最終話 夢と現実と私

まどろみの中から私は目を覚ました。

これはいけない。と私は椅子から立ち上がり、手足を伸ばした。

事務室の外からは、トレーナーが練習生を指導する声が聞こえていた。

私は事務室を出た。


「手足がバラバラだ。踊りを踊ってんじゃないんだ。しっかり構えろ」


金髪ボサボサのトレーナーが、鏡の前でシャドーをしている入会生に指導をしていた。


「自分の姿をしっかり見ろ。手の先、足の先。そう、目の前の鏡に映る自分をしっかり見つめるんだよ」


指導を受けている入会生はまだ入会して間もなかった。


「そう。ステップは後ろ足で前に出て、前足で後ろに下がる」


入会生の動きはぎこちなかった。

しっかり構えてシャドーをしているつもりなのだろうが、どうしても自身の拳しか見えておらず、パンチを出すと身体全体が拳に引っ張られてしまい、不格好になってしまっていた。


「ひざをしっかり落とせ。拳は顔の前だ。ハトみたいにクックルクックル頭を前後に動かすな」


熱心なのはいいのだが、あれもこれもと注文をつけるのは、まだ入会したての入会生には酷ではないだろうか。と思った。

ラウンド終了を告げるブザーが響き、入会生はがっくりと肩を落とした。


「気にすんなよ。できないのが当たり前だ。毎日来てれば、少しづつできるようになっていくんだ。大事なのは鏡の前の自分を見つめることだ」


背中をポンと叩かれて、入会生はうなづいた。


「会長」


私に声をかけてきたのは、テスト生だった。

テスト生は二回プロテストを落ちてしまっていた。毎日、練習に来て真面目ではあるのだが、いかんせん結果が付いてこなかった。

テスト生は私に視線を投げかけていた。


「今日、この後、予定どうなっているんだ?」


私はその意図をくみ取り、トレーナーに声をかけた。


「リング? 今、準備させてるよ。この後、スパー」


「お願いします」


ヘッドギアとファウルカップを着けた練習生がトレーナーにグローブを渡す。

トレーナーは練習生にグローブを装着させ、ひもを結んでいった。

ひも結びのグローブは一人では着けられないので、誰かがひもを結んであげないといけなかった。


「お前も早く着けろ」


テスト生もスパーリングのためにヘッドギア、ファウルカップ、グローブを装着していった。

テスト生のグローブはマジックテープ式であるため、ひものグローブのように誰かの手を借りる必要はなかった。


「じゃあ、スパーやるぞ。2ラウンド」


テスト生と練習生はリングに上がった。

テスト生が赤コーナー、練習生は青コーナーについた。

テスト生には私が付き、練習生にはトレーナーが付いた。

ラウンド開始のブザーが鳴った。

両者は互いにグローブを合わせ、挨拶を交わした。二人の体格はテスト生が一回り大きかった。

先手を取ったのは練習生、左のジャブだった。

テスト生はガードでブロックした。


「ほら、手を出せ。先手をとれよ」


テスト生の左を練習生はバックステップで外した。


「単発で終わるな」


テスト生の続けざまの左を、練習生は頭を振って外し、サイドにステップして反撃した。

一発、二発と左右のガードにジャブを当て、三発目の左がガードの隙間をぬって、テスト生の顔面にヒットした。

テスト生は後退した。

練習生は距離を詰めて、ワンツー、ボディ、フックと連打を浴びせた。

膝が浮いているし、脇も空いていた。が、いい攻めの姿勢だった。

勢い余って、空振りし態勢を崩した。

そのスキに逃げようとテスト生は、練習生の外側に出ようとステップを踏んだ。

それでも練習生は追いすがり、ボディにアッパーを突き上げた。

みぞおちに角度良く入ったのか、テスト生の動きが止まった。

なおも練習生は態勢が崩れたまま、テスト生を逃がすまいと、身体ごとテスト生をコーナーに押し込もうとした。

しかし、体格で勝るテスト生は練習生を両手で抱え込み、身体を入れ替えた。

コーナーを背にした練習生に、テスト生の右ストレートが直撃した。

