20話 ゲテモノ

「うえぇ……まずい、まずいぞぉ……」

「もうやめてっ……! 君はよく頑張った……! もういいっ! もう休むのっ……!」


 地獄のような光景が生まれている。


 必死に食べ物を口の中に詰め込む俺と、泣きながらそれを必死に止めるフィア。

 口の中のもののあまりの不味さに何度も嘔吐きそうになりながら、それでも無理やり胃の中に押し込んでいる。


 悪夢のような食事光景。


 俺は今、アリジゴクの虫を食べていた。


「うえぇ……まずい……まずすぎる、うえぇ……」

「レーイチロー! この世には食べられるものと食べられないものがあるのっ……! 何でもかんでも食べればいいってものじゃないのっ……!」


 まるで3歳児に説教をするお母さんのような言葉をフィアから受ける。


 でも仕方ない。

 仕方ないのだ。


 強くなるために、やれることは何でもやらなきゃ駄目なのだ。

 強さにストイックでないといけないのだ。


 俺は今、贅沢を言っていられる状況にない。

 弱いままこの世界に放り出され、何が原因で死んでしまうことになるか分からない状況だ。


 強くなるために覚悟を決めなければいけないのだ。

 アリジゴクを食べる覚悟をっ……!


「おえぇ……おえええぇぇっ……!」

「ぺっ、しなさい、ぺっ!」


 俺の背中を擦りながら、フィアがバカなことをした子供を諫めるお母さんのようになっていた。


 フィアには食べさせていない。

 やめろと言って、やめさせた。

 犠牲になるのは俺一人で十分なのだ。


 アリジゴクは輪切りにして、火で炙ったものを食べている。

 1メートル近い体長のアリジゴクを食べやすいサイズに切っている。火で炙るのが調理法として正しいのかどうか分からないが、とりあえず炙ってみた。


 そもそも、アリジゴクに調理法など存在しないだろう。


 アリジゴクは毒を持っている。

 穴に落ちてきた獲物に毒を注入し、弱らせてから獲物の体液を吸うのだという。


 輪切りにしている最中に、その毒を含んだ消化液と思われる液体がどろりと零れ落ちて来た時は、流石に食べるのを止めようかと思った。


 だけど小さなことに臆しているわけにはいかない。

 その部分は捨て、毒の無さそうな部分を火で炙っていた。


 この世に昆虫食というものは一般的に存在している。

 だけど昆虫ならなんでもかんでも食べられるというわけじゃない。


 イナゴとかカイコとか、正しい知識を基にして、正しい調理法で料理されたものを昆虫食と呼ぶのだ。

 決してテキトーに獲ってきたものをテキトーに火で炙るものが、昆虫食ではないのである。


 分かってる。

 分かっているのだ。


 でも俺は食べなければいけないのだっ……!


「おえぇ……おええぇぇぇ……お?」


『Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 HP 30/49(+3) MP 14/17(+3) 速度11(+1)

