ある喫茶店での出会い

有原ハリアー

ある喫茶店での出会い

 カランカランと、澄んだドアベルの音が響き渡る。


「いらっしゃいませー」


 女性のマスターとコーヒーのかぐわしい香りが、来客を出迎えた。一人と一匹の、来客だ。


「ここが、秘密の喫茶店“みどりいえ”か。秘密なだけあって、随分静かだ」


 来客の男は、宝物を探し当てたように嬉しそうな表情で呟く。しばらく入り口を開けた姿勢のままで立ち尽くしていたが、やがて我に返ると、空いている席に移動する。

 と、肩に乗っている猫が飛び降り、空中でクルクルと回転した。瞬く間に、茶髪と金の瞳をした女性に変わる。猫の耳と尻尾も生えていたが、外見的には人間が近かった。


「お兄ちゃん、私はコーヒー飲めないからね?」

「当たり前だ、猫なんだから。おっと、妹が失礼した。早速注文を」

「はい、何でしょう」


 目を疑うような出来事が起きたにもかかわらず、マスターは動じたそぶりを見せない。眉の一つも動かさなかった。


「クリス……妹にはミルクを。乳糖が無いのがいいな。私には、噂に名高い『悩みのコーヒー』を」

「かしこまりました。猫用ミルクで構いませんか?」

「もちろんだ。……ちょっと待ってくれ、どのくらい飲む? クリス」

「お兄ちゃんが普段飲むコップの水くらい」

「だそうだ。200mlミリあれば足りるだろう」

「承知しました。先にそちらからお出ししますね」

「頼む。私のは後回しでいい」


 男が言い終えると、マスターは会釈をしてから準備に移る。水を温めてぬるま湯にしてから、少しずつ粉末を溶かしてミルクを作った。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ペコリと一礼する、クリスと呼ばれた猫耳の少女。その様子を見て、マスターがほほ笑む。


「可愛らしいですね、あなたの妹さん」

「ああ。私の自慢の妹だ」


 男はマスターの言葉に、相好を崩す。隣ではぬるま湯にもかかわらず、ちびちびとミルクを飲むクリスがいた。


「小さい頃から世話をしててな」

「なるほど。大切な妹さんなのですね」

「そうだ」


 しばし雑談に花を咲かせる、男とマスター。

 ひと段落してきた頃、マスターが切り出す。


「では、『悩みのコーヒー』をお出しします。いくつか質問をさせていただきますので、思い浮かんだことを素直に答えていただけますか?」

「もちろんだ。手順は聞き及んでいるゆえ、従うとしよう」

「ありがとうございます。始めましょう」


 わずかな呼吸を挟み、マスターが質問する。


「貴方の持つ悩みは、ありますか? あるとすれば、どのようなものでしょうか?」

「ある。私は、とある女性に恋をしている」

「なるほど。恋となると、この豆ですね」


 ガサゴソと、マスターが豆を保存している容器に手を伸ばす。


「その女性とは、どうなりたいのでしょうか?」

「色々あるが……まずはお会いして、お話することから始めたい。全てはそこからだ」

「かしこまりました。では、このフィルターが理想です」


 うっすらとピンク色をしたフィルターが、取り出される。よく見ると、『恋愛成就』と書かれていた。


「ひとまず、悩みはお聞きしました。最後に、このソーサーを手に取っていただけますか?」

「もちろんだ。手順だからな、従おう」

「ありがとうございます。では、心の中で気持ちを込めてください」


 男はソーサーを受け取ると、目を閉じて心の中で言葉を唱える。

 ソーサーがわずかに輝き、淡く光を放った。


「はい、これで準備は整いました。ではコーヒーを淹れますので、しばしお待ちくださいませ」


 マスターはテキパキと、無駄なく確実にコーヒーを入れる。見ている者が惚れ惚れするような、手際の良さだった。


「お待たせしました。こちらが、『悩みのコーヒー』でございます」

「これか。こうして間近で見てみると、やはりごく普通のコーヒーにしか見えないな。だが、飲んでからが真骨頂だ。では、いざ」


 男はコーヒーを口に含むと、目を見開いた。しばし苦味と酸味を味わい、口の中を満たしてから、ゆっくりと口中のコーヒーを飲み干す。


「味もごく普通だな。だが、何というか……猛烈に話しかけたくなった。

「あら、私をご存知だったのですね」

「もちろんだ。高校の頃から片思いしていたが、噂を辿り辿って、今日こうしてようやく出会えたのだ。今日、いや空いている一日だけでいい。付き合ってくれないか?」

「いいですよ。今日は貸し切り扱いにしてきますね」

「ありがとう。しかし、緑の家ここはいいのか?」

「はい。食べていくためにはやっていません。あくまでも、私の力をく使うための手段ですから」


 マスター……舞桜は、"CLOSED"の看板をドアにかけて、外にある立て看板を戻す。

 と、男にクリスが話しかけた。


「大胆だね、お兄ちゃん」

「今がその時だ」

「そっか。頑張れー」

「ああ」


 ようやく出会えた、男と舞桜。




 男は『悩みのコーヒー』によって、自らの片思いにけじめを付けることができたのであった。

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ある喫茶店での出会い 有原ハリアー @BlackKnight

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