がくんと練習生の膝が落ちた。

私はすぐにストップをかけられるよう身を乗り出すが、トレーナーが首を左右に振った。

崩れ落ちるかと思われた練習生の身体が大きく弧を描き、その反動を利用して大振りのパンチをテスト生に打ち込んだ。

振り回しているだけのパンチなので、テスト生にそこまでのダメージは無いことは見て取れた。

練習生はなおもパンチを打ち込んでいった。


「おい、何やってんだ、反撃しろ! 防戦一方になるな」


私の檄が聞こえたのか、テスト生は練習生に再度ストレートを当てた。

しかし、すぐさま練習生は反撃した。

テスト生と練習生は激しく打ち合った。

しかし、技術の差、体格の差、そしてスタミナでも勝るテスト生は練習生を追い詰めていった。

スタミナが切れたのか、練習生はもはや虫の息で力なく腕を振り回すだけだった。

ラウンド終了のゴングが鳴り、それぞれのコーナーへと引き上げた。

練習生は大きく肩で息をして、コーナーにもたれかかっていた。


「テストではワンツーだ。しっかりワンツーを打っていけ。ガードを下げるなよ」


「……はい」


テスト生は私の言葉に頷いた。

2ラウンド目のゴングが鳴り、1ラウンド目と同様、パンチを打ち込む練習生を受ける形のテスト生となった。


「受けに回るな。先手をとれ。自分から行け」


私はテスト生に檄を飛ばした。

練習生は見た目にも明らかにフラフラなのだが、それでもパンチの手を緩めなかった。

トレーナーは何も言わなかった。

腕を振るだけの練習生に受けるだけのテスト生は後退した。

そして、なおも前に出てきた練習生の腹部に、テスト生はアッパーを突き上げた。

重い音が響き、練習生はリングにへたりこんだ。


「~~~~っ」


おなかを抱え、練習生はゴロゴロとリングのマットを転がりまわった。


「ストップ!」


私はスパーリング終了を宣言した。


「これでいいですよね。来月のテスト、申し込んでください。今度は必ず受かりますから」


テスト生は私にそう告げて、リングを降りた。



最終話 夢と現実と私



営業終了間近となり、ジムの中は閑散としていた。


「ありがとうございました」


練習生はぺこりと頭を下げてジムを後にした。


「いいんじゃね、かいちょー。受けさせてやれば」


気安く呼びかけるトレーナーはまるで他人事のように告げた。


「それよりさ、あいつ、いいじゃん。かいちょーもそう思うでしょ」


打って変わって、興奮気味で身を乗り出してきた。


「今はテスト生の話をしてるんだが」


私は話を引き戻した。


「どうでもいいよ。あいつ、俺とかいちょーの話、聞こうとしないじゃん」


つっけんどんに答えてきた。


「彼は毎日、来てるし、練習だって真面目にやってるだろ」


「本気でそう思ってんの、かいちょー。ほんと、かいちょーはおやさしいねー」


「バカを言うんじゃない。経営としてはプロを育てないといけない。プロあってこそのボクシングジムだからな」


「あいつ、スパー嫌いでしょ」


「スパーが好きな選手なんていないだろ。誰だって痛い思いはしたくない」


「かいちょーはどうなの」


「スパーは好きとか嫌いでするもんじゃないだろ」


「出た。都合よく他人と自分を使い分ける」


「君こそ人の話の揚げ足取りはするもんじゃない」


からかいまじりの言葉に、私は笑いながら反論した。


「じゃあ、言い方を変える。どっちが見込み、ある? 〝プロ〟として」


私は答えなかった。


「……沈黙が答え、ね。そういうことでしょ。俺はあの練習生を見るよ。将来性を見たときにどっちが有望か、わかりきってる」


私は答えられなかった。


「弱い奴を倒してイキがってる時点でお先が知れるね。なぜ認めてくれないのか、認めてもらえるにはどうしたらいいのか。それはお前が決める話じゃない。この前も試合、判定で負けて、不満を漏らしてたプロがいたけど、何もわかっちゃいない」


