9.川口アンジュ その1
私は1位になりたかった。
最初の記憶は幼稚園のかけっこだ。一生懸命走ったのに2位だった。悔しくて一日中泣いていた。
次はピアノだ。家が裕福なおかげでいくつも習い事をさせてもらっていたが、その中でもピアノは上手いと思っていた。
しかし、コンクールでは金賞はおろか、銅賞にも入れなかった。
他にも体操、書道、空手などそれこそ無差別に挑戦しては、そこそこの結果を出して辞めている。
1位が取れないとすぐ諦めてしまうのだ。それは努力を惜しんだからではなく、むしろ逆だ。幼いなりに本気で努力をしたからこそ、どうしても才能に恵まれた人との差を感じ取ってしまったのだ。
走る神に愛された子がいる。ピアノの神に愛された子がいる。
そう感じると、毎回熱が引いていくのがわかった。
「そんなに1位にこだわらなくてもいいじゃん」
小3のとき、友人が言った。でも私には受け入れることができなかった。しばらくすると友人は私のもとを離れていった。
私はひとりになった。
ある日、学校の休み時間をひとりで過ごしていると近くの女子たちが話しているのが聞こえた。
「シンヤくん、塾に通ってるんだって」
「中学受験するらしいよ」
「だから学校終わっても勉強しに塾へ行ってるんだって」
田舎だったのでそのとき初めて中学受験というものを知った。
同時に「これだ」と閃く。
それまで私は勉強をしたことがなかった。習い事ばかりしていたというのもあるが、最大の理由は「勉強する必要がなかった」からだ。
習ったことはすぐできたし、そもそも教科書をもらってから三ヶ月くらいですべて読み終えるので、ほとんど習う前に理解していたのだ。そのとき私は父に感覚的にも論理的にも高い水準のバランスタイプだということを言われた。
私は両親に中学受験をしたいと伝え、塾に通い始める。瞬く間に成績は伸び、小4で飛び級試験にも合格して小5にならずに小6へ進級。
最終的には1歳年下の私が全国模試で全国10位にまで辿り着いた。
中学受験では、地域で最も偏差値の高い中学に合格することができた。
加えて小6でのさらなる飛び級試験にも合格し、春からは中高一貫校の私立中学に2年生から入学することになった。
私は嬉しかった。自分の目指す道を見つけたと思った。今までは諦めてしまっていたけど、勉強だけは諦めず1位を獲る。
そう心に決めた。
中学生活は楽しかった。級友は学年が二つ下の私にも優しくしてくれたし、何より勉強へのモチベーションが高い。私はますます勉強をするようになり、中2の二学期には学年トップを取った。
そして中2の学年末に行われた全国模試でついに全国2位となった!
学年ではない。全国で!
私の勉強への熱は一層加速した。中学受験で終了していた塾にも再び通い始めた。
中3最初の全国模試も2位だった。あと少し。
続いて夏休み前の全国模試も2位。あとひと踏ん張り。
そして夏休み明けの全国模試も2位。
さらに別会社の全国模試も2位。
さすがの私も気付く。
なんだこの1位にいる奴は? 誰なんだ? 毎回同じ奴なのか?
模試の結果表に入っている別冊を片っ端から広げて見る。トップ100は得点とイニシャルが掲載されている。
2位の「K・A」川口アンジュ、私だ。
1位を見ると、私と20点近くも差が開いている。
1位「N・K」。
すべての模試の1位が同じイニシャルだった。別人の可能性もあるが、私はそれを考慮に入れない。絶対に同一人物だと確信する。
私はまた1位になれないのか?
いいや、今度こそ諦めない。何が何でも1位を獲ってみせる。
私は父に「N・K」が誰か調べてほしい、と言おうとしたがやめる。思いついたことがある。
方法は簡単、私はSNSを駆使して1位を探すことにしたのだ。中学生だとネットに対する危機感の甘い人が意外に多い。私の通っている偏差値高めの中学校ですら「そんなん晒しちゃっていいの?」って内容を載せている人がいる。学校でもSNS利用の注意をしているのに。
思った通り、三十分程度の検索で見つけることができた。複数のアカウントから同じ答えを見つけることができたので間違いない。ご丁寧に友人様が写真も載せてくれている。
顔も名前も中学校も覚えた。隣の県に住む男子。
あんたには負けない。私の「高国」は初日も二日目も最高の出来よ。間違いなく第三次選抜まで行くから。
「習志野ケイスケに勝つ」
私はリビングへ向かった。今度こそ父にあるお願いをするために。
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