アックスしないと出られない部屋

マクセ

短編

《◯ックスしないと出られない部屋》と書かれた電光掲示板を見て、俺は渾身のガッツポーズを決めた。


 おいおいおいおい!!! 来ちゃった来ちゃった来ちゃったよ!!! なんか知らんけど来ちゃったよ!!! ツイッターやピクシブで大人気のアノ部屋に!!!


 俺は今、謎の部屋に閉じ込められている。扉はひとつしかなく、厳重にカギがかけられていて脱出は不可能だ。


 普通に考えれば恐ろしい拉致監禁事件だが、俺は全然焦っていない。


 何故ならば、この部屋のカギは◯ックスしたら解けるからだ!!! ◯ックスって、もうアレしかないだろう!!! ナニでソレするアレだろう!!!


 部屋の中を確認すると、シャワールームにベッドなど、アレするには欠かせない機能も豊富に取り揃えられているようだ。


「ど、どうしましょう……私たち閉じ込められてしまったみたいですよ」


 そして隣には謎の美少女がいる……確定だ!


 ここはセックスしないと出られない部屋なのだ!


「ふふふ、安心してくれ、俺には既に脱出方法が分かっているんだ」


「え? そうなんですか?」


「あの電光掲示板を見てくれ」


「……えっ! ◯ックスしないと出られない部屋?」


「そう!」


「つまり、◯ックスしたら出られるってことですか?」


「そうそう!」


「でも、◯ックスって一体なんのことでしょう……いったいどんな文字が入るのか見当もつきません」


 ズコー。


 なかなか察しが悪いな。


 いや、むしろそれでいい。


 女の子はウブであればあるほど可愛いものだ!


「そうだな……俺が思うに……」


 セ、と言いかけたところで、電光掲示板が動き出した。

 そして、今まで伏字になっていた箇所に、


 ア。


 という文字が刻まれた。


「ア?」


「は?????」


 完成された文字列は、《アックスしないと出られない部屋》だった。


 おい……?


 ふざけんなよ……!?


 なんの真似だ……!?


 すると、今まで何もなかった部屋の床から、数本の木々がせりだしてきた。天井のハッチがパカッと開き、立派な斧がゴトッと落ちてきた。


「あ! なるほど分かりました! この斧を使って伐採をすれば出られるんじゃないですか! つまり、アックスしないと出られない部屋ってことですね!」


 天真爛漫に喜ぶ彼女とは正反対に、俺はどうしようもない絶望感に打ちひしがれていた。


「うっ……ううううううっ……!」


「え……? ど、どうしたんですか……?」


「ちくしょおおおおおおおおおお!!!!!」


 ここはセックスしないと出られない部屋じゃなかったのかよ!!!!!!


 なんだよアックスしないと出られない部屋って!!!!!


 意味分かんねーし!!!!!


 全然おもんねーし!!!!!


 悪趣味にもほどがあるだろ、ちくしょう!!!!!


「よ、よく分からないけど……とりあえず落ち着いてください。ね?」


 落胆し膝を突く俺に対して、慰めの言葉を送ってくれる彼女……恥ずかしいところを見られてしまった。現実を直視しなくては。


 ここはセックスしないと出られない部屋じゃない。


 アックスしないと出られない部屋なんだ。


 俺は涙を拭くと、斧を拾って振り上げた。


「そうだよな、落ち込んでばかりいられない。一緒に脱出しようじゃないか」


「はい!」


 俺は全力で斧を振り下ろし、アックスを始めたのだった。



◆◇◆



「お、終わったぞ……!」


 疲れでフラフラの俺は、ばたんとその場に倒れ込んだ。たった数本の木でも、素人が切り倒すとなると1日作業だ。


「大丈夫ですか! 怪我とかしてませんか!」


「よ、余裕だ……それより見てよ、全部切ったよ俺……」


「すごいです! あっ……見てください! 扉が開きましたよ!」


 どうやらゲームクリアのようだな……。


 俺は斧を杖代わりに立ち上がると、光差す扉の向こう側を見た。



 そこには、さっきの部屋と全く同じ空間が広がっていた。



 なに……? クリアじゃないのか……?

