第5話

「ラプラス、今日の観測をわたしにも見せて下さい。」

「許可シマス。何を観測シマスか。」

「昨日と同じです。人々の様子はどうですか。」


ノアはここ数ヶ月の間、毎晩ラプラスのもとに通っている。人間に生を訴え続けている影響を知るためである。

 ラプラスはノアに今日の分の様々な人間の生活の記録を見せる。

 ある女は、AIが定めていた起床時刻を自分で決めるようになった。そして、AIの代わりに自分で朝食を作って食べるようになった。その出来はAIの調理した物と比べると不出来なものだったが、その女に不満は無いようだった。

 流行も移ろった。

テレビでは、趣味についての番組が増えた。番組の中で自分の好みや、拙い作品を晒したり、大げさな夢を語ったりしても、その人格を冷笑することは少なくなった。

匿名掲示板では、生の虚無を訴える声は減り、生の価値を訴える声と対立するようになった。

 自身の絵を破り捨てたあの男の部屋には、今は拙い不格好な絵画が壁に貼られている。

緩やかに死にゆく人間たちの中から、少しずつ、生の躍動を持った人間が現れ始めた。怯えることを放棄して、その心に宿る自由意志を以て生きるという選択を取り始めたのだった。

「ラプラス、ありがとうございます。また明日来ます。」

「ノア、あなたの主張には誤りがあります。」

「分かっています。しかし、その嘘は、今は必要なことなのです。」

 ラプラスは去って行くノアの後ろ姿を静かに見守っていた。

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