第2話 妹、三回忌、暴力系幼馴染

「母さん、はやく片付けろって! もうすぐみんな来ちゃうぞ!」

「えー、べつにいいじゃんー。どうせみんな親戚なんだしー」

「良くない! 迷彩服とモデルガン大量にあるリビングとかじじばば連中卒倒するだろ!!」


 俺がクリエイターとして5年所属していたバズマジを辞めた翌日。

我が家では、妹・姫花の三回忌を前に、家族総出で最後の掃除が行なわれていた。


 そういう血筋なのか、我が家の人間は基本的にオタク気質である。俺は生まれつきガジェット好きだし、カケルはカードゲーム収集が趣味、両親も幾多の趣味を経て、数年前から夫婦そろってサバゲーに夢中だ。


 性格が几帳面な俺は自室内にすべてを収納できているが、残念ながら若干だらしない両親はそうではなく、2階にあるサバゲー専用部屋だけでは足らず。リビングにまでモデルガンや迷彩服が進出してしまっている。


 だけど、親戚や姫花の昔のお友達の集まる三回忌で、そんな物々しい世界観を披露するワケにもいかず、当日の朝になっても片付けを進めていた。


「そうだよ、お母さん。さすがに片付けないと」

「それは父さんもだろーが!!」

「いやーだって手に取ると色々見たくなるだろ?」


 そんなことを言いつつ、父さんはモデルガンを愛でていた。熱が入ってきたのかいつのまにはサングラスを装着している。映画のキャラみたいで普通に怖いし、三回忌用に着ているスーツとのミスマッチ感が半端ない。


「掃除終わってから見ろよ。俺はもう自分のは片付けたからな」

「わかったよ……良太はほんとに細かいな」

「普段からきちんと片付けてないふたりが悪いんだよ」

「うるさいバンバンバンっ!!」

「ガキかよ……始まるまで休憩してくるわ」

「時間余ってるなら手伝ってよー!」


 そう言いつつ、母さんまでラバーナイフを愛で始めている。まったく、なんて手のかかる両親なんだろう。親がああだと、子供がしっかりせざるを得ないんだよな……まあでも、ああいう親だからこそ、兄弟でYouTubeを続けられたのだろうけど。


 母親の要請を無視して2階にあがり、そのまま一番奥の部屋に入った。


「ん~……ふわあ……」


 ベッドに寝転び、体を伸ばす。ワイシャツのひんやりした感触を肌で感じた。

まだ季節が春ということもあって、この時間帯は夜の冷気が残っている。かっちりしすぎると思ったけど、これならジャケットを着ておけば良かったかもしれない。


 かけ時計を見ると、法要が始まるまでまだ1時間ほどあった。


 ワイシャツ一枚のまま過ごすのは難しそう……ということで、俺はお気に入りのパーカーを羽織った。モコモコであったかい、太いボーダー柄のパジャマ着だ。ワイシャツにパーカーというのはミスマッチで少し恥ずかしいが、スーツにサングラスの父さんよりかはマシだろうし、まあ今は仕方ない。


「もう2年か……」


 ひとりつぶやきながら、枕に顔をギュッと押しつける。


「今でも現実感ないよなあ……」


 胸がざわつく。三回忌を間近に控えているせいだろうか。


 ベッドから立ち上がってクローゼットを開け、しゃがんで座り込んだ。壁に背中をつけ、そのまま服たちに顔をうずめる。視界が暗くなったことで、自然と気持ちも落ち着いていく気がした。


「あー、落ち着く……」


 ここにあるのは昔、姫花が着ていた服だ。


 花柄のワンピースや白いワンピース、チェック柄のシャツやデニム地のスカート、麦わら帽、カンカン帽、なにげないTシャツや小物……色々あるけど、俺の最近のお気に入りはマキシ丈の紺のワンピース。顔にかけると、いい具合に視界を遮ってくれるし、昔、土下座して膝枕してもらった思い出もよみがえってくる。