 これはアレだ、何重にも入れ子になってるタイプの密室だ。キューブっていう映画の舞台に似ているな。


 俺は念のため持ったままにしていたアックスを構え、警戒しながら部屋の中に入った。


「見てください、また◯ックスしないと出られない部屋ですよ」


 見上げるとまたも《◯ックスしないと出られない部屋》という電光掲示板があった。


 こ、これは。


 今度こそ、“セ”の部屋じゃないのか?


 さっきのはフェイントで、こっちが本命なんじゃないのか?


 すると、伏字の部分がスロットのように動き出した。


 た、頼む!


 お願いだ!


 セで止まってくれ!


 ルーレットが止まると同時に、天井から金管楽器が降ってきた。


「あ、今回は“サックスしないと出られない部屋”みたいですね」


 く、くそおおおおおお!!!!!


 サじゃないのよ!!!!!


 セなのよ!!!!!


 俺が求めてるのはセなのよ!!!!!


 なんかすげー惜しい気分だ……俺はまたも落胆し、床に膝を突いた。


 だが何度も同じようなことをしてる場合じゃない。俺は疲労困憊の体に鞭打ち、落ちてきたサックスを持った。


 すると、下からニョキッと楽譜立てが生えてきた。楽曲名カエルの歌……どうやらこれを吹くことができたらゲームクリアらしい。


「くそっ、こうなったらさっさとクリアしてしまおう!」


「吹けるんですか?」


「吹奏楽の経験は一切無い!」


「え」


「それでもやるしかないんだ……俺はだって本当はなあ……どうせやるならサックスじゃなくてなあ……ううう」


「と、とにかく頑張ってください!」


 どうせ次も似たような部屋が続いているんだろうが、次はセの部屋かもしれない。その期待だけが俺の行動力の源だった。


 ということで、俺はサックスに挑み始めた。



◆◇◆



 ケロ、ケロ、ケロ、ケロ、


 ケロケロケロケロ、グワッグワッグワッ!


「っしゃきたああああああ!!!!!」


「やったー! 初めて完奏できましたね!」


 カエルの歌を吹き終えた俺は勝利のガッツポーズを掲げた。同時に、ガチャッという音とともに扉が開く。演奏としてはひどいもんだったが、ぎりぎりセーフらしい。


 いや、予想以上に時間かかったわ……だってまず音が出ないんだもの。ひりひり痛む下唇は、俺の努力の証だった。


 ってなわけで扉の先だけど……当然のようにまた同じ白い部屋だ。


「これで3部屋目か。いい加減飽きてきたぞ」


「一体いつになったら出られるんでしょうか……」


 そうだな、一体いつになったらセックスできるんだろう。見上げた電光掲示板には《ブックスしないと出られない部屋》と書いてある。


「ブックスということは、本を読めということですかね? でも肝心の本がどこにも見当たらな……」


 ドサドサと十数冊の本が乱暴に落ちてくる。


「まあ、そういうことみたいだな」


 読むだけでいいというのは今までの試練に比べれば易しい方だが、これだけの量となると何時間かかることやら。


 状況のおかしさにも慣れた俺は、すぐさまブックスを開始した。専門書みたいな内容だ。全然理解できないぞ。


 2人で黙々と本を読んでいると、彼女から質問が飛んでくる。


「あの、ひとつ気になることがあるんですが……」


「読めない単語でもあった? 大丈夫だ、俺も全然分からん」


「そういうことではなく……もしかして、この部屋は永遠に続くんじゃないですか……?」


 不穏な予想でゾッとした表情になっている彼女。

 確かに、もう3部屋目だ。

 法則に従うなら、4、5、6……と終わりなく続いていくことだろう。


 だが俺は冷静だった。


「うーん、その心配はしなくていいかもしれない」


「え? どうしてですか?」


「◯ックスに当てはまる文字は無限じゃないだろ?」


「あ!なるほど!」


「所詮こんなの一発ネタなんだからすぐにネタが尽きるはずだ」


 そう、案外◯ックスという言葉は少ないものだ。時間はかかるだろうが、全てを網羅し切ることだって不可能ではないはずだ。


 そして何よりも、いつかセの部屋にだって出会えるはずなのだ!


