第4話 50人目のターゲット

 翌日。

 登校途中に昨日助けた琴梨ちゃんが駆け寄ってきた。


「先輩、おはようございます!」

「あー、君は確か昨日の」

「一年一組の桃山琴梨です!」


 昨日とは打って変わって元気いっぱいだ。声も明るく弾んでいる。

 これがきっといつもの彼女の姿なのだろう。

 琴梨ちゃんは辺りをキョロキョロ見てからそっと耳打ちしてくる。


「あの、昨日はありがとうございました。強いんですね、先輩」

「いやいや。あれはたまたま偶然当たっただけだからね」

「ふふふ。はい。そういうことにしておきましょう!」


「では! また!」といって琴梨ちゃんは駆けていく。

 助けられたらお礼を言うというのは当たり前といえば当たり前だが、僕のようなキモい存在にも引かずにお礼を言えるなんてなかなかいい子のようだ。


(あ、そうだ!)


 そこでピーンと閃く。

 記念すべき五十人目は琴梨ちゃんにしよう。

 親切で助けたら懐かれた後輩にキモく言い寄り、最終的には嫌われてフラれる。

 うちの視聴者が好きそうな展開だ。


 これは神回の予感がする。



 ────

 ──



「実は好きな人ができました」


 夜の実況に集まったメンバーに宣言すると爆発的にコメントが飛んでくる。


『またかw』

『知ってたw』

『TACさん、懲りねーな!』

『今度こそ『お友だちから始めましょう』をゲットできるぞ!』


「『お友だちからはじめましょう』って、それ実質フラれてるから」

『TACの場合それでも大勝利だろw』

『今から残念会の準備しておきます』


「ちょ、お前らひどくない?」


 辛辣におちょくるコメントの数々に笑ってしまう。

 彼らの刺々しい言葉の下には愛が溢れている。

 だから鳩田とか一木の暴言と違って温かささえ感じられる。


 俺は琴梨ちゃんとの出会いの場面をみんなに説明する。

 とはいえ鳩田をボコったことは言えないので琴梨ちゃんが財布をなくし、それを一緒に探して見つけてあげたというほっこりする内容に改竄しておいた。


『おー、なんかうまくいきそう』

『これまでのほぼ一方的な片想いと違って多少好感持たれてるかも』

『この流れから蛇蝎のごとく嫌われるのがTACパイセンw』

『いい思い出のまま終わらせておけ』


「いや、今度こそは大丈夫。朝挨拶してきた以外にも廊下ですれ違うとき微笑みながら小さくバイバイしてくれたし!」

『小さくバイバイw』

『ぐはっ!TACのくせに生意気だ!』

『まさかの脈あり!?』

『一生関わってこないでください。バイバイって意味に決まってるだろw』

『手を振られただけでこの舞い上がりっぷり。それでこそTAC!』


 今回は若干脈がありそうだからか、応援半分嫉妬半分で色めき立つ。


 基本的に俺は『無理そうだ』とか『諦めようかな』とかネガティブなことは一切言わない。

 フラれるまではあくまで強気。そしてこっぴどくフラれる。

 それが一番盛り上がるパターンだ。


『今度の子はビジュアル的にどんな子なんだよ』


「見た目かぁ……小さくて、ちょこちょこしてて、目がくりっとしてるかな」

『小鳥みたいだな! じゃあ小鳥ちゃんってあだ名にしよう!』

『いいね。決定』

『小鳥対豚』


「あ、おい、ちょっと待てっ! 勝手に決めないで」


 それだと偶然にも本名と一緒だ。

 さすがにそれはまずい。


『小鳥ちゃんって響きだけでもう可愛いよな』

『間違ってTACと付き合うことになったらどうしようw』

『それはないw』

『小鳥ちゃん逃げて!』


 なし崩し的にあだ名を決められ、実況は終了した。


「参ったなぁ。ま、身バレはしないだろうけど」


 動画加工ソフトを立ち上げていると、スマホにメッセージが届く。

 送り主は先程の実況にもいた『ブサエル』だ。

 仲のいいごく一部とは連絡先の交換もしている。


『TACおめでとう! 今回の小鳥ちゃんは脈ありな感じだな。それにTACも本気で好きなんじゃないの?』

「僕は毎回好きだし」

『嘘つけwまあ今回はネタに走らず慎重にアプローチしろよ』

「了解です!」


 ブサエルは本気で心配し、応援してくれているのだろう。

 こういうとき、ほんの少しだけ罪悪感を覚える。

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