第27話 雷梅の目的

 潘紅玉はんこうぎょく水晶すいしょうにもたれ掛かると目を瞑り、急に弱々しくなってしまった。

 賊の2人が点けていた小さな焚き火のそばへ、水晶は潘紅玉に肩を貸しながら運んだ。明かりはその焚き火だけで、周りは漆黒の闇に包まれている。

 水晶は自分のローブを脱ぎ、クルクルと丸めると硬い地面に置き、それを枕代わりにして潘紅玉を寝かせた。すると潘紅玉はすぐに寝息を立てて眠ってしまった。“火のいしずえ”を使い過ぎた事でかなり体力を奪ってしまったようだ。

 剥き出しの腹に潘紅玉自身が纏っているローブをかけてやる。


 水晶は潘紅玉の寝顔を静かに眺めた。


 目の前には一言も口を利かなくなった雷梅らいめいが銀色の三節棍を首に掛け口元に指を添えてソワソワとしている。

 近くで改めてその撈月甲ろうげつこうを見ると、潘紅玉ものとはやはりデザインが異なるようだ。黒を基調とした装甲に金色の飾り。篭手には無数の通気孔のような穴は空いておらず至ってシンプルなデザインだ。

 その中でも一際水晶の目を引くのは、なんと言っても露出度の高さだ。潘紅玉の露出も際どいが、雷梅の露出はさらに際どい。ほとんど隠れていないような格好でよく堂々と外を歩けるものだとつくづく思う。

 潘紅玉が付けているようなマントは付けていない。


「あ、あの」


 気まずさに耐え切れず、何も話さず突っ立ったままの雷梅に水晶は話し掛ける。


「はい……」


 その返事に水晶は目を見開く。先程三叉路で見た雷梅は乱暴で凶暴で、とにかく敬語などは話さない女だったはずだ。ついさっきも賊を追い回しながら凶暴な言葉を吐いていた。故にその弱々しい返事は誰か別の者がしたのかとさえ思った。


「どうして潘さんと一緒に私を助けに来てくれたんですか? 雷梅さんは潘さんと闘っていたはずなのに」


 雷梅は顔の横に垂れる黒髪を指で弄る。目は泳ぎ水晶を直視していない。


「あ、えっと……潘姉はんねえさんは……火の礎を見せてくれました……それで、本物の橙火焔とうかえん潘僑零はんきょうれい様の子孫だと分かったので……忠誠を」


「あ……な、なるほど……えっと……あの、雷梅さん。さっきまでとは随分印象が違うのですが……」


 潘紅玉に忠誠を誓ったという事よりも、自分以上にオドオドしている雷梅の様子の方が気に掛かり水晶は顔をしかめる。


「……それは……あたし……ひ、人見知りなので……」


 真っ赤にした顔を背け、雷梅は髪を弄る指の動きをより一層早めた。


「人見知り……? それにしてはさっき峨山賊がざんぞくの2人には凄く饒舌に暴言を浴びせてましたよね。とても人見知りとは思えませんでした」


 見ないようにしていた雷梅が殺した賊の死体が気になり目で探したが、幸運にも焚き火から離れたところにあるようで水晶の視界には入らなかった。


「賊は……どうせ殺すから話す事なんて考えなくていいのですが……貴女は潘姉さんの連れだから……どういう関係かは知りませんが殺すわけにはいかないので……気まずくて……ごめんなさい」


 サラッと恐ろしい事を言う雷梅に水晶はサーッと血の気が引くのを感じ唾を飲んだ。潘紅玉の連れでなければ殺されていたようだ。

 雷梅という人間は、極度の人見知りだが、会話をする必要がない相手に対しては罵声を浴びせて最終的には殺してしまうから気にしない。しかし、殺す理由がない相手との空間は堪らなく苦手らしく、話し掛けられない限り言葉を発する事はないのだろう。つまり、雷梅がこのような態度の時は雷梅が水晶を襲う事はないという事だ。

 ならば無理に話を振るような水晶の気遣いは逆に迷惑だったかもしれない。


「とりあえず、座ってください」


 水晶が言うと、雷梅はストンと焚き火の前に腰を下ろし膝を抱えた。

 暗闇の中から潘紅玉の愛馬の烈火も顔を出し、主が寝ている横に脚を折った。


「水晶……さん」


「はい、あ……敬語はやめてください。私は貴女より歳下だと思います」


 雷梅はブンブンと首を振った。それが歳上である事に対する否定なのか、敬語をやめる事に対する否定なのか、水晶には分からなかった。


「潘姉さん……大丈夫でしょうか?」


 その言葉で先程の否定が敬語をやめる事に対する否定だと分かった。


「多分……今は疲れて寝てるだけだと思います。特に熱があるってわけではなさそうなので」


 水晶は隣で寝ている潘紅玉の額に手を当てて言う。


「そう……ですか。なら良かったです」


「雷梅さん、これからどうするんですか? また千馬道せんばどうで山賊狩りを続けるんですか?」


「いえ、もうその必要はなくなりました」


 今までオドオドしていた雷梅が急にしっかりとした話し方になったので、水晶は小首を傾げる。


「どういう事でしょう?」


「あたしは好きで山賊狩りなんかやってたわけじゃありません。あたしは探していたんです。あたしと対等に闘える人を」


「それは……どうしてですか?」


「姉貴を……姉貴を助ける為。その為にあたしは千馬道を張っていました。あの道は馬が千頭も行き来する程に賑わう街道だと聞いたので……でも、通ったのは峨山賊ばかり……だから、殺し続けただけです」


 雷梅は悲しそうな目をしながら、首に掛けた三節棍をギュッと握り締めた。


「お姉さんというのは、峨山賊に捕まっているんですか?」


「違います。姉貴……費煉師ひれんし曼亭府まんていふの軍が管轄する牢獄に囚われています」


「え?? お姉さんは軍に捕まってるんですか??」


「はい。だから強い仲間が必要だったんです。……それで、ようやく見付けました」


 雷梅は眠っている潘紅玉を目を細めながら見て言った。


「……潘さんにそのお姉さんの脱獄を手伝わせる……って事ですか?」


「そうです」


 はっきりと答えた雷梅から水晶は目を逸らし俯いた。峨山賊に捕まっている者を助けるならともかく、軍に捕まった者の救出となると色々な意味で難しくなってくる。それを雷梅は理解しているのか……そう思った時、雷梅は急に立ち上がった。


「詳しい話は潘姉さんが起きたらします。まずは……腹ごしらえをしましょう。賊から奪った干し肉があります」


 雷梅は自分の馬を指笛で呼び寄せると、括り付けてあった荷物の中から干し肉を取り出して水晶に差し出した。


「なら、私は相徳鎮しょうとくちんで貰ったおやきがあります。交換しましょう」


 水晶は烈火に括り付けてある自分の荷物からおやきを2枚取り出すと1枚を雷梅の干し肉と交換した。


 その夜、潘紅玉は目覚めず、あまり盛り上がらない女2人の会話だけが、寝付くまでの間続いた。

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