「君の言ってることは正論だ、正しいよ」


私は一旦、場をおさめるべく、彼の発言を受け止めた。


「かいちょーが甘すぎるんだよ。どうせ俺に見てもらえないから、贔屓ひいきだなんだとブーたれてんだろ? なんであいつばっかり。俺の方が強いのに、って」


「俺達は選手を選べる立場じゃない。アマチュアから有望な選手を持ってこれたりできる大手のジムとは違うんだから」


「へぇ、それって人の〝足元〟を見てるってことだよね。このジムは弱小だから低レベルでもプロテストは受けさせてもらえる。試合もさせてもらえる、って」


痛いところを突かれて、私は頭を掻いた。


「判定で負けたのはジャッジが間違ってる? 判定で文句言うなら倒せばよかったじゃねえか。相手を倒して、それで負けたのなら文句いくらでも言えるだろうさ」


私は苦笑した。


「テストを受けさせてほしい? 試合がしたい? じゃあ、まずはお前が俺達のいう事を聞けよ。先にお前が注文つけてくるのは違うんじゃあねえのか。なぜさせてもらえない理由を考えない」


私は何も言い返せなかった。


「このジムに夢を見るのは勝手だけど、プロの現実は甘くないでしょ。四回戦はそれでいいけど、上に上がれば上がるほど競争に晒されて、勝つのが難しくなってくるんだからさ」


さらに追い打ちをかけられた。


「ヘタクソと無神経は違うよね。確かにあいつはまだ練習生で技術もスタミナもない。けど根性はある。倒されても立ち上がって殴り返す、その根性が。今はまだ経験が無いからヘタクソなだけ。何にも問題ねえよ」


私は認めざるを得なかった。


「これからテストを受けて、プロとしてリングに上がろうって人間が、そのヒヨッコを倒したからどうだっていうんだよ? 俺達が見たいのは、俺達がお前に求めてるのはそこじゃない。それをアイツはわかっていない。無神経なんだよ、生き様ボクシングが。だからテストも受からない」


「君は結局どうしたいんだ」


「俺? あの練習生を見たいだけ。仕事としてやる以上は当然だよね。いう事聞かない中途半端なやつ、通すべきスジを通そうとしないやつなんか見る価値ねえよ」


「その熱意は買うけどな。ジム経営を考えると色々と配慮が必要なのはわかるだろ」


「だから、こうして誰にも聞かれないように言ってるでしょ、かいちょー。直接言っていいなら言うけど?」


私はため息しか出なかった。


「かいちょーはどうなのさ。かいちょーだって現役時代、色々あったんでしょ。気に食わないことがあったら、ああやってふてくされてたの」


「そんなわけねえだろ。プロはリングの上が全てだ。いちいち外野に腹立ててられるか」


さすがの私も言い返した。


「色々言われた?」


「言わせねえよ。やることやって、俺はそのうえでリングに上がってたんだ」


「その言葉、テスト生に聞かせてあげれば」


「わかるわけないだろ。プロテストすら受からないのに」


私の言葉にトレーナーはにんまりと笑った。


「……俺個人の話を一般的な話にあてはめようとするな」


言っててバツが悪いと思った私は言葉を補足した。


「つまり、かいちょーは一般的な分類にあてはまらない、ボクサーとして才能あふれる人間だった。と」


「今はテスト生の話だろ」


「練習生の話の方が大事じゃないの」


「そっちは君に任せる」


「こんなブツブツ文句言うトレーナーによく期待の選手を任せる気になるね」


「……これは上司と部下の〝意見交換〟だろ」


ヒューと口笛を吹かれた。


「そこまで言えるなら、かいちょーが指導すればいいのに」


「……俺には選手の指導はできない。知ってるだろ」


「そりゃ、そーだ。かいちょーは立派なボクサーだし。天才の言ってることは天才にしか理解できない。バカは死んでもバカのまま」


どうしてこの男は余計な一言を付け加えるのかと、疑問に思わざるをえなかった。


「試合で言えば、殴られても殴り返す。世間的な話をすれば、間違ってたらすみませんでした。と頭を下げる。お前のしたいことなんて誰も興味なんかない。結果を出さなければ、誰も興味なんて持ってなんかくれない。どうして、それができない、わからないのか」


