戦車の『バスケットボール』は、避ければ良いのだ。

 ただひたすらに、悪魔の道案内に従っていけば良いのだ。

 それが、勝利への最適解なのだ。


「ほい、第1ウェーブ回避。つぎは28秒後」


 核爆弾を積んだSide「アルテミス」の秘密兵器『バスケットボール』は、そもそも敵の攻撃を見ていない。

 パイロットの蘇我そがテンジは、VPゴーグルに映し出された、ガイドラインに沿って、操縦を行なっているだけだった。


「ほい、第2ウェーブ回避。つぎは24秒後」


『バスケットボール』は、面白いように視覚ステルスに身を包んだオルカMarcIIIの4体同時攻撃を、合計32門レーザー砲を、網の目の様に張り巡らされた熱線を、フルスピードでかいくぐって行った。


 ・

 ・

 ・


 8分後。


「ほい、第23ウェーブ回避。つぎは24秒後。そいつを避けたら、12秒後に起爆スイッチ作動や」


「余裕。起爆スイッチ余裕……ただ……」


「ただ……なんや?」


「あれが来たら多分防がれる。あれをやるなら、多分手動でやるはずだから。

 だってアレはインターネット? と相性が悪すぎる」


「なんやねん! ここに来てでっかい敗北フラグ立てんな!

 ……あ! 第23ウェーブ回避済み。

 爆破まで……5……4……3……2……1……ファイア!」


「ほい」


 蘇我そがテンジは全く動揺せず、全く混乱せず、狼狽ろうばいせず、全く緊張せず、Side「かぐや姫」の23回にもおよぶ波状攻撃を完璧に避け切ってミッションを完遂した。


 だが……。


 『バスケットボール』に搭載された核弾頭は、月面基地の軌道エレベーターを破壊できなかった。

 月面基地が、青い正十二面体に包まれていたからだ。


 青精霊三角形フォースドーター。Side「かぐや姫」の緊急防御システムだ。

 オルカMarcIIIによる『バスケットボール』の迎撃を諦めた葛城かつらぎイルカは、苦渋の決断を迫られた。


 「かに」「さそり」「うお」3個のビット機関により構築される青精霊三角形フォースドーターは、絶対防御システムだ。

 青い正十二面体は一切の攻撃を遮断する。そして一切の情報を遮断する。


 そう。青い正十二面体は、通信機器の電波情報すらも遮断する。


 葛城かつらぎイルカは、苦渋の決断を迫られた。

 本来であれば、『バスケットボール』撃破後、4体に分裂したオルカMarcIIIで、開幕直後にミサイル、そしてバスケットボールを放った車両型兵器、全7機を駆逐する予定だった。


 しかし、それは不可能だった。

 『バスケットボール』の射程範囲にあった4体のオルカMarcIIIのうち、3体は核の炎に巻き込まれて大破してしまった。


 そして唯一、被弾をまぬがれたウンディーネも月面に転がっていた。


 青精霊三角形フォースドーターによって、月面基地のスーパーコンピューター、オルカMarcIIとの通信を遮断されたウンディーネは、制御不能に陥って月面に転がっていた。


 これにより月面戦争「Round2」は終結した。


 Side「かぐや姫」、Side「アルテミス」両陣営は、それぞれ7箇所の新規「開発エリア」を獲得した。


 「開発エリア」の総数は、Side「かぐや姫」14、Side「アルテミス」7。


 しかしSide「かぐや姫」の新規「開発エリア」のうち6箇所が、従来の「開発エリア」と重複しており、戦術的価値はそれほど高く無い。

 残りの一箇所。つまり4体のオルカMarcIIIの最後の一機、ウンディーネが転がっていたエリアも、葛城かつらぎイルカが一切欲していないエリアだ。戦術的価値はほとんど無い。


 対してSide「アルテミス」の7つの「開発エリア」は、とても意義のある場所だった。

 6つの「開発エリア」は、約10キロ地点にある、Side「かぐや姫」の「開発エリア」にある。

 つまり、10キロの射程のあるミサイルと、ミサイルを射出する車両型兵器を、輸送が許す限り、一切の制限なく自由に無限に配備ができる。

 あくまで理論上だが、Side「かぐや姫」の熱を吸収する防御壁三角形フィフスドーターに、効率で上回ったことになる。


 そして、バスケットボールを配備していた車両型兵器は、Side「かぐや姫」の月面軌道エレベーターを、核ミサイルの射程に捉えた事になる。

 この牽制効果は、非常に大きかった。


 これにより、Side「かぐや姫」は、Side「アルテミス」と戦力を拮抗させることになった。


 主戦力であるオルカMarcIIIを3体も失い、大幅な戦力ダウンを余儀なくされたSide「かぐや姫」は、オルカMarcIIIの巨大なロボットを直接輸送する手段を持たない。パーツをこまざいて月面基地で組み立てるほかない。


 そしてそんな便利な設備を、Side「かぐや姫」は有していない。

 つまり、Side「かぐや姫」は、月面開発と並行して、月面基地でオルカMarcIIIを組み立てる工場設営を強いられることになる。



 月面戦争「Round2」で、戦局は大きく動いた。

 そして戦力は完全に拮抗した。


 圧倒的優位を誇っていたSide「かぐや姫」は、多大な戦力を失った。

 圧倒的劣勢に立たされていたSide「アルテミス」は、ハッキングによる情報搾取で奇襲を成功させる、千載一遇のチャンスを失った。


 これでもう、戦力は完全に拮抗した。

 そしてそれは、Side「かぐや姫」とSide「アルテミス」の、両上層部たちの思惑と完全に一致した。


 本当は戦いたくなかったのだ。


 そう。Side「かぐや姫」とSide「アルテミス」の両上層部、つまり2つの地球は、本当は戦いたくなかったのだ。


 本当は30年間、互いの地球の交流が叶うまで、時間稼ぎをしたかったのだ。

 それっぽいルールをつけて、月面でなんとなく争ってるぽい、戦争っぽい行為を行わせる事で、30年間ただひらすらに時間稼ぎをしたかったからだ。


 2つの地球に住む、極々わずかな狂った人たち、ただひたすらに「利権」に群がる狂った人たちに、30年間のおあずけを食らわせたかったからだ。


 2つの地球は、互いに、もう、十二分に知性とモラルが発達していたからだ。

 2つの地球は、互いに、もう、人に序列をつける事に嫌気が差していたからだ。


 そう考えるのがの世界を、2つの地球は、もう、いい加減に、歩んで行きたい! と、心の底から願っていたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る