第5話 連敗記録ストップ

「琴梨ちゃん、おはよー!」

「あ、藤堂先輩。おはようございます!」


 肩より少し長い黒髪が光を艶やかに反射させて揺れている。

 今日は前髪をピンで留めておでこを出していた。

 それはそれでよく似合っている。


 肩を馴れ馴れしくポンと叩いたけれど嫌そうな顔はしていない。

 でも琴梨ちゃんの隣を歩く友だちの女子はドン引きしていた。


「昨日はよく寝られた?」

「はい! お陰さまで!」

「僕は琴梨ちゃんの夢を見たよ」

「ほんとですか? 私の夢には先輩出てきませんでした」


 よほどいい子なのか、助けてもらった恩で我慢しているのか、嫌な顔ひとつしていない。

 眉をしかめて俺を睨む隣のお友だちも少しは見習ってもらいたいものだ。



 昼休み。

 用もなく一年の廊下をウロウロとしていると琴梨ちゃんが友だちと歩いてきた。


「よう、琴梨ちゃん!」

「あ、先輩! 今日はよく会いますね!」

「偶然だねー」

「はい!」


 あからさまにわざと会いに来たのに偶然を装うというキモいアプローチでも琴梨ちゃんは笑顔を絶やさない。

 隣の友だちはあからさまに顔をしかめていたけど。


 一週間ほどそんな半ストーカー的で距離感を間違ったアプローチを繰り返した。

 しかし不思議と琴梨ちゃんのリアクションは悪くならない。

 だが『こっぴどくフラれてみた』動画を取り続けてきた俺は分かる。

 告白すれば間違いなく琴梨ちゃんの態度は豹変するだろう。

 それまでは恩のある先輩と思っていても告白された瞬間、一気に嫌悪感を露にするはずだ。


 ちなみにこれまでのアプローチの様子はもちろん編集して動画配信していた。

 視聴者たちの反応は概ね『琴梨ちゃんいい子で可愛い!』と『TACにはもったいない。フラれろ!』というものだった。



 そしていよいよ告白決行当日を迎えた。

 場所は琴梨ちゃんと出会った体育館裏、つまり鳩田が琴梨ちゃんに告白した場所だった。

 この日のために購入したアクションカメラのGoProもしっかり設置している。


「なんですか、先輩。話があるって」


 なんにも知らない琴梨ちゃんはいつも通りの明るい様子でやって来る。

 これからキモオタに告白されて凹むと思うと少し申し訳ない気持ちになった。

 しかし今さら後戻りは出来ない。


「なあ、俺の彼女にならない?」

「え……?」


 鳩田の上から目線勘違い告白の完コピだ。

 琴梨ちゃんは目を点にして固まる。


「いいだろ? 付き合っちゃおうぜ。俺、結構モテるんだぜ?」

「は、はい……その、私なんかでよろしければ……よろしくお願いしますっ」

「そう言うなって。今は俺のことを知らなくてもこれから知っていけば──え?」

「はい。これからまだ知らない藤堂先輩のことについて知っていきたいです!」


 なぜか顔を真っ赤にして照れくさそうに微笑んでいる。


「えっ……な、なに? 振らないの?」

「はい! もちろんですよ! 当たり前じゃないですか」

「ちょっ……ええっ!? いやいやいや! そうだ、僕の友だち結構ヤバい奴多いよ」


 鳩田の使っていた最低セリフも付け足してみる。

 まあ俺が言うと別の意味で『ヤバい仲間』みたいに聞こえるけど。


「お友だちにも紹介してくださるんですか? 嬉しい。ありがとうございます」


 思ってたのと違うっ!?

 偶然を装って付きまとってきて、ベタベタ身体を触る、見た目キモオタですよ!?


「す、すぐえっちなことしようとするかもしれないんだよ?」

「えっ……そ、その今日はブラとパンツの柄が揃ってないので……あ、明日なら……いつもはちゃんと揃ってるんですよ! 本当です! 今日はたまたまですから!」


 琴梨ちゃんは突拍子もないことを口走り、焦りながら意味不明なフォローをしていた。

 あまりの展開に俺は愕然としてしまう。


「どうしました?」

「俺、いや僕に助けられたことを恩に感じてるのは分かるけど、なにも付き合わなくてもいいんだよ? そんな恩を感じるたびにそこまで尽くしていたら身が持たないし……」


 諭すように伝えると琴梨ちゃんは一瞬ポカンとしてその後おかしそうに笑い始めた。


「そんな理由で人生はじめての彼氏を作るわけないじゃないですか。あーおかしい! やっぱり先輩は笑いのセンスも最高です!」

「え? 違うの?」

「はい。純粋に先輩が好きだからオッケーしたんですよ」

「どこが!? これのどこがいいわけ!?」


 全身を使ってアピールする。


「そうですねー。まずは優しいところです。助けてくれたのはもちろんですけど、用事もないのに一年の廊下まで私に会いに来てくれるとことか」

「え? そこ!?」

「あとは面白いところも。話しててセンスあるなーって感じますもん。でもなんといっても一番はポリシーを曲げないところ」

「ぽ、ぽりしー?」

「はい。たとえば鞄についてるそのアニメキャラのデフォルメキーホルダーも、シャツの下に着てて透けちゃってるアニメキャラのTシャツも、先輩のポリシーを感じます」

「これが!?」


 これはキモオタのキャラ作りのためにしているだけだ。

 確かにこのアニメは観て面白かったとは思ったが、別にポリシーでグッズを愛用しているわけではない。


「実は私もそのアニメ、『転生勇者は社畜に戻りたい』のファンなんです。グッズも持ってるんですけど、使わずに引き出しにしまったままです。なんか高校生にもなってキャラものとか恥ずかしいかなーって。でも先輩はそんなこと気にせず堂々と身に付けている。そういう人に流されないところがすごいなぁって」

「そ、そんな……」

「先輩は全然気付いてくれてなかったと思いますけど、あの助けてもらったときよりずっと前から先輩のことは気になってたんです。自分のポリシーを曲げない強い人だなって」


 そういえば鳩田から助けたとき、琴梨ちゃんは俺のことを『藤堂先輩』と呼んでいた。

 あのあと反撃してきた鳩田への対応ですっかり忘れていたけど……


 キモオタファッションも半ストーカーも寒いジョークも嫌われるための作戦だったのに、まさかそれらが全て裏目に出るなんて……


「もちろん決め手は助けてもらったことですけどね。どうしようって困っていたところで憧れの藤堂先輩が来てくれたときは、目がハートになっちゃいました。ってなんか話しているうちに恥ずかしくなってきました」

「み、見た目は? 不潔そうでキモいでしょ!?」

「うーん……正直見た目は確かに好みではありません。あ、ごめんなさい、失礼なことを」

「いや。いいんだ」

「でも見た目なんてたいして関係なくないですか? たとえばスマホを買うのでも、車を買うのでも、見た目もまあ気にはなりますけど、それより性能とか中身を重視しますよね?」

「それはそうだけど……限度というものがあるんじゃない?」

「もちろん限度はありますよ。でも先輩の見た目はそこまで悪くないですよ! あ、すいません。生意気でしたね。ごめんなさい。私、けっこう口が悪いんです」


 琴梨ちゃんは赤くつやつやの舌をペロッと出して笑う。

 ぶっちゃけ恐ろしいほど可愛い。


(なんということだ……)


 俺は呆然とする。


 この小鳥のように可愛らしい桃山琴梨ちゃんによって、俺のこっぴどくフラれる記録は止められてしまった……

 しかもその気なら明日にでもえっちなことをさせてくれるらしい。

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