第5話 けれど幼児は偽らない


 馬が泡を吹き始めた頃、アウロアは馬を止め、仕方無しに近くの宿屋に馬を預け、イリーシアの元に向かった。

 けれど、その途中に花屋を見かけ思わず足を止めた。


 いつもイリーシアのところに向かう時は、花束を抱えて訪れていた。

 アウロアは首を振って歩を進めようとしたが、何故か酷く気になる花があった。

 ……一つはフリージア。イリーシアが好きだった。

 もう一つは薔薇。

 いつも香っていて、鼻にこびりつくような感じがして……好きじゃないのに……何故か気になった。


 一度踵を返し掛けたアウロアだが、思いとどまり、フリージアの花を小さな花束にして貰った。



 ◇



 花を握りしめて正門から入るアウロアに、屋敷の使用人たちは騒然とした。

 先触れも無い訪問。

 けれど、アウロアとイリーシアが婚約者だった事は皆知っている事だ。それでもあの厳しい両親に見咎められれば追い払われる覚悟があったが、今のアウロアには怖いものなど何も無かった。


 やがて屋敷の奥から慌しく駆け寄るイリーシアの姿が見え、アウロアは目を細めた。

 考えてみれば夫の不在に昔の男が訪れているのだ、不躾にも程がある。

 それでも────


「イリーシ……」


「お父様!」


 元気な声に阻まれ、また声と共に明後日の方向から飛びつかれ、アウロアは固まった。


「は……?」


 目の前でイリーシアが目を丸くしているが、恐らく自分も相当呆けた顔で彼女に写っているだろう事は、容易に想像が出来た。

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