第25話 姉妹喧嘩

 振り向いた先には、シルエが少し不満そうな表情を浮かべて仁王立ちで俺を見つめていた。


「やぁシルエ。

疲れは取れましたか?」


「……」


シルエは何やら言いたげな様子だったが、深く息を吐くとそのままゆっくりと俺に近づき、少し強めの口調で言い放った。


「ディアス様! お心遣い感謝しますけど、別に叩き起こしてくれて良かったんですよ?

私の役割はディアス様の護衛をすることでもあるんですから!」


え? そうなの?


サロスの元を離れた以上、シルエにはもう俺を護衛する義務は無いはずだが、シルエはこれまでと変わらない関係を望んでいる様だ。


まぁ、分かっていたことではあったが、俺はそのシルエの発言になんだかもどかしい距離感を覚えた。

とはいえシルエの立場からすれば、今まで仕えていた存在に対して、急に態度を変えるというのも難しい話なんだろう。


「え、あ、はい。次からはそうします」


俺は弁解することもなく素直にシルエの言葉に従った。

良かれと思ってやったことだったが、シルエにはいらない気遣いだった様だ。


「お姉ちゃん……」


そんな俺とシルエの一連のやり取りを眺めていたルミアがボソッと呟いた。


「?」


シルエはその声を聞き、俺の後ろにあるカウンター越しに立つ彼女に視線を送った。

次の瞬間、「ルミエッ!?」と俺を勢いよく押し退けると、これまた興奮気味でルミエに駆け寄った。


「ルミエ! あなたどうしてこんなところに?」


「お姉ちゃんこそ、まだ冒険者続けてたんだね! 会えて良かった!」


2人は顔を見合わせ、再開を喜びあった……

と思いきや……。


「ルミエ! 色々なところを転々としすぎよ! 本当にいつもいつも、すぐ行方がわからなくなるんだから……手紙の一つくらいよこしなさいよ!」


「お姉ちゃんこそっ! まだ冒険者やってたんだね。村のお父さんやお母さんもどうしてるのか心配してたよっ! それにいつの間に彼氏なんか作ったわけ?」


「なっ……彼氏じゃないわよ!

ディアス様は私の使えていた方の息子さんで……」


「本当かなぁ〜? 大体なんでウェルの町にお姉ちゃんが男の人と2人っきりでいるのよ!」


「あの、少し落ち着きましょう……?」


『ディアス様は黙っててください!』

『ディアス君は黙ってて!』


「はいっ!」


感動の再会かと思いきや、2人とも容赦なくお互いに言葉をぶつけはじめた。

彼女達の激しい口論は、ギルド内の冒険者達の注目の的となり、一斉に視線が注がれる。


長いこと会っていなかったからか、2人とも色々と不満が溜まっていたらしい。

このまますんなり終わる様な感じでもなかったため、俺は「ちょっと! ストップーー!」と強引に間に割って入ると、すぐさま彼女達の手を引いて外へと向かった。


「ディアス様? 離してください! まだ話は!」


「ちょっとディアス君離してよ! てゆうかお姉ちゃん! なんでディアス君のことさっきから様付けなの? あ、もしかしてそうゆうプレイなの? ねえ?」


「なわけないでしょっ! ルミエこそなんでディアス様のこと君付けしてるのよ!

