第26話 豪焔

はんさん!!」


 待ち焦がれていた人。オレンジ色の髪の毛、灰色のローブ、肌を大胆に露出させる撈月甲ろうげつこう潘紅玉はんこうぎょくだ。やはり来てくれた。嬉しさと安堵から水晶すいしょうはその場で泣き崩れてしまった。

 すぐに馬は水晶の横で止まり、馬の主が地面に下りた。


「水晶……ごめん。大丈夫?」


「潘さん……」


 嗚咽が漏れてまともに喋る事の出来ない水晶を見て潘紅玉は片膝を突き、そっと脚に引っかかった下着を穿かせてくれた。

 泣きじゃくる水晶の頭を潘紅玉は黙って優しく撫でる。



「はははは! 逃げろ逃げろ虫けらー!!」


「勘弁してくれ! 俺はまだ何もしてない! やったのはあいつだ! 宗俊そうしゅんだ!」


 馬で逃げようとする上半身裸の李慶りけいを、高笑いしながら追い回しているのは雷梅らいめいだった。雷梅は馬上で銀色の三節棍を振り回し李慶を執拗に追い回す。


「黙れ! 虫けら! お前が賊である事に変わりはない! 死にたくなかったらこの銀棍閃ぎんこんせん・雷梅様から逃げ切ってみろ!」


 雷梅は李慶の馬の横の地面を背後から三節棍で叩き驚かせ、思い通りの方向へ進めないようにしてからかっている。



「ちぃ……何でお前ら2人が組んでんだよ?? お前殺されたんじゃなかったのかよ」


 頭や服から白い煙を上げている宗俊が後退りながら苦虫を噛み潰したような顔で言う。

 潘紅玉は黙って立ち上がると宗俊へと近付いていった。


「女の分際で! やろうってのかよ! 撈月ろうげつの子孫? はっ! 頭湧いてるよな。山賊狩りもそうだ! いきがってる女ってのは、自分は撈月だとかぬかして男に勝てる夢を見てる奴しかいないんだな! 非力な女のお前が、男の俺に勝てるのかよ!?」


 宗俊は懐から短刀を取り出し潘紅玉に向けた。


「貴方のような考え方の人間がいなくなれば、どれ程この国は良くなる事か」


 潘紅玉は剣さえ抜かずただ宗俊へと詰め寄る。


「来るな! 殺すぞ!」


「貴方のような人に私は殺されません」


「こんのぉ!! 舐めるな!!」


 宗俊が短刀を突き出した。潘紅玉はそれを僅かに身体を動かしただけで躱し、宗俊の手首を掴むと脚を払って地面に叩き付けた。そしてすかさず鉄靴てっかで宗俊の右腕を踏み潰す。

 ボキッと鈍い音をさせて腕の骨は折れた。


「うあああ!!? くそぉ!! 折りやがったな!? 俺の腕を!!」


 怒りと痛みで絶叫する宗俊。しかし、すぐに立ち上がると潘紅玉の横をフラフラと走り抜けて逃げ出した。


「覚えてろよ、クソ女!! 必ず復讐してやるからな!!」


「誰が逃がすと言いましたか? 私は貴方を絶対に許さない。全良な民だと言い私達を騙し、そして、水晶に手を出した」


 潘紅玉は怒っている。風は吹いていないのに髪やローブやマントがフワッと揺れ、潘紅玉の周りにだけ何か不思議な力が働いているようなそんな感じだ。

 森の方へと遠ざかる宗俊。潘紅玉は静かに右の拳を宗俊の背中へと向ける。


豪焔ごうえん黒滅火龍炎舞こくめつかりゅうえんぶ


 潘紅玉の静かなる口上と共に、右手の篭手の穴から凄まじい勢いの焔がまるで龍の如く無数に噴き出した。一瞬にして暗闇に光を与え、無数の火龍は地面を焼きながら宗俊へとあっという間に追い付くとその周りを取り囲み、悲鳴さえも焼き尽くしその身体を真っ黒な炭へと変えてしまった。水晶が知っている火の礎の技の勢いとはまるで違う。より速くてより熱い。そして焔の量も比べ物にならないくらいに多く、人1人に使う技ではないように感じた。


終焔しゅうえん


 潘紅玉が攻撃の終わりを宣言すると、地面を焼いていた焔は潘紅玉へと集まり、次々に篭手の穴へと消えていった。

 明るかった大地はまた暗闇に戻った。


「潘さん、また助けてもらっちゃって……私……」


 水晶は潘紅玉の隣に来ると弱々しい声で言った。


「いいよ。水晶を守るのが私の役目。今回もまた怖い思いさせてごめんね。酷い事……されちゃったよね……」


 水晶は黙って俯いた。

 潘紅玉は謝ったが潘紅玉は何一つ悪くはない。悪いのはこんな時代に弱いままの自分なのだ。


「潘さん……私……」


潘姉はんねぇ! もう1匹も仕留めて来ました! 生け捕りにしようかと思ったんですけど、つい殺しちゃいました」


 言いかけた水晶の言葉は元気な声に遮られた。李慶の遺体を引き摺り馬で戻って来た雷梅は潘紅玉を見てニコリと微笑んだ。

 水晶が知っている先程までの凶暴な雷梅とはまるで別人だ。


「賊は生け捕りにする必要はないよ。ありがとう」


 そう力なく笑った潘紅玉は突然足元から崩れて地面に座り込んだ。


「潘さん!? どうしたんですか!?」


 水晶はすかさず潘紅玉の両肩を支える。

 雷梅も慌てて馬から下りて来た。


「大丈夫……ちょっと礎を……使い過ぎちゃっただけ……」


 潘紅玉はそう言うと水晶にもたれかかった。顔は火照り荒い呼吸をしている。それがどうも水晶には色っぽく見えた。

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