ここぞとばかりに発言は続いた。


「ま、言わなきゃわからない奴は結局、言ってもわからないよね」


そして、お手上げの締めの言葉。


「さて、言いたいことも言ったし、今日はもう帰るかな」


「また明日、よろしくな」


私の挨拶の言葉を背中に受けて、トレーナーはジムを出ていこうとした。


「……〝彼〟、どうするんだ?」


私はふと、呼び止めてしまった。


「〝あいつ〟? どうもしないよ。俺に任せるんでしょ?」


「上司として指導方針は聞いておきたい」


「……かいちょーなら、どうする?」


「……どうもしない」


私の言葉に、振り返ってフッと笑顔を見せた。


「見守るよ。その上で伸びるところを伸ばし、直すべきところを直す。具体的には、何もしない。……必要なこと以外はね」


なんで最後に一番大事な一言を付け加えるのかと、私は疑問に思ってしまった。


「……一つだけ忠告しておく。熱意を持つのはいい。だが選手にはあまり入れ込むな。この仕事を長く続けたいのならな」


余計な一言だと、言いながら私は感じた。


「あいつが裏切るってこと?」


「一般的な話だ。世の中、うまくいかないことばかりだからな」


「今日もあいつ、倒されたよね」


「ああ」


「それでも毎日、ジムに来てるよね。体格も上で技術も上の相手に文句ひとつ言わず」


「ああ」


「あれだけフラフラになっても前に出て手を出して、殴られても殴り返してるよね」


「そうだな」


「追い詰められても相手を睨み返して、決して背中を向けたり横を向いたりしない」


「その通りだ」


「会長もわかるでしょ。あいつはいいカッコがしたいとかでボクシングをやってるんじゃない。チヤホヤされたいだけなら、あそこまでやるわけない」


私はもはやうなづくしかなかった。


「だから俺はあいつをプロのリングに上げて、勝たせてやりたい。だって勝利という事実は誰にも覆せない。絶対に裏切らないんだから」


「……がんばろうな」


彼は手で挨拶を返し、そして、ジムを去っていった。

………………。

…………。

……。


私は瞳を閉じた。

夢と現実。

ボクシングに限らず、人は皆、何かを成そうとするとき、夢を持って、その一歩を踏み出す。

かつての私もそうだった。

そして、結果として私は今もジムの会長として後進の指導にあたることができている。

夢が叶った。といえば聞こえはいいが、実際のところはどうなのだろうか。

何度も何度も現実の壁にぶち当たり、その度に歯を食いしばって立ち上がって来た。

性分なのだろうな、と正直なところ思う。

ここに来るまで、いろんなことがあった。

夢という理想を掲げ、目の前の現実に立ち向かい、そして今がある。

こうして一線を退いた今もボクシングに関われているということは、恵まれているのだと思う。

私は再び瞳を開く。

目の前には鉄球を掲げたトレーナーが立っていた。


…………鉄球?


その鉄球が振り下ろされる寸前、私は光よりも早く身をひるがえします。

大きな爆音とともに鉄球が振り下ろされた床が大きく円形に陥没していました。


「チィッ!」


全身に冷たい汗が駆け巡ります。


「どうして目を覚ますんですか」


私は水槽で飼われている金魚のように口をぱくぱくするしかありません。

私の目の前では、鎖につながれた鉄球がブオンブオンと重量感あふれる音を立てて振り回されています。

氷の微笑。

まさにそんな言葉がふさわしい微笑みです。


「よくおやすみでしたね。いい夢を見れましたか?」


さっきまで私が見ていた夢は、決していい夢といえるものじゃなかったと思いますが、みなさんはどう思われますでしょうか。


「あなたに聞いているんですよ、会長」


鉄球が飛んできます。私はそれを華麗に避けます。

鉄球は背後の窓ガラスを突き破り、そこから冷たい世間の風がジムの中に吹きすさびます。


「いったい何の真似だ。そんな鉄球なんか振り回して」


「これは鉄球ではありません。〝ハンマー〟です」


そんなトゲトゲのついたハンマーがあってたまるか。

彼の振り回している鉄球には、円錐型のトゲが付いており、とても現実のものとは思えない殺傷力の高そうな鉄球です。


「ハンマー!」


謎の掛け声とともに鉄球が私めがけて飛んできます。

ジムの床、壁、天井、ありとあらゆる設備にハンマーが打ち付けられていきます。


「アーッハッハッハ! 最終回の年末特別サービスだ! 何もかも壊してしまわないとね!」


今回はいつにも増しておかしい。

この小説が終わっても私のジムは来年も営業していかねばならないというのに。


「そして、会長。あなたにはこのボク自らが安らかな眠りをささげますよ」


それ、遠回しに命を奪う。って言ってない?