   ===


『お願い、姫花! 膝枕してくれ!』

『えー、膝枕? お兄ちゃん、困るよお……』

『いいだろ、減るもんじゃないし。な? ちょっとだけだから!!』

『むー……わかったよお……じゃあ、1時間だけね?』

『い、1時間もっ!? そんなにしたら、姫花のかわいいお膝がおかしくなっちゃうだろ』

『そ、そうかなっ?』

「そうだよ! だから30分くらいにしとこう。なっ!?』


   ===



 姫花とのツーショット写真をスマホで見ながら、俺は過去に思いを馳せる。


 この写真は、膝枕をおねだりして成功した瞬間を、面白がって兄の翔が撮影したものだ。


 姫花は困った顔をしながらも、優しく俺の頭を撫でている。彼女の優しさ、気立ての良さがにじみ出た一枚で、ずっと大切にしている写真だ。


「うーん、いい肌触り……」


 スマホで姫花の写真を見て、しっかり彼女のイメージが頭のなかに残っている状況で、俺はワンピースをスンスンと嗅ぐ。さすがにもう姫花のニオイはなくなっているものの、彼女をずっと側で見てきた俺としては、その甘くて、木漏れ日のように柔らかなニオイはいとも容易く浮かんできた。


「姫花は本当にかわいいなあ……」


 つぶやきながら、俺は横にある小さな戸棚を開ける。そこには姫花の下着類が収納されており、俺はそこから1枚を手にとって頬にスリスリする。前面に小さなリボンがあしらわれた、かわいい白のショーツ。一点の汚れもなかった、無垢な姫花にふさわしい一着だ。


 程よい刺激がたまらなく愛しく、俺は気持ちが高ぶってそれを頭からかぶる。姫花が持っていた下着類の中でもとくにお気に入りのやつで(俺が)、姫花がいたときも時々かぶっていたし、いなくなってから定期的にかぶっている。


「やっぱ綿だよなあ……」


 仕事で辛いことや苦しいことがあると、俺はよくこうやって姫花のクローゼットに潜り込んで心を癒やしていた。それは姫花がこの世から去っても、変わらない習慣のままだ。


「やっぱここだな……落ち着く……」

「落ち着いてんじゃねー!!」


 いきなり腕を掴んで引っ張り出され、視界が眩しくなった。


 目を開けると、そこにいたのはショートカットの女子。いかにも快活そうな雰囲気で、俺のことを見下げている。いや、見下していると言ったほうが適切かもしれない。黒いワンピースを着ていることもあり、余計に冷たく感じる。


「なんだ、みれいか」

「なんだじゃない! 良太、また姫花のクローゼット入って!」


 そう言いながら、俺の腕を掴んで引っ張り出した。


「てかなによその格好!!」

「……ああ、そうだったな。ごめん脱ぐわ」


 と言いつつ俺がパーカーを脱ぐと、


「いやそっちじゃない! そっちもだけど!!」


 またしても耳元で叫ばれる。朝から本当にうるさいやつだ……。


「なんでパンツ頭からかぶってんのよ!」

「なんで……パンツはかぶる」

「モノじゃない! しかもそれ姫花の!!」

「いや、だって俺のパンツかぶっても面白くないし」

「そういう話じゃないっ! 人として終わってるからねその格好!!」


 そう言われ、俺は姿見で自分の服装を見る。


 スーツに女の子用のフェミニンなパジャマパーカーを羽織り、頭にパンツをかぶっている男は、妹愛にあふれた在るべき兄の姿…と言うのは無理があって、普通にまごうことなき変態だった。


「しかも勝手に姫花の部屋に入って……」


 彼女の名前は日岡みれい。家が隣同士の、いわゆる幼馴染で、年齢は俺と同じ。同じ女子同士ということもあって姫花ともずっと仲が良く、本当の姉妹であるかのように慕い合っていた。


 ちなみにみれいはインドアな俺と違って、アウトドアで空手の有段者だったりする。一応、幼馴染なので殴ってくることは年に2~3回しかないけど、殴る素振りで脅してくることは20~30回くらいあって、殴られたらかなり痛い。