初対面でしょ!」


あー、やかましい。

俺に引きづられながらも、2人は熱が冷めることなく言い合いを続ける。

とゆうか、言われてみればシルエの指摘した通り、ルミエはいつの間にか俺のことを君呼ばわりしている。

外に出たは良かったが、ギルド内と同様、周りからの視線が一気に俺たちへと注がれる。

俺は人目につかない裏路地へと入り、彼女達を離した。


「ディアス様、止めないでください。

これは私たち姉妹の問題なんです!」


「そうだよディアス君! 今日こそ、溜まるに溜まっていた不満をお姉ちゃんにぶつけてやるんだから!」


2人とも未だ落ち着く気配はなく、俺はその様子を見てハァと深くため息をつく。


 それにしても、ルミエの変わり様には驚きだ。ギルドのカウンターにいた時の落ち着きは何処へいったのやら。

今俺の目に映っている彼女ルミエは、シルエの物静かな雰囲気とはほぼ真反対と言っていい程、少しヤンチャさが滲み出ていて溌剌とした印象を受けた。

とはいえ、この調子だといつまで経っても姉妹喧嘩が終わない気がする。

俺は大きく深呼吸すると大声で2人に叫んだ。


「もうそろそろいい加減にしてくださいー! ニャゴニャゴニャゴニャゴとっ!

お互い順序よく話せば理解し合えますって!

シルエとりあえず落ち着きましょ!

ルミエさん、まず僕たちがここまで来た経緯を話しますね!」


こうなったらやけくそだ。

俺はその場の勢いで2人を仕切り出す。


「え、ディアス様?」

「え、あ、うんわかったよディアス君……」


俺の勢いに押されたのか、2人は案外素直に従ってくれた。

そしてシルエと2人で、ルミエにこれまでの経緯を話し始めた。


*******************

ーーー1時間後


「なるほどね、そうゆうことかぁー」


ルミエは俺とシルエの話を聞いて、ため息混じりに言葉を吐き出す。

俺とシルエ2人の関係性や、ウィルの町に来た理由を洗いざらい話した末、なんとか理解してくれた様子だ。


「だったらもっと早く言ってくれればよかったのにー」


「よく言うわよ。話を聞こうともしなかったくせに」


「だってさ、普通にビビるじゃん!

状況も状況だったしさ!」


「大体、ルミエははやちとりしすぎなのよ」


「あ、言ったなぁー! お姉ちゃんだって昔……」


「あー、もう2人とも! 姉妹喧嘩は俺のいない時にしてください!」


シルエはハッと気づき、すぐ口を閉じたものの、ルミエに対する不満は消えてい様子だ。

ルミエも少し頬を膨らませながらも「わかったわかった」と言わんばかりに、手の平をヒラヒラと泳がせた。

そして、徐ろに口を開く。


「まぁとりあえずお姉ちゃんとディアス君に何があったのかは理解できたよ?

あ、?」


「あ、いや、君付けでいいっす……」


何故だろう。

ルミエに様付けされると、なんだか耳がこそばゆい。


「そっか! じゃあ私はディアス君って呼ばせてもらうね!」


いや、最初から勝手にそう呼んでたろ……。


「ルミエ……。 

すみませんディアス様。

ルミエは昔からこんな感じなんで……」


俺とルミエのやり取りを見ていたシルエは、

少し呆れた表情を浮かべ、申し訳なさそうに俺に言う。


いや、なんかもう分かってたよ……?


とゆうか、できればシルエともこれくらいフランクな関係性を築いていきたいものだ。


「ところでぇ」


ふと、ルミエが俺とシルエの間に割り込み、なにやらニヤニヤと悪戯げのある笑みを浮かべる。

シルエが俺を揶揄う時と同じ顔だ。

さすが姉妹。


「さっきの話は充分理解したんだけどさ、

2人とも本当は付き合ってるんですーとかってない?」


『はっ!?』

『えっ?』


俺とシルエは思わず声を出して、ルミエを見る。


「ルミエ! さっきまで何を聞いてたのよ!

どうしたらそんな解釈に……」


「だってさぁー、話聞いた限りだとお姉ちゃんはディアス君のお父さんから契約解除されちゃったわけでしょ?

だったらもうディアス君と一緒にいる意味ないじゃない? なのになんでわざわざ一緒にいるのかな〜って思うじゃん。

疑問を持つのは自然なことだと思うけど」


「だから、それはディアス様が私を庇って……」


「てゆうのは表面上のことで、本当はこっそり付き合ってんじゃないのー?

