第6話 シルエの悪戯

 「ディアスー!ディアスー!」 


広い庭の中、ヘラが呼んでいる。


「奥様どうかされましたか?」


「フィア。またディアスが魔導書を書斎から持ちだしてしまったのよ。あれ程、外に持ち出してはいけないといったのに」


 ヘラはハァとため息をし、片頬に左手を当てる。だがどこか嬉しそうでもある。

怒りたいところなのだろうが、愛しの息子が好奇心旺盛で成長盛りということもあるのでなかなか複雑な心境らしい。


「ディアス様を探して参ります」


「お願いするわね」


フィアはスカートの裾を広げて、ペコリとお辞儀をするとそのまま素早く俺を探しに行った。


 俺はというと、近くの茂みからその様子を見物していた。

時が経つのは早いもので、俺はもう6歳になる。

そして俺がかけているポーチの中には15センチはありそうな、分厚めで薄紫の本が2冊。

ヘラが言っていた魔導書である。

 

 やはりこの世界にもあったのだ。

我々人類が数々の創造の中から描いてきた、理想の本が!

人類のロォォォォマンが!!


これを見つけたのは4歳の頃だったか。


サロスの書斎で見つけたものだ。

サロスはよく書斎に行っては何やら難しそうな本を机に積み上げ熱心に読んでいる。

ヘラやシルエからご飯だと声をかけられてもしばらく気付きもしない。

ヘラが様子を見に来てやっと気づく程だ。


話を戻そう。


-----魔導書

 全部で一巻から六巻まであるが、4歳からわずか2年間で五巻までのほぼ全ての内容(書いてある魔法の詠唱を含め)を暗記済みだ。


魔導書は一巻から順にこの世界の魔法や教養、中には一般的には理解しにくい専門的な文献が記載されており、確かに普通の4.5歳児だと一巻の内容を把握するのすら難しいだろう。

サロスも16歳になった頃にやっと五巻全てを理解できたらしい。

だが、俺も生前は16まで生きた男!

この世界の読み書きも一通り出来る様になり、五巻くらいまでは余裕で到達することができた。


そのことをサロスに言っても笑い飛ばされて「二巻まで暗記できれば十分凄いよ」と、ほぼ信じてもらえなかったが。

くっ、悔しい。


ただ、六巻は常にサロスが手にしており、事あるごとに唸り声を上げながらそれを読んでいる。

サロス曰く、六巻目は最近になって見つかったものらしく、ほかの魔導書と違い特殊なものらしい。


 魔法といったが、この2年間で魔術を得ることはできず、ひたすらこの世界の知識や魔法の詠唱を暗記しただけだった。

とゆうのも、ヘラやサロスから本を読む許可は得ていたが、外に持ち出して魔法を使うことは許可されていなかった。

危険だからだ。


魔法には

「基礎魔術」

「初級魔術」

「中級魔術」

「上級魔術」

「超級魔術」

「神級魔術」

とあり、それぞれ一巻から五巻に順に様々な魔法の詠唱が載っている。


もちろん危険なのは十分承知しているが、1番難易度の低い基礎魔術ですら、頑なに禁止されているのは納得がいかない。


 基礎魔術は、一番最初に教えられる身近な魔法で、水や炎を手からただ出すだけといった攻撃性の少ない魔法である。

一般的には5歳頃から触れておくものらしいが、うちの家庭は全くそんな素振りはない。

ヘラには「あなたにはまだ早い」と言われ、サロスからは「今は魔法よりも剣技や体術を磨いたほうがいいよ」の一点張りである。


近所の子供たちはその魔法を使って、生前でいうところのドッヂボールや、鬼ごっこみたいな遊びをしているというのにだ。

まぁ確かにその使い方は危ない気はするが……。


だが、この調子ではいつまで待っても魔法を教えてもらえるような気がしない。


なので魔導書の一・ニ巻を持ちだして、こっそり魔法を練習しようという魂胆だ。


 前も何回か試みたが、すんででサロスに捕まったり、フィアに追いかけ回されたりと、成功したことは一度もない。


ただ、色々と怒るくせに不思議と書斎のセキリュティは非常に甘い。ここまで言動と行動が一致してない親も珍しい。

あれじゃあ、外でやっといでと言ってるようなものだ。


その時、俺はふと背後から気配を感じた。


しまったフィアか!

