X12 リア充がリークする


 理華と二人で、ショッピングモールに来た。


 といっても、二人で何かをするわけではない。

 理華は須佐美と雛田と買い物、俺はここに入っているデカいスクリーンの映画館が目当てだ。


 理華たちの待ち合わせ場所らしい、ファッションのフロアに辿り着く。

 休憩用のソファが置かれているスペースには、先に雛田と須佐美が座っていた。


「おはよう、理華。それから、楠葉くんも」


「おはようございます、二人とも」


「やっほー。べつに楠葉は呼んでないけどねー」


「一応顔出しに来ただけだ。すぐ行くよ」


 雛田の悪態にはもう慣れているので、さらりと流しておく。

 でないと心が持たないからな、うん。


 まあ、前よりは随分、雛田の対応も柔らかくなった気がするけれども。


 ところで、雛田はいつものような、華やかで今風な服装だった。

 肌の露出も多く、若干目のやり場に困らなくもない。


 対して、須佐美は上品で落ち着いた格好をしていた。

 センスの皆無な俺にでも、オシャレなのがわかる。

 たぶん、こういうのをシックと言うんだろう。

 

 ちなみに、理華は薄い緑のロングスカートで、上はシンプルな白いシャツだった。

 今気がついたが、もしかしてこれは、初めて回転寿司で会った時と同じ服なのでは。


「では廉さん、ここで」


「おう。帰りはどうする?」


「時間がずれると思うので、今日は別々にしましょう。映画が終わったら、念のため連絡をもらえますか」


「わかった。じゃあな」


 簡単なやり取りをして、理華たちと別れる。

 三人娘に見送られながらエスカレーターを上がるのが、なんとなく恥ずかしかった。


 複数の女子に手を振られるなんて、滅多に、というか、全然ないからなぁ。


 映画館でネットチケットを発行して、スクリーンに入る。

 混むかと思ったが、案外観客は少なそうだった。

 両隣の席も誰もいないし、リラックスして見られそうだな。



   ◆ ◆ ◆



『今終わった』


 映画館を出てすぐに、約束通り理華にメッセージを送る。

 既読がつかないところを見ると、買い物に夢中になっているのだろう。


 先に帰るとするか。


 そう思って、エスカレーターを下る。

 一階に着いたところで、スマホにメッセージの通知がきた。


「……ん?」


 送り主は、まさかの理華ではなく須佐美だった。

 しかも文字だけではなく、写真が添えられている。


『今ここにいます。いいものが見られるわよ』


『須佐美千歳さんが画像を送信しました。』


「……」


 送られてきた写真は、雑貨のフロアにあるらしい、眼鏡の専門店の看板だった。

 そういえば、須佐美はいつも眼鏡をかけていたな。

 新しいものを買うつもりなのだろうか。


「……でも、いいものってなんだ」


 俺が既読だけつけて返信せずにいると、また須佐美からメッセージが送られてくる。


 たった四文字。

 だがそれを一目見ただけで、俺は今降りてきたエスカレーターをまた登っていた。


『眼鏡理華』



   ◆ ◆ ◆



「あ、来たわね楠葉」


「……」


 眼鏡屋の前に着くと、雛田がすぐに俺を見つけた。

 店内を見渡すと、少し離れたところに理華の姿が……。


「……おお」


 理華は鏡に向かって、フチの赤い眼鏡を試着していた。

 隣の須佐美と何かを話しながら、前髪の位置を整えたり、眼鏡の高さを調節したりしている。

 俺が来たのには、まだ気付いていないようだ。


 ……それにしても。


「あんた今、超マヌケな顔してるわよ」


「うぐっ……」


「やだやだ。彼氏だからって、ヤラしい目で見ないでくれる?」


「や、ヤラしくないだろ、べつに……」


「自覚がないのが一番ヤバいのよ」


 ひどい言われようだが、いろんな意味で反論はできない。


 なにせ、『眼鏡理華』は遠目で見ても、とんでもなくかわいいのだ。

 大きな声では言えないが、知らせてくれた須佐美に感謝しなくては……。


 理華は真剣な表情で、いくつかの眼鏡をかけ比べていた。

 どれも抜群に似合うけれど、本人的は少し渋い顔をしている。


「あいつ、目悪かったのか?」


「ちょっと視力落ちてきたんだって。今日は買わないと思うけど、千歳に選び方を教わってるわ」


「ふぅん……」


「私が『楠葉って眼鏡女子が好きらしいわよ』って言ったら、急に真剣に選び出したのよ」


「おい……。勝手に嘘つくなよ」


 そして、恥ずかしい情報をさらっと入れてくるな。

 かわいいけども。


「でも、あの理華見たら、嘘じゃなくなったでしょ?」


「……それは、まあ」


 正直、素直に頷くしかない。

 眼鏡がこんなにもいいものだったとは……。


 その時、ふと鏡越しに、理華と目が合った。

 急いで顔をそらしても、もう遅い。


「れれ、廉さん! ど、どうしてここに……!」


 理華は随分と取り乱して、かけていた眼鏡を慌てて棚に戻していた。

 その隣で、ニヤニヤといやな笑顔を浮かべた須佐美が、こちらを見ている。


「いや……偶然、雛田が見えたもんで」


 嘘だった。

 理華には申し訳ないが、ここは須佐美の肩を持たせてもらうことにする。


「ま、まさか見たんですか! め、眼鏡姿の……私を……!」


「ま、まあ、見たというか、見えたというか……」


 見に来たというか。

 なんてことは口が裂けても言えない。


 理華は顔をカーッと赤くして、人目も憚らずに俺をポカポカと叩いた。


「ずるいです! 廉さんもかけてください、眼鏡! さあ、早く!」


「やだよ。俺、目悪くないし」


「ずーるーいー!」


 ぽかぽかぽかぽか。

 理華には叩かれ、須佐美と雛田にはニヤニヤされながら、俺の恥ずかしくもラッキーな出来事は終わりを告げたのだった。


「後で、一番似合ってたやつの写真、送るわね」


 別れ際、須佐美は耳打ちするように、そんなことを言った。


 まったくこいつは、本当に悪いやつだな。

 理華がかわいそうだろ、やれやれ。


「……ぜひ頼む」


 自分の欲望に正直なのが、俺の数少ない長所なのだ。


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