【外伝】フィア・ローレルとダンジョン

 私とシルエは少し警戒しながらも、息を潜めてダンジョンへと入る。

入り口から10メートル程は歩いただろうか。

ひたすら長い廊下が奥へと続いている。

後ろを振り返ると、自分達が入ってきた入り口がどんどんと遠ざかり、今までいた世界とは別の世界へと足を進めている様だ。


「シルエ……」


「大丈夫よフィア。昨日までの威勢はどこに行ったの? ほら、肩の力抜いて!」


「う、うん……」


さすがシルエだ。警戒はしているものの、少しも動じることなく歩を進めていく。


 それもそのはず、過去にシルエは、一人で旅をしていた時、道中で知り合って仲良くなった人族のパーティーと一緒にダンジョンに潜り、攻略したことがあるのだ。

私はその話を聞いて、心が躍った。

冒険者の行手を阻むトラップを掻い潜り、ダンジョンに生息している迫り来る魔獣を協力しながら倒す。そして、ダンジョンの一番奥にある部屋まで進むと、たくさんの財宝や魔法具と呼ばれる品々があったというのだ。

1年間は贅沢して過ごせるだけはあったというのだから夢のある話だ。

もっとも、シルエはその2割だけ頂いて、獣人族の貧民街を訪れ、生活に困っている人々にそれら全てを寄付したらしいが。

欲がないのか、ただのお人好しなのか。シルエらしいといえばシルエらしい。

グレイラビットの時も、同じ依頼を受けていたにも関わらず、手柄を譲ってくれたんだ。

とても誠実で優しい性格なのだろう。


 そんな話を昨日までたくさん聞いていたため、私はダンジョンというものにとても強い憧れを持っていた。

そしてついに念願のダンジョンに足を踏み入れたわけだが、いざ訪れてみると壁には無数の血の跡や、どこか生臭い獣の匂いが漂ってくる。

それらが作りだしている雰囲気は、シルエが話してくれていた心躍る楽しい冒険とはかけ離れていたものだった。


 私は心を落ち着かせようと、手を大きく広げて深呼吸をした。そして、よし!と気持ちを切り替えて足を踏み出そうとしたその時、急にシルエがこちらを振り向き、

「フィア! ちょっとストップ!」とこちらに手を差し出してきた。

しかし、もう時すでに遅く、私の足はしっかりと床を捉えて体重を乗せる。次の瞬間、ガコッと足を置いた床のブロックが凹み、私の周りに緑色の魔法陣が展開された。

「フィア!!」

シルエの叫びがダンジョンの廊下にこだまする。

体の周りに風のマナが集まり、それはやがて大きな竜巻となって私を襲った。

風魔法のトラップだ。

風圧で体が潰されそうだ。

私の体を空中へと持ち上げようとする。


「くっ!」


このままでは体を壁に叩きつけられて、あっという間にあの世行きだ。

私を囲んでいる風のマナは、収まるどころかどんどん勢いが激しくなっていく。

それに付け加え、大気のマナが何やら鋭く長い形状へと変化していっているのがわかった。

カマイタチの魔法だ。このままではバラバラに切り刻まれてしまう。シルエは青ざめながらこちらを見つめており、さすがに成す術がない様子だ。

私は意を決して詠唱を唱え始めた。


「風のマナよ、取り巻く一つの力を作り、あらゆる敵を薙ぎ払え! 竜巻アネモストロビオス!」


私の詠唱に反応し、吹き荒れる風の魔法と私の間にあった僅かな大気が震え始める。そして、私の体の周りの大気は徐々に暴れ始めて勢いよく広がり、見事トラップ魔法を相殺してかき消した。


「フィア!!

よかった! 無事? 怪我はない?」


「うん! 大丈夫だよシルエ。びっくりしたね!」


私はニヘラと笑い、明るく返事をする。

シルエもその表情を見てほっと胸を撫で下ろす。


「ごめんフィア。私トラップがあるって分かっていたのに……。

でもさすがフィアね! 自分の風魔法でトラップ魔法を取り込んでかき消しちゃうんなんて、私にはとても出来なさそうだよ」


「へへー。伊達にエルフ族を名乗っているわけじゃないいんだよぉー!

さっ、いこ! シルエ! 今ので大分緊張もほぐれたし、もう次は引っかからないよ!」


「うん……そうね! まだまだここからだしね!」


私たちは、力強く目を見合わせて再び長い廊下を歩き出した。


私はさっきのことで、体がほぐれたのか、もう必要以上に緊張はしていなかった。

でも、焦らずに周りは警戒しつつ歩を進める。


しばらく歩いていると、何なら白い光が見えはじめた。


「フィア! 出口だよ!」


「うん! シルエ!」


私たちは緊張と興奮が混ざった様な、なんとも言えない感情を抱きながらその光の方へと向かう。

そして、ついに廊下を抜けたその先は、とても崖の中にはあるとは思えないほど、広大で雄大な自然が広がっていた。


「ウソ……」


そう言葉をこぼしたのはシルエだ。


「凄い……。こんなダンジョン今まで見たことがない。多分ここS級ダンジョンかな」


「シルエ、ダンジョンにレベルがあるの?」


「あ、うん。ダンジョンにはCからSSまでランク付けされてて、攻略難易度が上に行けば行くほど、C.B.Aって順に振り分けられるの。

当然、難易度が上がれば上がるほどトラップも複雑になるし、生息している魔獣も強くなる」


「ってことは、このダンジョンは」


「うん、どんなに少なく見積もっても上級レベルはある。

でも、私たちなら挑戦してみる価値はあると思うよ」


「うん! よし、行こうシルエ!」


私は頬をピシャリと叩いて、シルエと共に先へと進んでいった。












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