「よくわかりましたね、会長」


「そこは否定しろよ!」


「いいじゃないですか、どうせ次の回には何事もなかったように生き返ります。この世のことわりは輪廻転生。会長が死んでもまた新しい会長が」


「ふざけるな!」


「でも、このノリにちょっと安心してません?」


実際、このふざけたノリに少し安心してしまっている自分に悲しくなります。


「アーッハッハッハッハ、年末大掃除だー!」


次々と破壊されていくジム。

私はただ逃げ回るのが精一杯でした。




廃墟と化した、わがジムが目の前に広がっています。

どうせすぐに元通りになるとは言っても、さすがにこの光景はちょっと傷つくぞ。


「でも賃貸物件だったんだから、違う物件を見つければ済む話じゃないですか」


「そういう問題かよ!」


「見てください、会長。新年の夜明けですよ」


昇って来た朝日が廃墟のジムと私達を照らし出します。


「まあ、まだ大晦日おおみそかだけどな」


「夜明けですよ、会長。めでたいじゃないですか」


この期に及んで都合の悪いことは無視するのか。

だがこのふてぶてしさは見習った方がいいのかもしれません。


「新年などというものは、所詮人が作りし定めでしかありません。宇宙創世から50億年、人の生きてきた時間なんてちっぽけなものです。さざ波です。屁でもありません」


50億年は地球誕生じゃなかったか?


「そもそも大して読まれてもいないこの小説、たいていの人が読むのは年明けどころか、年単位で先、あるいは永遠に読まれない可能性の方が高いんですよ。アーッハッハッハ」


笑ってはいますが、心の中で泣いているのは間違いありません。

好きの反対は無関心。相手にされないことほどつらいものはありません。


「さあ、行きましょうか、会長。みんなが会長を待っています」


「そうだな」


私は立ち上がります。朝日に向かって駆け出す、希望のエンドマーク。

ここに至る流れは正直、適当極まりない流れですが、終わりよければ全てよし。


「そうですよ、会長。所詮、自分達は選手には何もしてやることができないんです。温かく見守ってあげましょうよ」


どこかで聞いた言葉。ただ実際、何もできないのはその通り。


「俺が指導すれば強くなれる、とか言うのは指導者の傲慢ですからね。選手は元々自分の力で強くなれるもの」


「そうだな、指導者は選手に夢を見てはいけない。俺達は選手を信じて見守っていこう」


「選手はジムの資産であり、ビジネスの商材。大切に扱っていかないとですからね」


「お前はもうちょっと夢を売ろうという気にはならんのか」


「夢じゃあご飯は食えませんよ。現実はお金がなければ何もできません」


身につまされる話だ。どこかに現実を突きつける部下に対する上司の悩みを聞いてくれる人はいないものか。


「走りましょう、会長。明日に向かって走りだせば、嫌なこともとりあえず忘れられますよ」


「言い方!」


だが、立ち止まってぶつぶつ言っても現実が変わらないのはその通り。

私は昇る朝日に向かって駆け出します。

生きていれば苦しい事、楽しい事、悲しい事、そして嬉しい事もあります。

ボクシングジムの経営だってそうです。辛い事ばかりじゃありません。

もちろんこの小説のように遊んでばかりでもありません。この小説はあくまでフィクションです。

もし、みなさんのお近くにボクシングジムがあったのなら、ぜひ一度見学に伺ってみてください。

きっと世間一般のイメージと違って、温かく優しく迎えてくれることでしょう。

もちろんボクシングという競技には楽しいだけでない、つらい道のりも待っています。

でもそのつらい道のりを越えた先には〝勝利〟が待っているのです。

ぜひ一度、ボクシングジムの門戸を叩いていただければ幸いです。

しかし、この小説を読んできました、とは決して言わない方がいいでしょう。

それではみなさん、また逢う日まで。



ボクシングジム会長こと私です。  完

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ボクシングジム会長こと、私です。 西川悠希 @yuki_nishikawa

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