隣り合わせの命

 

 外は酷い吹雪。狂ったように風が吹き、真横から打ち付ける雪が窓の殆どを埋め、外の景色を遮っていた。


 部屋の中ではパチパチと薪が音を立て、暖炉から広がる熱が部屋全体を暖める。


 そこにはせっせと動き回る女性が三人。その三人に支持を出す年老いた女と、オロオロと右往左往する若い男が一人。ベットで横になる若い女性を囲むように、みな緊張した面持ちでその時を待つ。


 ベットで横になる女性の名はヒエムス・ステラ。その身に赤子を宿している。


 かたわらに立つ若い男は、いっそう激しくなるステラの叫び声に、為すすべなく立ち尽くしていた。


「ゲミニー! お願い手を、私の手を握って!」


 ステラは旦那である、ヒエムス・ゲミニーに手を差し出し、叫ぶ。ゲミニーはベットの横にひざまずき、妻の手を両手で強く握りしめる。


「すまないステラ、私は何も出来ない! 頑張れっ! 頑張れっ!!」


 苦しそうな妻に、声をかけることしか出来ない不甲斐無さに、目から涙が溢れる。ステラの出産は難産で、母体にも限界が近付いていた。


「奥様、もう少しです! 気をしっかりと、お腹に意識を向けて下さい」


 三人の召使い、その中で最も経験豊富な産婆がステラに声をかけ続ける。

 

「あぁ! 頭が出てきました! もう少しです、掛け声と共にもう一度いきんで下さい奥様!」


 産婆はタイミングを図り、声をかける。最後の力を振り絞り、叫び、意識をお腹の子へと集中させる。


 大きな産声と共に、赤子は母親の胎内から離れ、氷で閉ざされた世界へとその身を落とす。


 誰も声を出さない、静寂せいじゃくが暖かい部屋を包む。


 名付けの時。一番最初に発した言葉が、赤子の『真名』として魂に刻まれる瞬間。ステラとゲミニーが長い月日を掛け、子供の幸せを願い考えた名を、産まれたばかりの赤子へと授けるとき


「………………」


 赤子の姿を見て、祖母が恐れおののきその名を口にする。闇夜のように黒い髪と、そこに浮かぶ月のような真っ白い前髪。千年前、世界から春を奪い去った、忌まわしき魔女と同じ名を。


「ああぁ、お母様! あんまりです! 何故? 何故この子にその名を与えるのですか!!?」


 突然のことに、張り詰めた糸が切れ、泣き崩れるステラ。


「どうしてまわしき名を……、私達の子供に、あなたの孫に! 何故このような酷い試練を与えるのですか!? ……あぁノクス、私の可愛い坊や……、どうかその名に負けないで…………生きて——」


 力尽き、赤子の顔も見れぬまま、母ステラは命を落とした。


 ステラの意識が無くなり、慌てふためく召使い達。祖母の視線は、未だに赤子へと注がれている。


「終わりじゃ……、我がヒエムス家の最後が近付いておる!! あぁ! 何もかもおしまいじゃ!!」


 気が触れ、叫び出す祖母。ステラを失った喪失感から涙を流し、名前を呼び続けるゲミニー。


 亡き母とへその緒で繋がり、毛布も掛けられず、ベットの上で泣き続ける赤子。


『ヒエムス・ルナ・ノクス』は、家族に望まれ生を受け、世界にうとまれ泣き続けた。






 かつては三大貴族であったヒエムス家。世界を冬に閉じ込めた闇の魔法使いと髪色が多く輩出されたことでその立場を悪くし、在らぬ怨みを買い、徐々に衰退していく。

 

 ヒエムス家の一族では、黒髪の子が忌み嫌われるようになり、黒い髪の人間と結婚することを禁じられる。ノクスの自身も、茶色い髪のゲミニーと、明るい金色の髪のステラから産まれている。しかし時折、過去を思い出させるように黒髪の子は産まれていた。祖母の父親も黒髪で、随分と肩身の狭い生活を強いられていた。


 黒髪に白い前髪を持つノクスは、弱りきっていたヒエムス家を、更に衰弱させるきっかけとなり、ノクスが十二歳の時にヒエムス家の名は世界から消え去った。


 母を失い、祖母は死に、父から見放され、住む家を無くし露頭に迷うノクス。世界に希望を持つことを諦め、ただその身を死が迎えに来る時を待つ毎日。


 師匠に出会い、赤いストールを巻かれるまでは。



 

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