第11話 九匹目
叔父のネコ捨ては続く。九匹目でとうとうボス猫に遭遇したようだ。
―――九匹目の猫は黒猫。昨夜『フギャァー!』と唸っていたのはこいつだろう、捕獲器の中で大暴れしたのか抜け毛だらけだった。発見して思わず「大きいなぁ」と言ってしまった。この辺りのボス猫だと思われる非常に大きい体をした凶悪な面構えの猫、○○さん宅の前で寝転んでいた黒猫で間違いない―――
よほど凶暴な猫だったらしく、滅多な事で驚かない叔父が驚く様子が記録されていた。
―――大変凶暴で恐ろしい猫だった。いつも通り捕獲器ごとトロ箱へ入れて運ぼうとしたのだが、激しく威嚇をしてきたので思わず後ずさりしてしまった。気を取り直して運ぼうと捕獲器の取っ手を持とうとすると、指先を引っかいたり噛みついたりして来る。とりあえず皮手袋をはめて移動させた。カゴを置いてった場所は黒い毛が積もっていた。パニック状態で暴れたのだろう。とにかくフーフーと興奮状態で大暴れをする。仕方が無いので川に入れて弱らせることにした―――
「いや、叔父さんそれはダメだ」
叔父の家の裏には小川がある。冬になると上流のご近所が雪を流すからそうとう冷たいはずだ。そこへ猫を沈めるなんて大丈夫なのだろうか。
―――水量が少なかったので立てば溺れる事は無いと思う。水が嫌なのか大暴れしていたが、諦めたのかこちらを睨んで唸っている。反省の様子が見られない。しばらく水牢で反省してもらう―――
一番反省しなければいけないのは猫を捨てまくっていた叔父だと思うのだが。
―――ウッカリ二日間浸けっ放しだった。反省反省―――
「二日も水に浸けたんかい」
酷い話だ。ボス猫らしき黒猫が不憫でならない。また数十キロ離れた所へ捨てに行くのだろうか。日記を読み進める。
―――いつもの様にY湖へ行く途中、生まれ故郷を惜しむ様に隣の市との境界で「マウ~」と鳴いた。今まで散々我が家に迷惑をかけたのだから仕方がない―――
叔父は沈めて命を奪うことまでは考えていなかったようだ。結局今回も数十キロ離れたY湖まで捨てに行ったらしい。
―――Y湖に着いて捕獲器の蓋を開けると脱兎のようにすっ飛んで行った。だが慌て過ぎたのかY湖へ飛び込んでしまった。桟橋で湖に向かって蓋を開けたのが悪かったのかもしれない―――
「いや、最初から湖に落とすつもりだったでしょ?」
―――よほど慌てていたのか私を恐れていたのか湖を泳ぎ始めた。猫の癖に犬かきとは器用に泳ぐものだ。だが十メートルほど泳いで対岸まで泳げないと察したのだろう。引き返してきた―――
「猫って泳ぐんだ、よほど叔父さんが怖かったに違いない」
叔父は『日本みたいに食うもんが食えんほどボロクソに叩きのめされたら二度と戦争しない』が持論な人だった。帰ってくることが出来ないであろう場所に猫を捨てるのはその辺りが理由だろう。
―――岸にたどり着いたと思ったら湖の傍らに立っている樹に登った。猫が樹に登る様子を見るのは初めてだ。試しに小石を投げたらどんどん上の方まで登って行った―――
「猫って樹に登るのは得意だけど、降りるのは苦手じゃなかったっけ?」
―――降りる様子を見たかったのだが、寒くなってきたので帰ることにした。熱いラーメンでも食べてから帰ろうと思いつつ車を走らせると良さ気なラーメン屋を見つけた―――
「降りるに降りられなかったんだろうなぁ」
この黒猫が叔父宅で悪さをしていた主犯格だったようだ。この後しばらくの間、植えたばかりの苗を掘り起こして糞をされたり、車庫で車にマーキングをされたりは無くなったようだった。だが悪は次々と現れるもので、数か月後に再び叔父は愛用の捕獲器をセッティングしたのだった。
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