第36話

 


 


 


「アンジェリカに魅力がないですとッ……。国王陛下からの直々の命令でしたので、侯爵様とアンジェリカの婚約を進めてまいりましたが……、アンジェリカが不幸になるのなら、私どもは一生貧乏伯爵のままで構いません。侯爵様、アンジェリカとの婚約はなかったことに……。」


「なかったことになど出来るわけがないだろうっ!!アンジェリカとの婚約は私から陛下に何度も何度も何度も頭を下げてやっと許可されたのだ。それを今更白紙に戻すなどできないっ!私にはアンジェリカしかいないのに。」


 普段、温厚なお父様が声を荒げた。そうして、侯爵に婚約は解消するようにと持ち掛けた。


 本来であれば、高位貴族に対して下位貴族であるお父様が婚約を解消するなどと言えるはずがない。仮に言ったとしたならば高位貴族から敵意をもたれ、社交界にいられなくなることも珍しくはないだろう。


 それなのにも関わらずお父様が侯爵に婚約の解消を願い出たことに私は不覚にも嬉しく思った。だが、お父様の言葉を間髪入れずに侯爵は却下した。


 侯爵の言葉からは侯爵が望んで私を婚約者にしたと受け取ることができる。しかも、侯爵が国王陛下に何度もお願いしたという。にわかには信じることができない。


 だって、私は今まで侯爵に会ったことがないからだ。


「そんなにもうちの娘を気に入ってくださっているのなら、どうして魅力がないなどと平気で娘のことを傷つけるのですか。」


 お母様が声を絞り出して侯爵に問いかけた。


 というか、侯爵が私のことを気に入っている?そんなことはあり得ないと思う。だって侯爵は初恋の女性を探しているのだから。


「魅力がないということは素晴らしい。私の呪いが発動しない。アンジェリカのご両親であるキャティエル伯爵夫妻だから教えるが、私には呪いがかかっているのだ。」


「は、はあ。噂は真でしたか。」


「噂では聞き及んでおりますわ。」


 急に自信の呪いについてカミングアウトしてきたので、お父様とお母様の表情が少し焦る。まさか、呪いのことをここにきていきなり打ち明けるとは思ってもみなかった。


「そうか。知っていたか。して、私の呪いがどんなものかは知っていたか?」


「さすがにそこまでは……。」


「人前に出られなくなる呪いとしか……。」


 侯爵の呪いがどんなものなのかは社交界に出回ってはいない。だからお父様とお母様も侯爵の呪いがどんなものだかは知らない。


「そうか。私の呪いはとても強烈でな。夜になると目に入った女性に理性を無くして襲い掛かるというものなのだ。年齢問わずだ。だが、こうしてアンジェリカを視界にいれてもそういった衝動がおきない。これは、アンジェリカに女性としての魅力が足りないということであり……。」


「失礼ですわっ!!年齢問わずと言ったではありませんかっ!それは子供も含まれているのでしょう?私の魅力は子供以下ということですかっ!!」


 侯爵の言葉をさえぎって思わず声を荒げてしまった。こうも何度も何度も魅力がないと言われると悲しものがある。しかも、子供よりも魅力がないというのは、女性として明らかにまずいだろう。侯爵はどこまで私を傷つければ気が済むのだろうか。


「あ、いや。その、アンジェリカはとても魅力的だ。私にとっては。すまない。アンジェリカが怒るようなことではない。私にとってアンジェリカは唯一無二の存在なのだ。」


「はぁ……。侯爵様。もうしばらく見物していようかと思いましたが、いい加減アンジェリカが可哀想になってまいりました。侯爵様にかけられている呪いは魅力的な女性か否かという問題ではございませんわ。」


 会話が堂々巡りになりそうになったところで、見かねたローゼリア嬢が割って入ってきた。ローゼリア嬢は綺麗な顔を少しだけ歪めてため息まじりに侯爵の呪いについて説明をしだした。


「侯爵にかけられている呪いは、侯爵に恋慕を持っているものに対して襲い掛かるようになっております。つまり、アンジェリカのような魅力的な女性でも侯爵に恋愛感情を持っていなければ、アンジェリカは襲われることがありません。ですから、侯爵はキャティエル伯爵夫人にも襲い掛からなかったですわよね?」


「うっ……。アンジェリカが私に恋愛感情を持っていない、だと……。わかってはいたが、わかってはいたが、改めて言われるとキツイものがあるな。」


 そう言えば、侯爵はお母様には襲い掛からなかったなと思い出す。でも、ローゼリア嬢には襲い掛かっていたということは、ローゼリア嬢は侯爵のことが好きだということ?あれ?でも、それじゃあなんで今はローゼリア嬢に襲い掛からないのだろうか。


「ローゼリア嬢は侯爵様のことがお好きなの?お屋敷で襲われてたじゃない。今は平気なようだけど……。」


 気になったことは口に出したくなる性格なため、思わずローゼリア嬢に問いかけてしまった。


「いえ。まさか。そのようなことはないわ。だって、私が侯爵に呪いをかけたのだもの。人間には不思議なフェロモンがあるの。この人いいなぁとかちょっとした憧れの気持ちでも感じると発するフェロモンがあるのよ。侯爵様はそれに反応なさって襲い掛かるのよ。でね、私はそのフェロモンを自由自在に扱うことができるわ。だから、アンジェリカの前で侯爵の呪いがどういうものか見せることだって簡単なことよ。」


 そう言ってローゼリア嬢は私に丁寧に説明してくれた。その様子はどこか自慢気でもある。侯爵にかけられた呪いが凄いことを語る口調はまるで、侯爵に呪いをかけたのがローゼリア嬢のように思えるほどだ。


 ……あれ?


「あれは侯爵様がまだ小さいころの話だわ。侯爵様が私の大事にしていた庭に迷い込んできて、あろうことか私が大事にしていた虹の花を踏みつぶしたのよ。私もまだまだ若かったのね。許せなくて思わず開発中の呪いをかけてしまったの。」


 うん?本当に、ローゼリア嬢が侯爵に呪いをかけたの?


「お前だったのかっ!!?」


「あら。うふふ。気が付かなかったのかしら?」


 どうやら侯爵もローゼリア嬢が呪いをかけた張本人だとは知らなかったようだ。そうだよね。だって、ローゼリア嬢は私と同い年くらいの見た目だもの。っていうか、もしかしてローゼリア嬢が侯爵家にいたのってもしかして侯爵の側で侯爵の呪いの状況を観察するため?


「今すぐ呪いを解いてもらおうかっ!」


 侯爵はズイッとローゼリア嬢に一歩詰め寄る。ローゼリア嬢は「うふふっ。」と笑いながら、侯爵から一歩距離を取った。


「呪いの解き方はしっているのでしょう?初恋の相手とキスをすればいいだけのことよ。私も若かったもの。定番の解呪方法で呪いをかけてしまったわ。」


「それは……知っているが。だが……。」


「ちょうどいいじゃない。アンジェリカは貴方の目の前にいるわ。アンジェリカにキスをしてもらえばいいのよ。簡単なことでしょ?」


 え?ちょっ……なにそれ!?なんで私なの!?


 ローゼリア嬢の発言に私は思わずうろたえてしまう。そうして、侯爵の姿を目にいれて思わずボンっと音がするほど顔を赤らめてしまった。


 だって、今のローゼリア嬢の発言から推測すると、侯爵の初恋の人は、もしかして、私……?


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


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