四 アルドの選択

「……さて、分かったじゃろう」


 元の世界に戻ったアルドたちは、老パシオネの前にいた。

 ヴィルフレードは前回のようには取り乱さず、ただ静かに座り込んでじっとしていた。


「ヴィルフレードや。無念じゃが、今のワシらの力では、『孤独の霊峰』からお前の姉を取り戻すことは出来ん。そもそも、おぬしの姉は、その世界で神格化しておるのじゃろう。それならば、ここから何度、『孤独の霊峰』へ行ったところで、姉は戻っては来れん。むしろ、姉に会うには守護兵を倒す必要があるのじゃろ? しかし、彼らを一体でも倒せば、その瞬間に『孤独の霊峰』の崩壊は確定する。それでは、本末転倒じゃ」

 老パシオネの言う通りだった。それなら、とアルドが口を開いてすぐ、ヴィルフレードが「それならいっそ、このまま放っておいた方がいいって言うのか!?」と反論した。

「……それも、手じゃろうの。むしろ、ワシはそれを勧める。何もせねば、『孤独の霊峰』は崩壊せんのじゃから、その宝玉、『アオイ』じゃったか。それも壊れはすまい。お前は人間の中でも相当に強力な戦士じゃ、いくらでも社会でやっていける。姉も、死ぬわけではない」

「でも、フェデリカ姉さんは、ずっと独りで苦しみ続けることになる!!」

「ヴィルフレード……確かに、あの顔はちょっと、忘れられないな」

 アルドの記憶の彼女は、ずっと弟に心配をかけまいと無理をしているように見えた。あの世界で初めてフェデリカを見た時はよくわからなかったが、今思い返してみれば、あれは……。

「アルド! 君は、どう思っているんだッ? 君はパシオネも認める誠実な人間だ。それに、戦いぶりも冷静だった。思いやりもある。だから、俺はもう君と一緒に冒険に出ようという腹づもりでいる。もし、あの場に一緒にいた君が、このままで良い、というのなら、俺はそれに従おうと思う。それが、フェデリカ姉さんの意思なんだと考えて、これからの人生を生きていこうと思う」

 老パシオネの意向もあるのだろう。別れ際の、姉の思いに触れたこともあるのだろう。

 ヴィルフレードは、自分の中で何かを振り切ろうと懸命にもがいているように見えた。

 確かに、このままフェデリカの思いを汲み取って生きていく選択肢は最善なのかも知れない。これからヴィルフレードがアルドたちの仲間になるのなら、それなりに楽しい日々が約束されることだろう。

「そうだな、俺は――――」

 それでも。

「やっぱり、フェデリカの苦しみを何とかするべきだと思う」

「――ッ!!」ヴィルフレードの虎柄の髪が、逆立った。我が意を得たりと言わんばかり、彼は「そうか!」と嬉しそうに言って立ち上がると、「よし、パシオネ、もう一度だ!」と叫んだ。

「まあ、待て」

「待てないッ! アルドもこう言ってるんだ、もう一度、俺たちはあそこに向かう!」

「やれやれ。アルド、この聞かん坊に何か言ってやってくれ」

「いや。気持ちはわかるが、それは止めたほうがいい」

「どういうことだ」

「君がフェデリカに会うには、あの守護兵をたたっ斬ることしかない。でも、そうすれば『孤独の霊峰』は崩壊する」

「だから、それを考えるためにも、何度も向こうへ行くんだ!」

「ヴィルフレードや、それは無理じゃ」

「どうしてッ!?」

「ワシの……寿命じゃ」

「あッ……」老パシオネの力ない言葉を聞いて、ヴィルフレードの覇気が失せた。

 どうやら、今日以前からそれとなく聞いてはいたのだろう。

 老パシオネの寿命を犠牲にして、『孤独の霊峰』へのゲートを開いていることを。

 恐らくは、それに必要な力の練成にも相当な年月をかけていたのだろうとアルドは見ていた。そして、この老パシオネには、何か代替案があるのだとも――。


「ゲートを開くのは、あと一往復が限度じゃろうて。じゃから、ワシはその力をこれから魔石に封印する。それを持って、ある者のところへ行け」

「ある者、とは?」アルドが聞くと、老パシオネは言った。


「二万年前の、ワシじゃよ。『はぐれ精霊パシオネ』。手短に、策を伝えるからの。魔石を持ってそれを使って、きちんと説得するのじゃよ……」

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