悪意ある幸運

 ノクスとミレは故郷を目指し、魔法の練習をしながら歩いている。真剣な眼差しのミレの前を、白い蝶々が通り過ぎる。


『力を貸して、紅く燃える熱の塊。道を示して木の葉を散らす風の囁き。私は願う! 撃ち漏らすことなく弟子の驚く顔を! 友愛なるフランマ!』


 ノクスが用意した五つの動く土人形をミレの炎が襲う。小賢しく動き回る土人形を、一つ又一つと燃やし溶かす。最後の一体だけが無事逃げ切り、ミレのことを馬鹿にするように踊っていた。


「アハハッ! 少しだけ無駄な詠唱が含まれていましたね」


 驚く顔の代わりに満面の笑みになるノクス。全ての土人形に魔法を当てるじょとが出来ずに悔しがるミレ。


「もうっ! 何なのよ最後のヤツ、あれだけ動きが速かったじゃない!」


 ノクスは練習のたびに、土人形を少しずつ早く、少しずつ硬くしていた。


「師匠ならもう少しで全て破壊できますよ。それに今なら、スキエンティア魔術院の銅人形も溶かすことができるでしょう」


 ミレの魔法は初日に比べ、一週間で飛躍的に伸びていた。魔法の威力だけなら、同年代と遜色そんしょく無いほどに。


「本当に? あぁ、来年が待ち遠しいわ!」


 ノクスの褒め言葉に、嬉しくなるミレ。


「では次は問題です。サルトゥス王国の初代国王の名前は?」


「こっ! コロムナ・パーティンス!!」


 少し詰まり回答する。


「惜しい、コルムナ・パティエーンスが正解です。師匠のその何となくで覚える癖を直しましょう」


 座学の方はイマイチのミレ。天狗にならないように、定期的に鼻を折るノクス。


 そうこうしながら歩いていると、師匠の故郷が見えて来る。ミレは勉強をわざと中断して、小さな塀と申し訳ない程度に備え付けられた門へと駆けていく。


「スコレーさん、こんにちは!」


 ミレは門の横にある椅子に腰掛ける、四十代の男性に挨拶する。


「あぁミレちゃん、今回は残念だったね」


 スコレーはミレを見て励ましの言葉をかける。


「どうってことないわ」


 手を振り通り過ぎる。ノクスも会釈して後に続く。


「さっきの人はスコレーさん、暇人だから良く門の所に座ってるの。試験に出かける時は私に幸運の魔法をかけてくれたのよ」


 歩きながらノクスに説明する。


「あっ、アエスおばちゃん!」


 ミレは畑仕事をしている六十代の女性に声をかける。


「おやミレちゃんじゃないか、元気出しなよ」


 アエスは、ミレを元気付ける。


「元気いっぱいよ! また後でね!」


 ミレは簡単に挨拶を返し、進む。ノクスは会釈して後を追う。

 

「今の人はアエスティウムおばちゃん、皆んなからはアエスおばちゃんって呼ばれてるわ。私の為に幸運の魔法をかけてくれたのよ」


 ノクスは説明を聞き、ミレが村人に愛されていることを、自分のことのように嬉しく感じる。


「あーー! フラーーー!!」


 ミレは同年代の女性に駆け寄り、抱き合う。


「ミレ! 帰って来たのね。結果は残念だけど、気にしちゃダメよ」


 フラーはミレの手を強く握り、泣きそうになりながら言葉をかける。


「うん、色々あって今はそれほど気にしてないの! それより紹介するわね、この変わった生き物は私の弟子。ノクスって言うの」


 ミレはフラーにノクスを紹介する。一度も呼ばれたことが無かったのに、名前を覚えられていることに嬉しくなるノクス。


「ノクス、こちらフラーグムよ。私の親友」


 握手して丁寧に挨拶するノクス。フラーはノクスの顔を見て、苺のように真っ赤になっている。


「フラー、真っ赤になってるところ悪いけどコイツはやめた方が良いわ。顔はキレイだし頭はキレるし、スタイルも女の私より良い。

なんか言葉にするとムカついてくるわね。それにあのスキエンティア魔術院の特級生でお金も持ってるけど、性格と性癖が残念過ぎるの」


 笑って聞くノクスと、苦笑いで聞くフラー。


「同じ人間と思ってはダメ、ノクスは珍生物なの」


 本人を目の前に扱き下ろすミレ。


(そう、取られるのが嫌で言ってるのね)


 フラーは納得し、残念だけど親友の彼氏をあきらめる。


「フラーは私に、すっごい長い詠唱の幸運魔法をかけてくれたとても良い子なのよ! じゃ又後で会いましょう」


 ブンブンと大きく左右に手を振り、別れる。ノクスは師匠に尋ねる。


「今の方も師匠に幸運魔法をかけたのですか?」


 スコレー、アエス、フラー、会う人全員に幸運魔法をかけられているミレ。


「そうよ、言ったでしょ?」


「まさか村人全員から?」


「フフッまさか! ネクタルはまだ三歳になったばかりよ、だから魔法は使えないの」


 ノクスの発言にクスクスと笑うミレ。


 ネクタルを除く全員がミレに幸運魔法をかけている。千年後でも効果が証明されていない幸運魔法、それに期待するしか道が無かった村人達。


(来年はきっと、実力で合格させてみせます!)


 心の中で強く決意を固めるノクスだった。


 


 

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