4.ダラシーノ・カフェ


 出版社との話し合いはとんとんと進んでいった。

 SNSで特に『いいね』が多かった写真を中心に収録することになった。


 まだアップしていない写真で、これは収録しておきたいという秘蔵があれば見せてください――と言われ、葉子はSNS未公開のデータをざっと眺めている。

 ちょうど、篠田ともども休憩時間。給仕長室でデータを確認している葉子にと、冷たいレモネードを彼が持ってきてくれた。

 篠田が持ってきてくれるドリンクはどれも極上で、葉子はいつしか『篠田カフェ』と呼ぶようになっていた。


「今日もおいしいです。篠田カフェ」


 ほっとするひとときであって、葉子の楽しみになっていた。

 篠田もデスクを占領された時は、ちいさな丸椅子に座って、葉子のそばで休む。


「どう。写真の候補」

「だいたい決めました……」


 自信のない答え方になってしまっていた。

 篠田はそんな葉子の様子などすぐに見抜いてしまう。


「すっきりしていない言い方だね」

「はい。迷っています。あとひとつ」

「先輩の遺作のことだね」


 葉子も頷く。そこは編集部もさらっと触れてきた。『遺作はどうされますか』と。担当さんには事情を説明済みで、遺作を撮影しながら逝去したことを伝えると、あちらもなにか感じ取ってくれたのか、あまり踏み込んでこようとはしない。でも忘れていないようで、権利を管理している十和田親子側の判断を様子見しているようだった。たぶん、出版的には遺作を掲載することが、販売的にもインパクトが出て『うり』になるのだろう。

 だが、その人が『死を迎えた瞬間』を掲載することになるのだ。

 第三者の出版社が推したとなるよりは、権利者である十和田側から推してきたから掲載したという経緯が欲しいのだと葉子は予測する。もちろん、権利を持っている自分たちがいちばんに判断すべきこと。そこをそっとしてくれているのは感謝している。


 それは篠田も見通していた。


「ハコちゃんチャンネルでは、尊敬する上司のために教え子が頑張っていることが惹きつけている形だけど、まさかハコちゃんが毎日唄っているそこで師匠が亡くなったことは画面の向こう側の視聴者は知らないし、知ったら知ったで衝撃を受けるだろうね。そして、ドラマを感じる人も多く出てくるだろう。それと同じ。写真集では、先輩の死の瞬間――というセールスになると思う。そこをハコちゃんが容認するかどうかだ」

「ふんぎりがつかないんです。肉親の死を利用しているよな気がして」

「じゃあ、先輩がもし生きていたら、なんて言いそうかな」


 篠田の問いに、葉子もレモネードを飲みながら、ちょこんと首を傾げて考える。


「これは僕の、エゴ」

「俺もそう思う。ハコちゃんも先輩の死を利用してチャンネル閲覧数を上げたと言われたことがあるでしょう。それをはねのけたのは何故」

「気になりませんでした。とにかく、唄い続けたかった。それから、秀星さんの写真に少しでも気がついてほしかったから」

「そんな自分のことを、ハコちゃんはどう思っている?」


 これも答えは決まっていた。


「エゴでした。確かに、まわりの雑音は気になりませんでした」

「その心構えが続けば大丈夫。続かないのなら辞めた方がいい」


 大人の男、信頼をする上司の言葉に、葉子も心の整理がついていく。


「ありがとうございます。給仕長」

「はーい、禁止ね。プライベートでは給仕長とか敬語とかいりませーん」

「いま仕事中ですもん」

「休憩中ですがな」

「それも仕事中ですよね、蒼さん」


 そう呼んだら、また篠田がきらきらっとした笑顔ではしゃぐ。


「そうそう。そう呼んで!! ハコちゃんの声で呼ばれるの好き!」


 ふたりきりのときは、すっかりダラシーノモードになる彼と、いつのまにか一緒にいることが多くなった。


「明日はなにを唄うのかな。ハコちゃんは」

「うーん、BENNIE Kの『モノクローム』ですね」

「その曲、あとで聴かせて」


 こうして休憩時間に、明日の動画撮影の打ち合わせをするようにまでなっていた。

 父は『仕事も動画活動についても、蒼君に任せてるから。おまえ、ちゃんと給仕長のアドバイスを聞いておけよ』なんて言っている。

 ずっと前。父は秀星に娘を頼むと預け、社会人として生きていけるようにと秀星が叩き込んでくれた。父が信頼している男だから預けたのだろう。どんなに秀星が手厳しく葉子に指導をしていても、父は黙って見て見ぬ振りをしていた。

 今回もおなじ? 篠田に『給仕の仕事は身についてきたが、実家とか親元で働いている分、まだ世間に疎くて――。頼むよ』と言っているらしい。だから『大人の、師匠の、指導役の、判断をきちんと知っておけ』と、篠田の意見や、責任ある立場の視点を学べ、参考にしろと思っているらしい?


 そのせいか、篠田はいつも葉子のそばにいる。

 そして葉子も気を許すようになってきた。


 父も写真集出版は喜んでいる。秀星がアパートで管理していた小田原のご両親の位牌も十和田家でともに管理しているが、その仏前に供えてやるんだと言っている。ただ、『死の瞬間』でもある遺作については父も判断しかねている。かといって『葉子に任せる』とも今回は言ってくれない。

 最終判断は、法的には特別縁故者として認定されている父にあった。葉子も最後に自分が判断したことと、父親が判断したことが食い違っても、特別縁故者の最終判断に従うことにしている。




「今日は、もうすぐこんばんは。ですね。夕方の撮影となりました。大沼の睡蓮ももうすぐ終わりですが、まだまだ見頃です。大沼公園では、ピンク、白、あと珍しい黄色もみられます。朝の清々しい空気のなかの凜とした睡蓮も美麗ですが、夕日が沈むときのひっそりとしたしとやかさな姿もオススメです。今日はその夕の睡蓮をお届けします。カメラマンのダラシーノさんが撮影してくれますので、お楽しみください。本日はリクエストから、BENNIE K『モノクローム』です」


 散策道の奥にある人が来ない場所でも撮影をするようになった。

 『アオイ』の提案だった。


『葉子ちゃん。あの場所が特定されるのは時間の問題だよ。あの場所にこだわるのか、チャンネルを続けることにこだわるのか。どちらかよく考えて』


 蒼はいつも、こう思うならこの判断でその先にはこのような出来事がおこるだろう、こちらの判断ならこうなる――と、選択肢を示したうえで、ハコに判断をさせ、見通しをたたせてくれた。


 葉子はあの場所にこだわりはあるが、まだチャンネルを続けることにこだわった。

 その時から、蒼とは前日に打ち合わせをして、撮影する時間と場所を変えていくことにした。


 同時に『カメラマンとして今後はダラシーノさんもともに活動いたします』とお知らせ済み。

『ダラシーノです! ハコちゃんと一緒に働いているオヤジです。唄うハコちゃんの代わりに、僕が大沼の景色をお届けしますからね~!』


*いつも声がはいっちゃってる男の人!?

*なんでハコちゃん。一緒に働いているだけ??


『僕、声がでかいので、冬季の間、レストランでハコちゃんが録画中に、声がはいちゃっていたみたいで、ごめんなさいでしたぁ』


*ほんとにおじさん???

*ほんとにカレシじゃないの???


 憶測は飛び交ったが、葉子と蒼は淡々と唄のライブと新しい大沼の風景撮影で配信を続けていった。

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