いつもならもうちょい時間を稼げるんだが、今回はいつもの半分も経たずに見つかってしまうとは……。油断した!


俺は顔を引き攣らせながらも、渋々後ろを振り向く。


「フフ、これで何回目ですか? ディアス様」


その声は俺が予想していた人物とは違った。

ましてやサロスでもなく、その少し悪戯に含んだ様な声の主は他でもないシルエだった。


「うわっ、なんだシルエでしたか」


シルエが俺を見てニヤニヤしながらしゃがんでいる。

シルエは小さい頃からずっと遊んでくれていたこともあって、仲も良いし俺にとっては姉みたいな存在だ。

向こうはそんな気は全くないと思うが。

それに唯一、俺が呼び捨てで呼んでいる存在でもある。

ヘラやサロスは「母さん」「父さん」。

フィアは「フィアさん」である。

シルエ自身も呼び捨てにされた方が良いらしく、一度さん付けしたら尻尾や耳の毛並みが逆立っていた。


半分少しほっとして胸を撫で下ろしたが、

すぐさま身構えた。

仲の良いシルエといえど、今の自分とは立場が違う。すなわち敵である。


しかし、疑問に思ったこともあった。


毎回この計画を邪魔してくるのはフィアとサロスとヘラの3人だけだった。シルエはサンとお喋りしながら遠目で見ており、「3人対1人なのだから、私が入る必要はないですよね」とでも言っているかのように、俺が苦戦を強いられているのをニヤニヤしながら見守っているだけだった。


今回に限ってなぜ邪魔をするんだぁぁぁ!


シルエのシッポを思い切り引っ張ってやりたい気分ではあったが、シルエは随一の俊敏さを誇っている。

しっぽを摘むまえに押し倒されて魔導書を奪われるだろうし、仮に逃げたとしてもすぐに追いつかれるだろう。


「ハァ……。またですか。なんでよりによって成功しそうな時に邪魔するんですか」


思わず、俺の口からため息が漏れる。

仕方なく魔導書をシルエに渡そうとした時、


「ディアス様、何か勘違いしてませんか?」


そう言われて、魔導書を押し戻された。


は?


シルエさんよ何故に?


「成功しそうだからきたんですよ。邪魔をするためにきたわけじゃありません。ついてきてください。魔力とはなんなのかを教えてあげます」


そう言われた。


そして付け加えて、


「ついでに、女の子の扱い方も教えてあげましょうか?」


と耳元で囁かれた。


急にどうしたっっ!

やめなさい!年頃の男の子に!

そんな不純な!


思わず声が出そうになったが、魔導者にも書いてあった。

獣人族は他の種族と比べると、成人も早く、順調にいけば8歳で成人扱いらしい。

なので、そこら辺の話題に関しては結構イケイケなのだ。実際シルエは、その清楚な見かけによらず、そういった話題で俺をよくからかってくる。俺の中身は16歳である。そりゃだ年頃だし、シルエみたいな可愛い女の子からそんなこと言われたら少し期待をしてしまう。

まぁ仮にこちらから手をだしたとしても、軽くあしらわれてしまうが落ちだろうが。


でも、6歳の外見の俺にそうゆうのを教えようとするのはどうなん?シルエさん。


そんな俺の気持ちなど露知らず、シルエはこちらを見て悪戯に笑い、颯爽と庭を駆け抜けていった。


もちろん俺も後に続く。


あんなことを言われたのだ。そりゃあ知りたくてたまらない。


おっと、魔術の話だぞ?決して女の子のことじゃないからな。


そうして俺は、胸を躍らせてシルエの後を着いていった。


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