7.前橋タク その3
リスニングの出来も上々。過去問より声が聞き取りやすかった。
初日の科目を終え、比較的手応えを感じていた俺は帰り道を気持ちよく歩く。特に英語の狙いを当てたことが嬉しくてたまらない。みんなは予想外だっただろうしな。
「前橋いーー!」
後ろから女の声が聞こえて振り返ると、弓削ヒナコが走ってきた。弓削はクラスメイトで、女子にしては比較的よく会話をする仲だ。セミロングの黒髪と目元のホクロが印象的で少々大人びた雰囲気がある美人系かな。
将来アパレル業界で働きたいって言ってたのがきっかけで、話をするようになった。
「おう、よくわかったな」
「がっつり金髪で、しかもグレーの高そうなロングコート着てるヤバい中学生、ヤンキー以外で前橋しかいないでしょ」
「これはファッションだよ、ファッション。入試は服装も髪型も自由になったんだから、弓削みたいに制服に黒髪にしてる方がもったいないだろ。で、入試初日はどうだった?」
弓削は髪が生き物に見えるほど激しく首を振り、早口でまくし立てる。
「全然全然全然ダメ。国語は半分も終わんなかったし、他も難しすぎ。特に何、理科? あれ酷くない? 私が最初選んだやつめっちゃ難しかったから途中で問題変えたのにそれも鬼ムズだったんだけど。大体さ、私は前橋みたいに頭良くないから、参考になんなくない?」
「理科は難しかった。でも高校は受かりそうなんだろ?」
「模試の判定ではAの高校だし、そんな高望みはしてないからね。ただ今日のはなーー! 今までよりも手応えがないんだなーー」
弓削が明るく答える。実際そうだよな。別に受験生全員が受験に燃えてるわけじゃないし。
「人それぞれって感じだな」
「でも前橋は特化型終わってからスゴく勉強してたもんね、怖いくらいだった。『ファッションデザイナーの道が断たれた!』って落ち込んでたかと思ったら急に勉強ばかりになってさ」
「道はひとつじゃないから」
そう、俺はファッションデザイナーになりたい。自分のブランドを作って多くの人に俺の服を着てもらいたい。
幼いときから服やアクセサリーが好きで、将来なりたいものはファッションデザイナーと決めていた。だから服も髪も自分のしたいようにしている。
特化型入試に合格すれば専門の教育が受けられるし、有名デザイナーと会う機会もある。だからずっと特化型入試に受かれば夢は叶ったも同然だって確信してたし。
しかも中3でファッションデザイナー目指してるやつなんて、この国で俺だけだと思ってたわけよ。
ところが世の中は広い。ファッションデザイナーを目指しているやつがゴロゴロいた。合格者十名程度の特化型入試を甘く見ていた俺は不合格だった。
いやホント落ち込んだね。他になりたいものもなかったし。
だけど、道って調べればあるんだな。ファッションデザイナーになる道は他にもあった。高校出て服飾の専門学校行ったり、美術系の大学行ったり、直接デザイナーの会社に就職したり。
俺が目を付けたのは国家ランク。複雑なところはあるけど、簡単に言えば国家ランク上位になれば、大学進学や就職、独立起業が有利になるってモノ。進学だけでなく就職、さらに自分のブランドを作るのにも自分に合っていた。
これは上位に食い込むしかないって思ったね。
それからは勉強のやり方や入試システムを必死に研究して、それをベースに勉強していった。誰にも相談しなかったし、唐突に始めちったから「どうしたタク」って思った人は弓削以外にもいたんだろうな。
「そういえば、前橋って、明日は何の科目選択したの?」
ずっと考え事をしていたのを話題がなくなったと思ったのか、弓削が話題を変えてくる。
「美術と技術だけど。弓削は?」
「めっちゃ前橋っぽい! 私は体育と家庭科。体育は得意だし、家庭科も家で料理とかしてるからね、今日の分を挽回しないと。あーー、常識だけが嫌だわーー」
「確かに常識問題は勉強しづらいけど、普段ニュース見たり敬語やったりしてれば簡単だよ。それに常識はともかく弓削なら体育と家庭科は余裕だろ」
「常識はともかくって何? ま、常識ないのは事実だけどさ。とにかく明日がんばるよ。前橋もがんばって! じゃあ私帰りこっちだから。じゃあね」
「ああ、じゃあな」
いつもバッと来て、ガンガン話してバッと去っていくな。
そう、「高国」採用後の大きな変更点。
副教科である「美術」「保健体育」「技術」「家庭科」「音楽」も二日目に入試科目として採用されたこと。
この中から二科目を選んで受験するのだ。科目数が増えたから大変と思われるけど、勉強の幅が広がったことで弱点をカバーできるようになったとも考えられるわけだ。世の中の知った風な評論家が「子どもへの負担がーー」とか言ってるらしいけど、わかってないよな。そんなの人それぞれ違うって。
これに最近のニュースや語彙力などの「常識問題」を加え、計三科目が明日の入試だ。
だから今日は帰ってからノートを見直しするくらいだ。
何だか明日も行けそうな気がしてきた。その後の第二次選抜も、第三次選抜も。
いい流れだぞ、俺。
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