 Skill《アリジゴク》を獲得しました』


 努力は報われた。

 やっと《ホワイト・コネクト》が発動し、俺はこの苦行から解放されたのだった。


「やりきった……ぞ……」

「レーイチロオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ……!」


 アリジゴクを食べるために全ての力を使い果たした俺は、その場にびたんと倒れ伏せる。

 フィアがまるで戦友が死んだときのような叫び声を上げるのだった。


 ……毎回毎回叫ばせるようなことをして、正直申し訳ない。




 遺跡の地下。

 夕飯の後片付けを終えた俺達は、寝床にしている遺跡の地下へと移動していた。


 ……いや、俺はグロッキー状態だったので、後片付けは全てフィアがやってくれたのだが。


「や、やりきったぜ……」

「あんた勇者だよ、ほんと」


 腹の中にもの凄い不快感を覚えながら、冷たい石の床に寝そべる。


 贅沢なことに、頭にはフィアの膝枕。

 彼女の足の柔らかさと温さが心地良い。


「あー……なんか口直しがしたい……」

「果物余ってるけど、食べる?」

「でも今なにか口に入れたら吐きそうだから、やめておく」

「どっちなの」


 フィアが苦笑する。

 彼女の端正な顔が上から俺を覗き込んでいた。


「しかし、食事にしても俺達は食材をもったいない使い方しているな。現状、木の串に肉をぶっ刺して焼いてるだけだ」

「それでも十分美味しいけど?」

「でも、折角新鮮なイノシシの肉があるんだから、牡丹鍋にして食べたいな」


 言ってて自分でよだれが出てくる。

 原始人みたいな食べ方ばっかじゃなく、ちゃんと食材を調理して食べたい。


 そう思っていると、フィアが首を小さく傾げた。


「ボタンナベ?」

「あぁ……イノシシの肉を使った鍋料理のことでな。味噌で味付けした鍋で、イノシシ肉と野菜を煮込むんだ」

「んー、まずミソっていうのが分からないなぁ」

「……味噌無いのか、この世界」


 世界が違えば食文化も違う。

 仕方ないだろう。


 断言する。

 絶対、こんにゃくもこの世界には無い。


 あんなイカれた調理工程のある料理がそう易々誕生するわけないのである。


「牡丹鍋、美味いぞぉ? 味噌っていうのは調味料のことでな、これが濃厚なんだ。それをすりおろした生姜と一緒にお湯に溶かして、イノシシ肉と野菜に味を染み込ませて食べるんだ。体はぽかぽか。極上の料理なんだ、これが」

「ちょ、ちょっと、やめてよ。生唾出てきちゃう。ミソっていうのがなんなのかも分からないのに……」


 フィアがごくりと喉を鳴らす。

 美味しい鍋料理を頭の中に思い描いてしまったのだろう。人間、料理を想像しただけでも唾って出るものだから、単純なものである。


「もー、こんな時間にお腹すいちゃったらどうしてくれるの。罰として、レーイチローは今度、そのボタンナベっていうのを作ること」

「って言っても、味噌の元となる米麹がな。手に入るかな……」

「難しそう?」

「そもそも、俺達は鍋すら持ってないんだ。致命的過ぎる」


 味噌がどうこうと言う前に、鍋すら持っていない。フライパンも無いし、食器も持っていない。

 だから直火焼きという選択肢しかないのである。


 早く文化的な生活がしたい。


「私、ボタンナベ食べてみたい。頑張って、レーイチロー」

「……色々探ってみるかぁ」


 膝枕をしながらフィアは俺の顔を覗き込む。

 その彼女の問いかけに、俺は前向きな返事をした。


 ……あれ?

 俺達の戦いの目的って、美味しいご飯を食べることだっけ?


 忘れた。


「……会話してたら気が紛れてきた。ありがとう、フィア」

「お腹の中のアリジゴクはもう大丈夫そう?」

「寝て誤魔化す」

「んー、無理やりだねぇ」


 具合は先程よりも良くなってきており、大分落ち着いてきた。

 フィアがまた苦笑をする。


「君が眠るまでこうしといてあげる」

「いいのか?」

「うん」


 彼女の膝は未だ俺の頭の下にある。

 その状態で、フィアが俺の頭を撫で始めた。


 彼女の柔らかい手が心地良い。


「……じゃあ、甘える。至れり尽くせりだ」

「このくらい、なんてことないよ」


 なんとも贅沢な状態のまま、俺は目を閉じる。

 世界が暗闇に閉ざされた。


「おやすみ、レーイチロー」

「おやすみ、フィア。君も早く寝なよ?」

「レーイチローが寝たら寝るよ」


 短い言葉を交わし、今日という日が終わる。


 異世界に来てから二日目。

 今日も俺は生き延びるのだった。




『名前;零一郎 種族;人間

 Lv.5 HP 45/49 MP 17/17

 攻撃力14 防御力11 魔法攻撃力3 魔法防御力5 速度11

 クラス;《剣士》Lv.1

 スキル;《ストロングスラッシュ》Lv.1

     《深呼吸》Lv.1

     《興奮》Lv.1

     《アリジゴク》Lv.1

 アビリティ;《ホワイト・コネクト》Lv.1

       《能力上昇・剣》Lv.1

       《能力上昇(小)・攻撃力》Lv.1

       《軟体》Lv.1

 Crown Point;8

 Base Point;32』

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