 そのことを思えば俺は何度だって立ち上がれるぜ!


 今日は既にアックスとサックスをこなしており、疲労がひどい。だが俺は決して休まない。


 全てはセックスのためだ!


「あの、疲れてますよね。先に休んでもらって構いませんよ」


 彼女はそう提案してくれる。


「いや、俺はもう少し本を読んでいく。先に寝ていてくれ」


「は、はあ……ではお言葉に甘えさせてもらいますね」


 彼女はふああとあくびをして、ベッドルームへと向かって行った。


 もはや、俺には寝込みを襲おうなどという気は一切なかった。

 俺はただセックスがしたいわけじゃない。

 セックスしないと出られない部屋でセックスがしたいのだ!


 それが、このような意味不明な状況にとらわれてしまった男の意地というものだろう。


 なんとしてでもセの部屋を引き当ててやる。執念に燃える俺は本を読み込み続けた。



◆◇◆



 朝。


 と言ってもお日様が顔を出しているかどうか確認する術はないが、おそらくそれくらい時間が経ったはずだ。


 ガチャ、という音を立てて金属製のドアが開く。


 や……やった……やったぞ……一晩で全部読んでみせたぜ……! もはや終盤は文字を読めているかどうかも曖昧だったが、どうやらクリア判定のようだ。


「ふああ、おはようございます。早起きですね」


 あくびをしながらそう話しかけてくる彼女に、俺はフラつきながらも開いた扉を示す。


「も、もしかして、一晩で読破したんですか……!?」


「ああ……死ぬかと思ったが、人間為せば成るもんだな……」


「ど、どうして私に言ってくれなかったんですか? 何も一人で読む必要なんか……」


「なあに、これくらい屁でもないさ。それに、キミにはいつかたっぷり恩返ししてもらうことにするよ」


 そう、セックスという形でな!

 ははははは!

 徹夜明けの俺はいろいろな意味でハイになっていた。


「うっ……ううう、ぐすん」


 え。

 なんで泣くの。

 そんなに俺とセックスしたくないの。


「ご、ごめんなさい……私、あなたに頼りっきりで……足手まといですよね」


「いや、泣くことないぞ……俺はキミのことを足手まといだなんてひとつも思ってない。むしろまとわりつきたいのは俺の方だ」


「いえ、分かってますから……私は弱いです。力も心も弱いし、きっとあなたの力にはなれません……」


 俺は彼女の肩をがっしと掴んで言った。


「何を言うんだ。この先キミなしじゃあクリアできない部屋が絶対に出てくる。俺が保証する」


「え……?」


「だから足手まといだなんて言わないでくれ。これからも一緒によろしく頼む」


「……ありがとうございます! 私、頑張りますね!」


 俺たちは固い絆を結び合い、次の部屋へと進んだのだった。



◆◇◆



 見上げると、《マックスしないと出られない部屋》という文字。なんだマックスって。ついに概念的な話になってきたぞ。


「何をすればいいんだ? まったく分からないな……」


「マックスってどういうことでしょうか?」


 すると、いつも通り床から何かがせり上がってくる。


 それはルームランナーだった。


「???」


 そして、天井からは10キロと記されたダンベルが落ちてきた。


「ルームランナーとダンベル? これはいったい……」


「もしかして、自分をマックスまで鍛え上げろってことじゃないですか……?」


「な、なんだそのライザップみたいな試練は……!」


 もしそうだったら、過去一で厳しい試練になること請け合いだろう。ライザップは自分を律してくれるトレーナーがいるからこそ成り立つ。それ無しでマックスに身体を鍛え上げるなど常人には無理だ。


 だが、今の俺にはセックスという大いなる目標がある! そのためなら俺はどんな苦難にも負けはしない!


