40話 闇人対抗戦線委員会

 俺とフィアがごろごろとリアカーを引いている時のことだった。


「あ、レイ! フィア! いいところにいた!」

「クリス?」

「やっほー、クリス」


 草原のダンジョンから帰ろうとする途中、魔物の肉をリアカーに乗せて運んでいる時のことである。


 その道中でクリスとばったり出会った。

 クリスがぶんぶんと大きく手を振りながら俺たちに近づいてくる。


「どうした、クリス?」

「いやね、レイとフィアを探していたところだったんだよ。丁度会えて良かった」


 ちなみに、彼の言う『レイ』とは俺のことである。

 ここ最近から名前を略されて呼ばれていた。


「何か用か?」

「えっとね、迷宮ギルドから二人にお呼びがかかっているんだよ。バックスと戦った件について」

「あぁ」


 クリスの話を聞いて納得する。

 そういえば、バックスとの戦いについて事情聴取があるかもとか話を聞いていたな。


 ノエルさんがそんなことを言っていた。


「えっと、迷宮ギルドの方に出頭すればいいのか?」

「うん。今時間ある? 今から一緒に迷宮ギルドの方に行こうと思うけど?」

「あーっと……これ置いてからでいいか?」

「それって何?」


 俺はリヤカーに被せている布を取り払う。

 そこには魔物の肉がびっしりと積まれていた。カマキリの体多めである。


「うげ……」


 クリスの眉にめちゃくちゃ皺が寄る。

 解かりやすい奴だった。


「俺たちもクリスを探していたんだ。今晩、一緒にディナーはどうだ?」

「……ディナーって単語がこれほどまでに不吉に聞こえたのは初めてだよ」


 彼がげんなりとする。

 俺たちは道連れを手に入れたのだった。




 荷物を置いて、俺たち三人は迷宮ギルドへとやって来ていた。

 受付の人に事情を話すと、奥の応接間へと通される。


 廊下に敷かれた赤い絨毯の上を歩き、俺たちはその応接間の扉をくぐった。


「失礼します」


 一礼して、部屋の中へと入る。

 品の良い調度品の揃った雰囲気のある応接間。来訪してきた客に侮られないような品格のようなものがこの部屋から感じられた。

 この古都都市の迷宮ギルドが潤っていることがこの部屋を通して理解できる。


 そして、その部屋の中には一人の男性が佇んでいた。


「お待ちしておりました。クリス様、レイイチロウ様、フィア様ですね。この度は我々『闇人対抗戦線委員会』の事情聴取に応じて頂きありがとうございます」


 応接間の中で待っていた男性が深々と頭を下げる。

 とても礼儀のしっかりとした人であった。


 ……『闇人対抗戦線委員会』って、なんだ?

 前にも単語は聞いたことあるな。確か、バックスとノエルさんが会話していた時に出てきた単語だ。


「あっ! グレイスさん!」

「クリス様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです」


 その男性を見て、クリスが反応をする。


「……知り合いか?」

「確かに知り合いだけど……それ以前に有名人だよ。『闇人対抗戦線委員会』のエージェントで『十二烈士』のグレイスさん」


 くっ……、知らない単語ばかり出てきた。

 『闇人対抗戦線委員会』とか『十二烈士』ってなんなんだ。


 ……知らないの俺だけかな?


「ははは、ご紹介に預かりました、『闇人対抗戦線委員会』第三部隊所属グレイスと申します。以後、よろしくお願いいたします」

「……零一郎と申します。どうぞよろしくお願いします」

「私、フィア。よろしく」


 グレイスさんと名乗る男性が恭しく頭を下げる。

 困惑しながらも、とりあえず俺たちも挨拶を返した。


 グレイスさんは礼儀だけでなく、身なりもぴっしりと整った方だった。

 皺一つない黒いスーツを着こなし、清潔な印象が強く表に出ている。銀色の髪をオールバックにし、ネクタイは強めに締まり、緩い箇所はどこにもない。


 相対しているだけでこちらの気が引き締まるかのようだった。


「お三方、どうぞお座りくださいませ」

「……失礼します」


 グレイスさんに促されて、俺たち三人はソファで横並びに座った。

 彼が俺たちの対面に座る。


「それでは、宝剣の戦い『レイイチロウ対バックス戦』についての事情聴取を行わせて頂きます」

「…………」

「とは言っても、緊張しないで大丈夫ですよ。我々の確認は度が過ぎた違法行為が行われていないかを調査するもの。あくまで任意の聴取ですので、黙秘したい部分は黙秘して貰って構いません」

「……ん?」


 あれ? 思っていたよりも扱いが緩い?

 もっと厳しい事情聴取を予想していたが、黙秘すらアリなのか?


