ヒエムス家と海路

 ノクス達一行は船に乗り、ワスティタースの都を目指す。聖なる牡牛『アピスの蹄』を目指して。


「ねぇ! やっぱり変じゃない!? 冷静に考えたらコレ、羊の目玉なのよね……」


 ミレの胸元にはバロメッツの羊で作られたネックレスがあった。


「いいえ、とてもお似合いです。羊の目玉と言っても既に今は硬質化して、見た目はイエローサファイアそっくりです」


 ミレはアルクスの町で、バロメッツの瞳を売ろうと鑑定所に出した。そこで出た金額は四百万テル、ミレの学費の目標額に達成してしまう金額だった。コレはマズイと思ったノクスが、ミレに似合っているから加工して身につけるべきだと説得した。加工費用はノクスが出している。


「それにイエローサファイアの石言葉は『自信』『目標達成』『集中力』です。どれも師匠に必要なモノばかりです」


 イエローサファイアの石言葉はその三つだったが、似ているだけで別物。実際バロメッツの羊の瞳の効果は『魅惑』だった。


( どんどんと男を魅了して下さい、師匠)


「そっ、そう?? そこまで言うなら売らないけど、いよいよの時は手放すから」


 バロメッツの瞳からイエローサファイアに認識をシフトするミレ。ニヤニヤ顔が止まらない。


「話は変わるのですが、スクートゥムさん」


 ミレは当分の間、バロメッツの瞳に夢中だろうとスクートゥムに質問を始めるノクス。


「はい、何でしょうか?」


 嬉しそうに、ノクスから貰ったネックレスを眺めるミレを見ていたスクートゥム。


「この世界で、いわゆる悪い魔法使いと言われる存在はいますか??」


 ノクスは少しずつ情報を集めていたが、コレと言って決定的な話は聞けなかった。


「悪い魔法使いですか? それは沢山いますが……、何か名前とか特徴は無いんですか?」


 大なり小なり魔法を悪用する人間は沢山いた。千年後の未来で情報が少なかったこともあり、ノクスは難航していた。


「情報は少ないのですが女性であること、私と同じ髪の色をしていること、それと真名が『ルナ』の三つしか無いのですが、聞いたことはありませんか?」


 ノクスに忌々しい運命を背負わせた真名、口にするのもおぞましい名だった。


「ノクスさんの髪の毛は地毛だったのですか? 随分と珍しい髪の色ですね」


 スクートゥムは視線がノクスの前髪へと移動する。ノクスはスクートゥムから視線を外して俯いてしまう。


「へぇ! 弟子の髪って天然だったんだ! 私てっきりオシャレで染めてるのかと思ってた」


 ミレが会話に参加してくる。


「そうですね……、気になっていたのですがノクスさんはヒエムス家のご出身ですか?」


 スクートゥムが言うとは、惑星テルースで最も有名な三大貴族である『ヒエムス家』のことを指していた。ノクスの祖先が遥か昔に栄華を極めた有名な貴族であったことを知っているノクス。バツが悪そうに誤魔化す。


「……その、遠縁のようなモノで直接の関わりはありません」


 千年離れる遠縁、嘘はついていないノクス。


「やはりそうですか、ヒエムス家では黒髪の人間が多い。あまり悪い噂は聞きませんが、黒髪ならばヒエムス家の人間である可能性は高いかもしれません。親戚であるノクスさんには、酷な言い方ですが……」


 そもそも髪の毛の色は魔法でも薬でも変えることが出来る。髪の毛の色はあまり当てにはならなかった。


「いいえ、私とは全く縁の無い家です。気にしないでください」


 ノクスにとって千年前の祖先など全く関わりのない存在だった。そう言う意味で関係ないと言ったが、ミレは違った意味で捉える。


( そう言えば私に家族はいません。居たとしても逢いに行くことはないとか何とか言ってたわね……)


 複雑な家庭環境を想像するミレ。ちょっとだけ優しくするかと考え、ノクスの肩を優しく叩く。


「家族は大切だけど、全てではないわ」


 グッと親指を立てて、良い顔をしているミレ。二人を見てノクスの家庭環境を予想するスクートゥム。


「それと真名ですが、あまり人には名乗りません。家族や余程近しい人にしか教えないでしょう。ですので『ルナ』の真名を持つ魔女の情報を、私は持ち合わせていません。あまりお役に立てず、申し訳ないですが……」


 ノクスはスクートゥムに情報のお礼を言って、物思いにふける。


( ヒエムス家……、どこかで一度行って調べてみよう)


 その後三人は、勉強したり魔法の練習をしたり、船の上をジョギングしたりして二週間の海路を楽しみ、アレーナ・ポルトゥスの港へと着いた。

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