 俺はさっそくルームランナーに飛び乗り、ランニングを始めた。


 すると、彼女は彼女で懸命にダンベルを持ち上げ、トレーニングを始めているようだ。細腕は今にも折れそうなほど華奢だった。


「おい、いいんだぞ? この部屋は俺がクリアするから」


「そういうわけには行きません……私にも頑張らせてください。私、変えたいんです。誰かに任せっきりな自分を」


「……そうか、そうだったな。俺たちは2人で頑張るんだったな。一緒にマックスまで頑張ろう!」


「はい!」


 ……………


 ………


 …



◆◇◆



 あれから半年ほど経った。


 俺の隣には相変わらず彼女がいる。


「おはようございます! 今日もトレーニングを頑張りましょう!」


 相変わらず天真爛漫で明るい健気な良い子だ。


 だが、少し変わったなと思うところがあるとすれば、


「フンッ!!! フンッ!!! フンッ!!!」


 外見がラオウみたいになったところかな。

 ほら、今も100キロのダンベルを片手で振り回してるもの。合計200キロだもの。


 彼女は過酷なトレーニングの結果、全身筋骨隆々で頑強な戦士と化した。あと、何故か身長も2メートルくらいに伸びた。本当になんで?


「ウオアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」


 今ベンチプレスの700キロを上げたみたいだ。おそらく今までで最高記録だな。メモしとかないと。ちなみに俺は早々にトレーニングを離脱しました。付いていけるわけがないので。


 彼女がベンチプレス700キロを上げ終わると、ガチャっという懐かしい金属音が部屋に鳴り響いた。


 よ、ようやく終わったのだ……! この長かったマックスの部屋が……!


「やったぞ! キミはついにマックスに辿り着いたんだ!」


「え? もうですか? 個人的には、時間さえあればもっと“チカラ”を蓄えられると思うのですが」


 言動もラスボスっぽくなっているが、もう何も気にしない方向で行こうか。俺たちは次の部屋に向かった。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオン!!!」


 そこにはティラノサウルスがいた。なるほど、さしずめレックスしないと出られない部屋といったとこ……


「フンッ!!!」


 彼女は持っていた手斧を投げた。

 いや、アレは手斧ではない。

 普通の斧だ。

 だが、あまりにも大きくなりすぎた彼女の肉体が手斧と錯覚させたのだろう。


 投げられた斧はティラノの喉笛を掻き切り、その巨体が地に伏すのにさほど時間は要らなかった。


「さあ、次の部屋に行きましょう!」


「あ、うん」


 そして、次がおそらく最後の部屋だった。


 それは俺の最期をも意味した。


 電光掲示板には、《セックスしないと出られない部屋》と書かれているのだ。


 ああ、ここまで長かった。

 思えば、俺はこの部屋を目指してめちゃくちゃ頑張ってきたような気がする。

 でもなんでだろう、どうしてそう思っていたのかよく思い出せないや。


 だが、ひとつ確かなことがあるとすれば、


 今の彼女とセックスをするということは、それすなわち死を意味するということだ。

 肉は裂け、骨は砕け、

 行為の後には俺の面影すら残らない肉塊がベッドに染み付いていることだろう。


 いつのまにか、俺の頬には涙が流れていた。

 それは悲しみの涙ではない。

 最期に、男としての責務を果たせることへの感謝の涙だった。


「あの、ここは一体何の部屋なんでしょうか?」


 俺は振り向いた。

 眼前には2メートルを超える巨漢女子が仁王立ちしている。


 手合わせ、願う。


「どうやらここは、セックスしないと出られない部屋らしい」


 俺はそう伝えると、雄叫びを上げながら突撃していったのだった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 父さん母さん、産んでくれてありがとう。


 俺は最期に、













 男になってきます。



 〜THE END〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アックスしないと出られない部屋 マクセ @maku-se

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