「レイとフィアはまだ勝手が分かっていないと思いますので、私から説明させて頂きます」

「よろしくお願いいたします、クリス様」


 俺の戸惑いを感じ取ったのか、クリスが代わりに説明を始めてくれる。


 クリスが説明を始めるが、それはとてもシンプルなものだった。

 いつ、どこで、どういう状況の中バックスとの戦いが始まったのか。そしてどう終わったのか。被害はどれほど出たか。民間人に被害は出ていないか。


 戦いの中身についてはほとんど語らなかった。

 俺がどういう戦略を使ったのか、俺の宝剣の能力がどういうものか、敵のバックスの能力がどういうものか、そういったものは一切語らない。


 グレイスさんがメモを取りながらクリスの話に耳を傾ける。

 彼がいくつかクリスに質問をして、クリスが当り障りのない程度に返答していく。


 非常にスムーズに聴取は進んでいった。


「……何かレイイチロウ様やフィア様から質問、あるいは補足などはございますか?」


 グレイスさんが俺たちに話を振る。


「ん、私はない」

「…………」


 俺は少し悩んでいた。

 質問……それは腐るほどある。


 でもなぁ。この場でそれを聞いてもいいのだろうか?

 あまりに非常識だと思われないだろうか?


 ……えぇい、悩んでも仕方がない。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。


「そもそも……『闇人対抗戦線委員会』って何なんですか?」

「え……?」

「ん?」

「……あ」


 俺の質問に、グレイスさんの目が少し丸くなる。

 それどころか、両隣にいるフィアとクリスもこちらを向いてちょっぴり驚きを露わにしていた。


 ……くそ。

 やっぱり非常識だったか。


「あ、あーっ……! そうか、レイは記憶喪失だから! そんなところまで忘れているのかっ……!」

「え、えーっと? レイイチロウ様は記憶喪失なのですか……?」

「も、申し訳ありません……」


 ちょっと居た堪れなくなる。


「ご、ごめん、レーイチロー。説明しとけば良かった」

「いや、別に大丈夫だ、フィア」


 異世界人にとって何が常識で非常識か判断難しいだろうからな。

 フィアは何も悪くない。


「え、えぇっと……それでは『闇人対抗戦線委員会』の組織説明をさせていただきましょうか?」

「すみませんが、まず『闇人』っていうのから理解できません」

「おぉ……」


 流石にグレイスさん驚いていた。

 やっぱり世界中の全ての人が知っているようなことなんだな、これ。


「ごめん、グレイス。まるで異世界から来た人に授業するかのように、レーイチローに説明してくれないかな?」

「か、かしこまりました、フィア様……。い、異世界からという仮定ですか……」


 『まるで』という便利な言葉を使って、フィアが方向性を示してくれる。

 まるでもクソも、まさに異世界人なんだけどな。


「では、説明させていただきます」


 グレイスさんがこほんと咳払い一つする。


「『闇人』というのは……簡潔に言うと、人類の敵です」

「人類の敵?」

「宝剣の戦いの伝説はご存じで?」

「はい、それはフィアから聞いています」


 確か、神の子バールダッドが魔神なる者と戦い、相討ちのようになった。

 その戦いでバールダッドが使っていた聖剣が砕けてしまい、555個の欠片になってしまった。


 その聖剣の欠片こそが宝剣の力の元であり、宝剣を育て上げることで聖剣を復活させようとしている。

 聖剣が蘇った時、魔神によって傷付けられた神界も復活し、世界は光で満たされるのだという。


 ざっとそんな話だったはずだ。


「『闇人』というのは、その魔神を主として崇める闇の一族です」

「魔神を主?」

「彼らの目的はただ一つ。神話の時代に滅ぼされた魔神の復活です」


 グレイスさんが淡々と語る。

 その口調は冗談めいたものではなく、半信半疑のオカルトチックなようなものでもなく、あり得る現実として話をしていた。


「闇人たちは『宝剣祭』によって魔神を復活させようとしています。宝剣は本来、聖剣として進化を果たすものですが、彼らはその進化を歪め、宝剣を魔剣へと変貌させようとしています」

「…………」

「そしてその魔剣が作り出された時、魔神が復活し、世界は闇に包まれるとされています」


 人は宝剣を聖剣に進化させ、神界を復活させようとしている。

 闇人は宝剣を魔剣へと変貌させ、魔神を復活させようとしている。


「つまり、この宝剣の戦いは……」

「はい」


 グレイスさんが力強く頷く。


「聖剣と魔剣を巡る、人と闇人の戦いでもあるのです」

「…………」

「そしてその闇人に対抗するため作られたのが人類の大組織『闇人対抗戦線委員会』なのです」


 その言葉を語る彼の目は、覚悟の光によって燦々と輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る