3.芝原スズカ その3

 その後の数学は難問ふたつとパズルが解けなかったものの、社会はほぼ完璧にできた。これまでやってきた模試の手応えとそう変わらない状態なので、まずまずの出来と判断する。


 昼食時間になったため、私は自分で作ってきたおにぎりを食べていた。砂糖たっぷりのきな粉おにぎりだ。美味しい。甘味が細胞に染み渡る。




 他のみんなも黙々とお弁当を食べている。唯一、左に座っているさらさら髪の男子は食事もせず本を広げて読んでいる。タイトルを見ると「植物図鑑」って書いてあった。次の科目が理科だから勉強しているのか。


 図鑑で勉強する人を初めて見たよ。




 さて、私も次の作戦を練るとしようかな。


 能力「スーパーリーディング」は一日に二回しか使えない。それを残った理科と英語のどちらで使うかだ。リスニングでは使いどころがないので除外する。




 正直、最初に私自身が思っていたほど万能なスキルじゃあないし、ネクスト覚醒者でなくとも私の能力に近いことをできる人だっている。むしろ誰でも訓練すればある程度まではできるようになるらしい。要は速読だから。ネットで検索すればその技術を教えてくれる教室もあるくらいだ。


 でも、能力はタイミングと使い方だ。タイミングが最適なら、私の能力は入試においてこれ以上ない武器となって多数の敵を討つ。




 理科の選択問題を決めるのに使うか、英語の長文読解で使うか。


 四個目のきな粉おにぎりをほおばりながら考える。普段通りなら理科だ。苦手科目だし、選択ミスで失点したくない。


 英語はまあ苦手ではないから、普通なら何とかなると思う。




 怖いのは去年の過去問で出たみたいな「昨夜見た夢」の内容が長文で出題されたときだ。


 私の英文読解は「この流れなら次はこうくるだろう」という予測みたいなもので成り立っている。夢の話など予測がつかなかったので、それはもう完全敗北マシーンだった。


 英語で失敗するのは避けたい。まもなく試験官が来る時間だ。


 しばらく考えて、結論を出す。


 やはり二年連続で夢の話なんて出題しないだろう。理科は選択ミスしたら得点が思うように取れなくなる。かといって違う問題をやり直していたら時間が足りなくなる。




 よし、理科で使おう。


 私は五個目のきな粉おにぎりを取り出し、口に入れた。すぐに試験官が来たので猛スピードで飲み込んだ。もう少し味わいたかった。




 作戦は当たった。




 というのも今年の理科の選択問題は意地悪な作りをしていたからだ。理科の試験開始直後に能力を発動させた私は、一通り読んだあと「上手い」と感じた。


 選択問題はすべて大問の最初に実験や観察内容が書かれていて、その後小問が七、八題続く構成になっている。


 すると実験内容が難しい場合は小問が簡単なものが多かった。イメージとしては武器は立派に見えた敵が戦ってみると案外弱かった、みたいな。


 反対に実験がわかりやすいと小問がややこしい。ぼろを纏った武術の達人のようだ。


 ともあれ、おかげで「酸化銀を加熱したあと試験官に残った物質の色は何色か」のようなボーナス問題をかなりの数叩くことができた。


 もちろん残った物質は銀。銀の色は銀色じゃあない。答えは白だ。




 理科に出てくる物質の色は基礎問題である。


 他にも銅の色は赤褐色または赤茶色。

 酸化銅や酸化銀なら黒。

 酸化マグネシウムだったら白。


 この辺はほとんど誰でも抑えている部分だ。これらの問題を選択できたのは大きい。




 時間を十分ほど残して理科を終えたので、見直しも十分にできた。もしかしたら理科は過去最高の出来かもしれない。


 休憩時間にひとりガッツポーズする私。この勢いのまま英語とリスニングも倒して入試初日を終えたい。


 英単語帳をバッグから取り出し、最終チェックをしようとしたそのとき。左に座っているさらさら髪の男子が開いている本が目に飛び込んできた。




 また、植物図鑑を読んでいた。


 この子、大丈夫かなあ。


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