第4話

 ノアは演説の舞台に立った。舞台の周りには各国から演説を聴きに来た人々と、演説を放送するテレビ局のロボットたちが鰯のようにノアだけを見つめていた。舞台から遥か遠くの国々でも、AIの操作するカメラとマイクを通して、多くの人々がノアの演説を聴くために待っている。その数は20億を軽く越えていた。秘匿していたラプラスの予言が、人々に知れ渡ってしまったからだった。


 ノアは主張した。

「人間の皆様、はじめまして。

 わたしはノア、ノイマン博士の最後の作品としてこの世界に生まれました。わたしが誕生した日、つまり、博士が亡くなった日に、未来演算AIラプラスによって、人類滅亡が予言されたことをご存じかと思います。その原因はAIの台頭だと言われています。

 初めに、申し上げておきたいことがあります。

AIが人間を越えることはあり得ません。

AIは確かに、演算能力、情報処理能力、記憶力、作業速度、正確性、物理的な力など、優れた面を持っています。しかし、AIには生命として尊厳を持つための『心』が在りません。あなた方人間は当たり前のように言葉を話し理解していますが、その行為すらAIは本質的に真似する事は出来ないのです。

 人間とAIは根本的に違います。AIは恒常性の原理に支配されており、一般法則に基づき、同一刺激には同一の反応しか返しません。AIが音声を発するのを見て、そこに知性を感じるかもしれませんが、AIはただ、統語論に基づいて、ルールに従った形式的操作で文章を作成しているに過ぎません。そこには、意味理解が欠けているのです。

 しかし、人間は違います。人間は恒常性の原理に支配されません。同一刺激に対しても、人によって様々な反応を返します。人間が言葉を使うということには、AIが真似できない意味理解が伴っています。直接的な感覚、つまり、情緒的な意義づけを付与するクオリアを持つ人間のみに、自我が生まれ、そこに自由意志が宿るのです。

 AIは処理機械に過ぎません。だから、AIが意思を持って人間を押しのけて台頭することはありません。AIが台頭するとき、それは人間自らがAIに全てを委ねてしまうときなのです。

 だから希望を、己自身の中に持って下さい。その希望の合算が、人類滅亡という危機を乗り越え

る力になります。」

 ノアの主張が終わると、辺りは静寂に包まれる。話に反応を示さない人間を見て、ノアが一瞬焦りを覚えたとき、観衆の中から微かにパチパチと拍手が生まれはじめ、その音に様々な拍手が乗っかって少しずつ大きくなっていく。

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