市民プールで、ブヒる姫

 俺たちは、市民プールへ遊びに来ている。


「いえーい! 今日は張り切っていこーっ!」


 ブルーのラッシュガードパーカーに白いヒモビキニという大胆なスタイルで、音更さんは世の男子の視線を釘付けにしていた。


「わたしたちまで、よかったんですか?」


 ミミちゃんの水着はタンキニだ。ピンクに白の水玉という、愛らしい柄である。胸元とスカートにあしらっているフリルもカワイイ。


「いいのいいの。チケット余ってたんだから」


 そういうのは、多聞先生ご夫婦だ。なんでも、先生がくじ引きで、市民プール利用権を手に入れたという。つまり名目上は部活動ともいえる。


「こんにちは、多聞先生。はじめまして奥さん」


「あだー」


 奥さんではなく、チビのお嬢さんがあいさつをしてくれた。


「すいません、車まで出してくださって」


 俺が頭を下げると、奥さんは手をヒラヒラさせる。


「いいんですよ。七人乗りの車だから、ちょうどいいわ。こんなに大勢と遊ぶのは、子どもにも刺激になります。今日はよろしくお願いしますね」


「あだー」


 お子さんを抱きながら、多聞先生の奥さんが笑顔を見せた。


 この人が、音更さんのお姉さんか。若いなぁ。

 

 だが、さすがに感性は妹と違う。上こそ妹とおそろいの水色ラッシュガード、下は奥様らしく露出を抑えた膝丈の短パンである。

 

 とはいえ、スタイルの良さはさすが姉妹と言ったカンジだ。


 子どもを抱いた音更姉を見ていると、音更さんもいつかは……。


「こらー。お姉ちゃん見て、鼻の舌伸ばさないでほしいんですけどー」


 腰に手を当てながら、音更さんが俺をたしなめる。


「違うよ。子どもかわいいなっーて」


 笑ってごまかす。


「この子は宝石だよー。ねー」


 音更さんが、幼い姪のホッペをツンツンとする。


「わたしたちも早く子ども作りましょうねー先輩っ」


 ミミちゃんが、進藤に語りかけた。


「いやいやお前の方が子どもだからな」


 進藤はつれない。


「じゃあボクたちは子ども用プールで娘を遊ばせてるから、何かあったら呼んでくれ」


「はーい。じゃあ行きますか!」


 真っ先に、音更さんが消毒用シャワーをかぶりに行った。


「ぎゃーっ! 痛い冷たい!」


 シャワーを浴びて、音更さんが女性らしからぬ悲鳴をあげる。


「大げさだってギャーッ!」


 笑っていると、音更さんに腕を引っ張られた。


 俺は音更さんとぶつかってしまう。


 ポヨンという圧力により、俺はわずかに弾き飛ばされる。


「あはは。意外とドジだね、棗くん」


 誰のせいだっての。


「ところでさ、ASMRの部活なんだよな。どんな音を聞かせてくれるんだ?」


 二人でプールに入った。


「実は、これ!」


 音更さんが取り出したのは、大きなワニの浮き輪だ。


「この目一杯膨らませたワニくんが、いい音を出すんだよー」


 試しに、俺はワニに耳をそばだてる。


「いくよーいい音出すから」


 俺の隣に並んで、キュキュッと音更さんがワニを摘まむ。


「おお、水と反響し合って、独特の音が生まれるんだな」

「でしょー」


 こんな身近にも、癒やされる音があったとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る