7話 ヘビの食べ方

 ヘビの捌き方。


 まずは頭を切り取る。

 ヘビの中には毒を持つ種類もいるが、その多くは唾液に毒が混ざっている。頭部を切り取ってしまえば毒腺は除去され、食事する上で問題は無くなるのである。


 毒蛇の場合、ヘビが死んでも数日間牙や唾液に毒が残る場合があるので、注意をする。

 うっかり牙に触れてしまって毒に感染、とかなったら笑うに笑えない。


 次に皮を剥ぐ。

 ヘビの皮というのはとても剥ぎ取り易い。首筋に切れ目を入れ、そこから力を入れるだけで靴下を脱ぐように気持ち良く皮を外すことが出来るのだ。


 しかし、今回のヘビはとても大きい。

 胴回りの直径が50cmもあり、とても普通のサイズじゃない。剣を使っていくつか切れ目を入れ、何回かに分け皮を剥ぐ必要があった。


 手間は増えたが支障をきたしたわけではない。

 そのまま総排泄孔まで皮を剥がす。


 ヘビにも『尻尾』という部位がある。

 全身が尻尾のようにも見えるが、明確に肛門より後ろ側が尻尾とされている。そして、その尻尾の部分は皮が剥がれにくくなる。


 だから尻尾の部分は切り捨てる。

 こうして、大蛇の皮剥ぎ作業が終了した。


 次に内臓を処理する。

 特に問題はないが、このヘビはとにかくでかい。内臓を取るだけでも一苦労だった。


 それにヘビというのは厄介で、頭を切り取って確実に殺しても、体のみが割と動いたりする。

 ちょっとあり得ないくらいの生命力。

 皮を剥いでも、内臓を抜き取っても体のみが震えるように動いたりする。なんだったら、切り取った尻尾が単独で動いたりもする。


 ここまでくると、生命力という言い方でヘビを表すのは相応しくないような気もする。

 生きているかどうかは関係ない。こいつらは死んだって動くのだ。


 そうして食べられる部分のみとなったヘビの体を、輪切りにして持ち運べるサイズに分解する。

 このヘビは全長8mほど、直径50cm。

 おそらく重さにして数百キログラムとなるだろう。

 一回で持ち運べるはずがない。


 だから1つ40kgくらいのぶつ切りにして、ヘビの肉がある場所と遺跡とを何度か往復した。


 ちなみにフィアさんは5kgほどが無理なく持てる重さだった。

 非力である。


 そう言うと、「むしろレーイチローの方が大分力持ちな部類」と返された。

 まぁ、確かに俺の身長は180cm後半の恵体。無駄に体が大きいのは認める。


 ちなみに、途中で水場にも寄った。

 出来れば水も拠点近くに運びたかったが、幾分水を運ぶ容器が何もない。サバイバル生活とは、水を汲むのも一苦労なのである。


 ……結構怖いことなのだが、水を汲む容器が無いということは、水の煮沸が出来ないのだ。

 生水をそのまま飲むしかない。


 ……俺は大丈夫。

 俺の腹は大丈夫、俺の腹は普通の人より強い、と信じて水を飲む。


 この湖の水質はとても良く、安全。危険な菌なんか混ざってない、別に全ての生水が危険なわけではない、と信じ込んで水を飲む。

 極端な話、飲まないで死ぬなら飲んで死ぬしかない。


 こうして俺達は水の補給をした。

 今のところ、腹は痛くなっていない。

 ……まぁ、大丈夫だろう。


 そんなこんなで色々ありつつ、俺達はヘビの肉を拠点に持って帰ってきたのだった。


「うん、いい感じだ」


 夕暮れの空の下、焚火の煙がもくもくと空に上がっていく。

 日は傾き、太陽がこの日最後の赤い残光を発している。


 ここは遺跡の前。

 俺とフィアさんは遺跡の玄関前で火を焚き、暖を取っていた。

 ぱちぱちと薪は爆ぜ、炎がゆらゆらと揺れる。


「ヘビの肉も大分焼けてきたかな」

「…………」


 俺は焚火の炎で、ヘビの肉を焼いていた。

 木の枝を切り取って、串を作る。その串でヘビの肉を刺し、それを焚火の火に当てて焼く。


 ちなみに焚火の炎はきりもみ式の発火方法で起こした。

 まっすぐの木の棒を両手で擦り、摩擦熱で発火させる原始的な方法だ。


 コツを掴んでないと発火自体難しいが、しっかり体重をかけて何度も練習すれば安定して火を起こせるようになる。

 火種を作り、細かい枯れ草を束ねたもので火口を作れば、すぐに火は大きくなる。


 焚火の炎は肉を焼き、俺達の体を温めていた。


 ヘビの肉と同じように、山菜や果物も串で刺して焚火の火に当て直火焼きする。

 今、俺達にはフライパンや鍋のような料理器具は無い。

 直火焼きしか選択肢は無かった。


 しかし、ヘビの肉や山菜の焼ける香ばしい匂いが周囲に広がっていく。

 サバイバル生活一日目にしては豪華な食事となった。やはり、ヘビを狩れたのが大き過ぎる。


「よし、そろそろいいだろう」

「…………」

「いただきます」


 ヘビの串を手に取り、口に運ぶ。

 熱々のお肉が口の中に熱を伝える。


「うん、悪くない。悪くない。調味料が欲しい」


 もぐもぐとヘビの肉を食べる。

 肉がしっかりと締まっており、食べ応えがある。鳥のささみに近いタンパクな感じと言えばいいだろうか。

 少しコリコリとしており、歯ごたえがあった。


 しかし、味は無い。

 ヘビの肉には脂が少ないのだ。


 当然っちゃ当然だが、調味料を使わない料理はどれも味が薄い。

 それはヘビの肉に限った話ではない。

 調味料をふんだんに使った現代の料理に慣れた舌だと、ただのお肉では味が無いように感じられるだろう。


 せめて塩。

 塩が欲しいな。


 サバイバル生活では必要な栄養だしな、塩。


「私、何をしてるんだろうなぁ……」

「ん……?」


 そうやってヘビを頬張っていると、フィアさんが遠い目をしながら焚火の火をじっと眺めていた。

 小さいお口でちまちま山菜を食べながら、彼女がそう呟く。


「どうしました、フィアさん。ヘビ食べますか?」

「いや、ヘビはちょっと……」


 フィアさんが座ったまま少し後退る。

 どうやら彼女はゲテモノ料理に抵抗があるようだ。


「ん……いやね、私、宝剣の精霊として偉大な戦いに参加していくもんだと思ってたんだけど……なんでヘビの肉焼くことになってんだろ……」


 彼女はどうやら現状に納得がいっていないようだ。

 小声でぼそぼそと、この世の不条理を嘆いている。


「細かいことを考えるべきではないです。ヘビの肉、いかがですか?」

「え、えー……ちょっとなぁ……」


 彼女が顔を引きつらせている。

 やはりヘビは食べたくないようだ。


 だがまぁ、それも仕方がない。

 食べるということは異物を体内に入れることだ。食べ慣れないものに強い忌避感を覚えてしまうのもしょうがない。


 量は少し足りないが、ヘビ肉の代わりに山菜を食べればいい。

 それで今日は乗り切ることが出来るだろう。


 しかし、今日一日色々なことがあった。

 彼女も疲れて、お腹が減ったのだろう。


 フィアさんのお腹が『ぐー』と鳴った。


「…………」

「…………」


 彼女の頬が赤く染まる。


 どうやらフィアさんもヘビを食べる時が来てしまったようだ。

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