第3話 新人

 あれから少しして別の港に寄ったあと、またワンボックスに揺られ、ようやくこの人達の言う俺の新しい職場に着いた。もう陽も沈みかけ、辺り一面が黄金色に染まる。

 俺はかなり遠く、地元よりも田舎に飛ばされたみたいだ。

 海沿いに立っている古びた建物。一階が車庫で二階が事務所のようだ。

 それから敷地内にはもう一つ車庫が立っていたが、あらゆるとこが錆びており、薄いトタンの屋根には穴が空いている。シャッターも降りてないそれは、どちらかと言えばカーポートに近い。中には萎びた軽トラと古いライトバンが停めてある。そして会社と言うには看板が無い。大体社名が書いてあるようなものだが。


「歓迎するわ、我が社へようこそ。アイバラ」


 また彼女は名前を間違える。間髪入れずに「蒲原です」と付け加えた。だが俺の言葉がまるで聞こえていないかのように「着いてきて」と静かに微笑むと建物横の階段を登っていった。

 事務所の中は埃臭く、陰気臭い。所々凹んだデスクの上には書類とファイルが雑に置いてあり、旧式のノートパソコンが埃を被っていた。

「奥に仮眠室があるから今日はそこを使っていいわ。それから、そうね。あのデスクが空いてるからあそこを使って。あと分からないことはないわね」

 今のところ俺は寝る場所と座る場所しか教えられてないが、何故彼女はそれでいいと思ったのだろう。俺は職種も、そっち2人の名前も、明日何するかも知らないと言うのに。

 だが中年の男は事務所に入る前には既に帰っており、少女も出口側に立ち帰る気で居る。

「多分明日は仕事がないわ、ゆっくり休んでくれていいわよ。それに金庫の中は明後日も一銭も入ってないから漁らないようにね。また明日」

 そう言って冷たい扉が音を立てて閉められた。痛む腰を休ませる為に近くにあった椅子に腰掛ける。薄暗い事務所に一人残され、明日からのことを考える。


 会社にはなんと連絡しよう。

 と言うか警察に言ったほうがいいのでは。

 だが俺も金を貰ってしまった。

 でも金庫に何も入ってない無一文の会社。


 どう転んでもいい事が浮かばない。腰だけでなく胃までキリキリと痛んでくる。

「あー。風呂入りてえなぁ。着替えもしてないし。でも周りには何も無いし。どうしようかな」

 そんなことを考えながら周りを見渡す。

 ブラウン管テレビはあるがチューナーがない。デスクにラジオが置いてあったがアンテナが折れていた。他に将棋やオセロのセットがあったが一人じゃできない。

 デカイため息が響く。もういい寝よう。今日は疲れた。案内された仮眠室を覗くと、薄いマットと毛布。二人掛けのソファーがあった。

 迷わずソファーは横になるとカーテンの隙間から赤い光が差し込む。俺は何も考えずにその光を見ているといつの間にか眠りに落ちていた。


 遠くで何かが聞こえる。何やら騒がしくなってきた。

「誰ですかあなた!!!」

 その大声で重い瞼を上げた。そこにはうっすらと人影が見える。霞む目を擦りもう一度開くと、銃口と目があった。

 飛び起きるとソファーから転げ落ちて壁際に擦り寄る。その衝撃で腰が痛み息が詰まるが、なんとか声を上げる。

「待って! 待ってくれ! 違う!」

「何が違うんですか!」

 次の瞬間には銃声が耳を貫き、聴覚が無くなる。耳を抑えながら射手を視界で捉えると茶髪でショートカットの女性がいた。表情までは見えず、そのまま蹲った。


「おいどうした!」


 玄関の方から昨日の中年の声が薄らと聞こえた。これで誤解が解けるなんて考え、顔を上げた瞬間、飛び蹴りが飛んでくるのを最後に再び眠りに落ちた。

 次起きた時にはまたソファーの上に戻されていた。鼻がズキズキと痛み、耳はまだこもって聞こえる。体を起こすと鼻から何かが落ち、どろっと垂れる感覚がした。下を見ると真っ赤なティッシュと、点々と血が流れていた。咄嗟に近くのタオルで鼻を抑えた。


「ようやく起きたのね」


 その声に釣られ横を見るとあの少女がパイプ椅子に腰をかけていた。

「……随分歓迎されたみたいですね」

「そうみたいね。一応話は通しておいたんだけど、私の社員と部下が申し訳ないことしたわ」

 昨日と変わらずセーラー服を着ているが、子供とは思えない大人びた話し方をする。俺はこういう子供は好きになれない。

「こんな子供の社長なのか? って顔ね。色々あるのよ、みんなが貴方を怪しがったのもそのせいね」

 複雑な事情があるみたいだがこんな所まで拉致られ、訳の分からない連中に追われて、発砲までされて挙げ句の果てに飛び蹴り。機嫌を保てというのも無理がある。

 だがそれを我慢して人間と関わるのが大人だ。ここは一社会人として我慢しよう。それに扉の奥では銃を向けた女と中年男がこっちを申し訳なさそうに覗いてる。

「ついでに紹介するわ。そこに居るオジサンが佐本さもと小次郎こじろう。その下で覗いてるギャルみたいのが小林こばやし瀬里奈せりなよ」

「さっきは悪かったよ。、大丈夫か?」

「突然撃ったりしてゴメンね……」

 かなり気にしてる様子だったので「大丈夫だ」とは言ったがタオルは真っ赤に染まっている。折れてないといいが。

「他に社員が二人いるわ。それで全員よ」

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