詠唱の相性

 氷漬けにした三人を、街道の見える位置に移動し放置する。荷物はノクスが縮小魔法で小さくし、身軽な状態でミレの故郷を目指す。


「師匠、歩きながらで構いませんので魔法の練習をしましょう」


 ノクスはミレに提案する。朝食を食べ、ベットでグッスリと眠り機嫌の良いミレ。


「そうね、時間は有効に使いましょう」


 昨日の戦闘でノクスの異常なまでの優秀さを目の当たりにしたミレは、素直に従う。


「では、基本のおさらいから。魔法の発動に必要な……」


「待って待って! 流石に分かってるわよ。『時』と『想い』でしょ。詠唱にかける時間や使用者の生きた年月。そして言葉に乗せる感情、そんなの良いからもっと裏技っぽいの教えてよ」


 ノクスの言葉をさえぎるミレ。基本が分かっているからこそ、昨日のノクスの魔法が異常なことに気付いている。都合良く短縮して強くなろうとするミレを、ノクスがなだめる。


「いえ師匠、魔法に裏技など存在しません。基本を地道に積み上げ理解する、それこそが魔法の真髄しんずいだと教わりました」


 実際ノクスの今の状態はいわゆる『裏技』だったが、千年も時をさかのぼる魔法はそれ相応の対価と強い想いが必要になる。


「それに例え知っていようとも基本は大切です。おさらいの意味もかねてやりましょう」


 優しい笑みでさとすノクス。


「分かったわよ、ただし私が眠ってしまわないよう細心の注意を払ってちょうだい」


 ミレは勉強を始めると大抵眠りに落ちる。それが例え歩いていたとしてもだ。


「楽しんでいただけるよう、善処ぜんしょいたします。では詠唱に必要な文言もんごんは人それぞれなのはご存知ですか?」


「し……ってるわよ、言葉のつむぎ方はその人が最も想いを乗せやすい言葉を選ぶ、でしょ?」


 基本パートの問題ですでに怪しい空気が漂うミレ。


「さすが師匠です。では昨夜の師匠が唱えた詠唱は、何故あんなに命令口調だったのですか?」


 千年後の師匠の詠唱はとても優しい口調で、今の師匠の様にキツい言い方はしていない。それが本人の性格といない為、上手く魔法が発動しないのでは? と考えるノクス。


「えっ、そう? あんまり意識して言って無いけど、でも発動しないことが多かったから、自然とそうなったのかもね! でも大した違いじゃないでしょ?」


「いいえ大ありです。そうですね……、師匠がお使いの杖、それはどういった杖でしょうか?」


「この杖? これは樹齢百年を超える杏の木から作られたの。それをお母さんが使ってお婆ちゃんが使って、お婆ちゃんのお婆ちゃんのお婆ちゃんが使ってたそうよ。ウェール家が代々受け継いできた、とてもとても大切な杖」


 スキエンティア魔術院を受験する際、母親から譲り受けていた杖だった。


「ではもし私がその杖に魔法をかけ、人間の姿にしたとしましょう」


「そんなことも出来るの!!?」


「例え話です。仮に杖に命が宿り、人の姿になった時、それは師匠にとってどのような存在になりますか?」


 杖を見つめるミレ、ノクスはゆっくりと答えを待つ。


「……家族かしら? そうね、とても素敵な姉妹になれそうだわ!」


 妹か姉を想像したのだろう、ミレにはその姿が見えているようだった


「良い答えです」


 しばし楽しそうな師匠を眺めるノクス。


「それではここからが本題です。杖は家族であり、魔法もまた遠くない存在だと師匠は心で感じている。そのような間柄に師匠はとても厳しい口調で話しかけています。それでは充分に『想い』を乗せることは難しいでしょう」


 ノクスの言葉にミレは考え込む。魔法や杖の存在など考えたことも無かった、それはあくまでも大切な物であり者では無い。


「もしこの杖が本当に妹なら、『叩き折る』なんて言っちゃダメよね……」


 昨夜の出来事を思い出し沈むミレ。ゴメンねとか好きだよとか、ブツブツ杖に向かって言い出した。


「まぁ実際、その杖が妹になることは無いのです」


 泣き出しそうな勢いのミレに告げる。キッとにらまれるノクス。


「とにかく杖をと認識している人が命令口調で詠唱した場合、上手く想いは乗りますが、師匠のようにとして感じている人には、上から押さえ付けるような詠唱では想いが杖を通りにくくなります。本人の中で矛盾むじゅんが発生しているのですから」


 段々と意識が遠のくミレ。


「魔法発動の基本であり真髄でもある『時』と『想い』、この二つは掛け算だと思って下さい。詠唱に時をかけ、魔法の目的や結果を設定する。そこに想いの強さで数倍、数十倍に効果を引き上げる。師匠の場合はこの想いが上手く伝わらず、せっかく構築した詠唱を崩してしまっています」


 ここまでは伝わったかなと師匠の顔を見る。考えるのを諦め、半分白目をむくミレの姿があった。


「師匠っ! 申し訳ありません、考えずに感じていただければ充分です」


 少し説明が長がったと反省するノクス。


「そっそう、それなら得意よ」


 意識を取り戻しミレが答える。


「それで私はどうすれば上手く魔法が使えるの?」


 結局答えを聞くミレ。


「はい。家族に語りかけるように優しく詠唱してみましょう」


 ノクスは簡単な詠唱をミレに唱えさせ、故郷への旅を続ける。

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