だって、もう主従関係でもなんでもないわけだし、もう他人も同然じゃん?」


「えっ、まぁそれは……」


シルエがどもる。


少し単純に解釈しすぎだとは思うが、ルミエの言っていることは最もだ。

経緯はどうであれ、側から見れば今の俺とシルエの関係は不思議だと捉えられるんだろう。

そこは俺もなんとなく理解できるし、なんならその点で言えば俺もルミエの意見に賛同する。シルエの俺に対する態度はどことなく引っかかっていたし、契約が終わった以上、俺はシルエと対等の立場で接したいと思っているからだ。


あ、決して付き合いたいとかってわけではないよ……?


(まぁ、付き合いたくないといったら嘘になる)


「ね! ディアス君そうなんじゃないの?」


「え、いや付き合ってはないですよ。

まぁ、ただシルエとはもうちょい距離を縮めたいというか、なんとゆうか、そんな気持ちはありますね」


「えー、そうなのぉー?

でも、ほらお姉ちゃん。ディアス君もまんざらでもなさげじゃん?

あ、じゃあこの際本当に付き合っちゃえば良いじゃん!」


おい何言ってんだ猫娘。

「距離縮めたい」=「付き合いたい」ってわけじゃねーぞ。


「え、ディアス様そんな、あの、私……」


シルエもあからさまに動揺すんな。


「あーだったらさ、まず契約から始めてみれば?」


「契約って父さんとシルエがしたみたいな?」


「そうそう!」


なるほど。確かに契約を交わすというのは一理あるかもしれない。


契約か……。

俺とシルエが契約するのもありなのかな。


ルミエにそう言われ、ふとそんな考えが頭をよぎる。

すると、まるで沸騰したお湯が溢れ出るかの様に、シルエが勢いよく間に割って入ってきた。


「い、いいんですよ! 私とディアス様はこのままで!

その方がディアス様だってやり易いと思いますし、契約ならまだしも、私がディアス様と付き合うなんてそんなこと……」


おう、すごいテンパり様。

そしてこちらも、どうやら「距離縮めたい」=「付き合いたい」で解釈してしまった様だ。

契約と言っているのにも関わらず、おそらくシルエの頭の中は「付き合う」と言う割合が大半を占めている。

顔を赤らめテンパっているものの、しっかりと俺の反応を横目でチラチラと確認している。


はぁー。なんだかなぁー。


多分この反応は脈ありだ。

だが、どうしても今までの関係が歯止めとなっている。そして、シルエも俺の気持ちを誤解している。

どちらにせよ、シルエとは今後の関係性についてどこかで話した方が良さそうだ。

(あ、付き合うというのは別で)


「ふーん、そっか。

まぁでも、お姉ちゃんのその慌てぶりだとやっぱ満更でもないって感じだね」


「ルミエ、やっぱディアス様に少し馴れ馴れしくしすぎよ」


「えーー? 私にとってはディアス君だし?

あ! お姉ちゃんもしかして嫉妬しちゃってたりする? てゆうかさ、そもそもお姉ちゃんがディアス君との関係性を変えればいいんじゃない?」


「なっ! だから、そうゆう問題じゃなくてっ!」


またニャーニャーと姉妹口論が始まる。


あーダメだこりゃ。

何かにつけて衝突したがるな。

仲が良いのか悪いのか……。

まあ、俺から見ると仲が良い裏返しに感じる。


いや、これは俺のせいで衝突しているんだよな。これって、ただの恋バナか。

うん、そうだな。


生前の自分ならば、こんな話を目の前でされたら免疫が無くて失神してしまいそうだが、何故だか今の俺は妙に冷静に2人のやり取りを見守ることができた。

自分の中でシルエは従者だと割り切っている考えがあるからだろうか。


それにしても、昨日の衣服屋のグリムといい、今日のルミエといい、なぜ俺とシルエをこうもカップリングにしたがるのか。

シルエの言う通り、従者と主という見方もできるだろうに。


「はぁー、なんか力抜けるなぁ」


またもや熱を帯び始めた2人の言い合い?

を他所に、俺は悠々と広がる青空を見上げてハハッと笑みをこぼした。 

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