2話 得たもの

 ガス欠した愛車を置いて、今は別の車に揺られている。あの後少女は深いため息をついてスクールバッグから取り出した無線機で誰かと話していた。しばらくすると遠くからタイヤが砂利を蹴る音が聞こえる。

「来たわよ」

 その言葉とともに木陰から出てきたのはなんてことない普通のミニバンだった。初代ステップワゴン。ありふれている車両だ。

「乗って、早く」

 冷徹に急かす声に、俺は急いで飛び乗った。運転席には薄汚れた作業着姿の中年が座っている。

「嬢ちゃん、拾い物かい?」

 そう言ってワークキャップを脱ぎ禿頭を撫でると振り向き、レイバン越しに俺の顔を見つめた。

「そんなところよ。さあ出してちょうだい」

「あいよ」

 陽気にそう返事をして車を走らせた。

「にいちゃんもツイてないな。巻き込んじまって悪いけど、これも縁だ。諦めな」

 俺はなんのことか分からず何も言えないでいた。ただ家まで送って欲しかっただけだったが何かに足を踏み入れてしまった気がした。

 中年は困惑する俺を気にすることなく、さらに言葉を続ける

「まあ悪い仕事じゃないぜ? 衣食住にいい給料にいい車、運が良ければいい女も手に入るぜ」

 ミラー越しに見えた顔はニヤリと笑い、横目で少女のことを見ていた。

「やめて頂戴、年頃の少女にいい歳の男がセクハラなんてみっともないわよ」

「相変わらず嬢ちゃんは手厳しいな」

 仕事? さっき貰った金の分の仕事はしたはずじゃ? 不安と恐怖に頭を抱えていると少女が振り向いて「あと、えっと」と何かを考えると「イシハラ?」と顔を傾げこっちを見てきた。

「あっ、蒲原です」

 ついさっき自己紹介したばかりにも関わらずもう忘れられたらしい。

「そうだったわね。カンバラ、貴方本当にいい時に居たわ。早速次の仕事よ」

「大丈夫だ、にいちゃん。ちゃんと金は出るからよ」

「ええ、その辺は心配しないで。あくまでこっちもビジネスなの。さあ着いたわ」

 そう言われ外を見ると、また別の林道の様なとこに止まっていた。そして木陰には1.5トンの箱車が用意してあったかの様に置いてある。

「一応聞いておくけど、貴方誰かと暮らしてたりする?」

 荷室の扉を開きながら尋ねる彼女に「実家暮らしです」と一言答える。

「そう、良かったわね。これから自立出来るわよ。あと助手席に作業着と帽子あるから着といて頂戴」

 俺が何かを言う隙を与えず二人で荷台の中へ消えていった。

 仕方なく運転席に乗り込み、紺色のツナギを着込み、帽子を被る。それから何をすればいいかわからず周りを見ていると、サイドミラー越しにさっきの中年が飛び出てくるのが見えた。腰をさすりながら運転席に近づいてくるとドアをノックする。

「イテテ、ったく嬢ちゃんもひでぇことするぜまったく」

 用意されたものと同じ作業着姿の中年がダルそうに愚痴ると、後ろから冷たい声で「2分以内に入ってきたらクビよ」と囁く声が聞こえた。

「ガキの体に欲情なんてしねぇっての。まあおまいさんはわかんねえけどな!」

 俺の顔を見ながら「がっはっはっ!」と一人で派手に笑っていた。

「おっと、そういや内容を言ってなかったな。っつてもそこにある地図に印ついてるからそこまで行ってくれりゃいい。着いたらそこに置いてあるイヤホンから指示する。それじゃあ頼んだぜ」

 ダッシュボードの上を見るとハンズフリーのイヤホンが適当に置いてある。それを耳にしっかりとはめて、エンジンをかける。

『聞こえるか? それじゃあ真っ直ぐ向かってくれ。ゆっくりでいいからな? 荷台はシートもベルトもないからよ』

 耳に流れてくる音をよそにギアを入れて道に出る。

「あ、あの」

 震えながら声を絞り出した。

「いつ、家に帰れます?」

 イヤホン越しに少女の溜息が聞こえた。

「貴方には悪いけど当分は無理よ。それに私たちと少し遠くに来てもらうわ」

「でも俺にも仕事が……」

「大丈夫。心配しなくてもこっちで上手くやっとくわ。今はトラックを走らせることだけに集中して」

 そのまま何も言えずにハンドルを握り地図を覗く。印は町の港に付けられていた。

 昼下がりのラジオを聴き流し、段差やカーブに気を遣いながら何事もなく目的地に着いた。

「着きました」

「今から貴方の方に何人か来るわ。上手いこと誤魔化して怪しまれないように荷台へ誘導して」

 さっきまでしがない工場勤務だった人間には余りにも無理難題な指示だった。フロントガラス越しには少女の言う通りガタイのいいスーツ姿の男が二人、こっちに小走りで来ていた。

 怪しまれないようにあらかじめ窓を開けて顔を出す。

「すいませーん。荷物のお届けなんですけど」

「にいちゃん、悪いけどここは関係者以外立ち入り禁止だ。早く避けてくれ」

「あー、すいません。でも急いで船に取り付けるパーツがあるみたいなんですよね。それだけ置いたらすぐ帰るので大丈夫ですか? 注文受けてから急いでここまで走ってきたんですよ」

 口から出まかせでそれっぽいことを並べると二人は何かコソコソと話し始める。

「荷台確認してもらっても大丈夫なので。それでダメならまた出直すので」

 悩んだ末に眉間にシワを寄せ「車から降りてお前が開けろと」と言い放つ。

 後ろの二人が何を考えてるか分からないが、言われた通り荷台に向かって歩くと後ろから「ドスッ」と鈍い音が聞こえた。

 振り向くと二人が男達を絞め落としてる所だった。数秒後、地面にはまるでぐっすり眠るように倒れていた。

「どうしたの? そんなに怯えた顔して」

「大丈夫だにいちゃん、死んじゃいねえさ。まあ次起きるのは俺達が居なくなってからだけどな、さあ! あの船まで走れ!」

 指を刺してる方向には釣り用ボートが停泊してる。次の瞬間、俺は必死に海の方へ地面を蹴った。そして指示された船に着く頃には緊張と恐怖で心臓が悲鳴をあげている。そんな俺をよそに二人は懐から拳銃を取り出すと、マガジンを取り換えスライドを引く。

「貴方は隠れてなさい」

は実弾かもしれねえからな」

 トラックの方を見るとさっきの男達の仲間らしき集団がぞろぞろと向かってきている。その集団に何の躊躇もなく引き金を引いた。俺は咄嗟にその場に伏せ、震えながら丸まっていた。

 その間に少女が船のエンジンをかけ、全速力で港を離れている。横目で空を見ると、快晴に一つ浮かぶ雲が流れていく。そういえば夜勤明けだった。程よい波の揺れに意識が遠のく。

「いつまで横になってる気? もう大丈夫よ」

 そう言われて怠い体を無理に起こした時。

 腰から稲妻が走るように痛みが響いた。



 俺はこの日、新しい仕事と慢性的な腰痛を得た。

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