 なので、俺はパンツとパーカーを脱ぐことにした。


「小学校から帰ってきたら、兄貴がクローゼットの中でスーハースーハーしてるとか、普通の女子なら絶縁だからね」

「絶縁……」

「それくらい良太のしてることはヤバいってこと」

「そうか。姫花だから、俺の愛情を受け止められたのか……ってことはつまり、俺たちが兄妹だったのはやはり運命」

「あー、マジでシスコンって頭おかしいな」


 みれいは肩をガクッと落とした。もはや、見下す気力すら残っていないという顔。


「もうほんとに良太ってやつは。仕事させたらスゴいのになんでこんな変態なんだろー」


 呆れてため息をつくみれいだったけど、本気で怒るつもりはないのか、俺がP&P(パンツとパーカー)をクローゼットにしまうと、急に穏やかな口調になった。


「もう三回忌なんだね。早いよね」

「……そうだな」


 みれいはイスに腰掛ける。姫花の学習机のイスだ。


 机の横にある本棚の上には、様々な写真立てが並んでいる。収められているのは、当然ながら家族の写真が多い。


 当然ながら長兄である山野辺 翔(かける)がうつってる写真もあるし、中にはみれいが写っているのもある。4人で写っているものなんかは、俺とみれいが姫花を取り合うようにしている一方、翔がひとりすかした表情で後ろに立っていたり、逆に距離感があるくらいだ。


 ……まあ、あいつのことはどうでも良くて。


 亜麻色の髪に、童顔でありつつ整った顔立ち、華奢な体型、少し天然でホワッとしていて優しい性格……姫花は本当に、理想の妹を体現した存在だった。


「私、三回忌って3年目だと思ってたけど2年目なんだね」

「ああ……」

「先月、三回忌するよーっておばさんから聞いて、誕生日と数え方違うんだなって」


 いつの間にか、みれいも姫花の写真を見ていて、そのうちのひとつを手に取る。姫花がみれいに抱きついている写真で、撮影場所は病院の庭。もともと姫花は体が弱く、小学校低学年くらいまでは頻繁に入院していたのだ。


 その後、元気になって普通に過ごせるようになって喜んでいたのだけど、まさか12歳の誕生日を迎える前にこの世を去ってしまうとは、誰も想像していなかった。


「翔っちは来ないのかな、今日は」


 みれいからその名前を聞いたとき。俺は自分の眉がピクッと動いたのを感じた。表情筋が反応したらしい。


「さあどうだろ。俺は連絡取ってないから」

「おばさんは返事なかったって言ってたけど」

「じゃあ来ないんじゃないの? までも、来る権利もないけどな。葬式にすら来なかったんだからあいつは」


 はっきり自覚できるほど、声色が変わっていく。が、俺はそれを止めることはできない。


「……まだ、翔っちとは仲直りしてないんだね」

「当然」

「もし翔っちが謝ってきたら考える?」

「普通に許さない。だって俺、あいつのせいで姫花の最期に会えなかったんだぜ?」

「……」


 みれいは黙ったまま、口を開かない。


 彼女は猪突猛進気味な子だけど、根の性格は優しい。俺とカケルの間にあったことを知っているからこそ、必要以上に触れてくることもない。


 幼馴染として悲しんでくれているのがわかる分、俺は申し訳ない気持ちになる。


「ごめん、空気重くしちゃって」


 ので、謝ると、みれいは静かに首を横に振った。


「ううん、あたしのほうこそ。てか良太、事務所辞めちゃうんだよね」

「辞めちゃうんじゃなくて、辞めたんだよ」

「あ、そうなんだ?」

「うん。昨日行ってきた」

「もったいないなー、そんだけ向いてる仕事なかなかないのに」


 みれいは明るい声で言う。空気を明るくしようとしてくれているのを感じる。


 まあでも、実際、稼ぎだけを考えればバズマジに所属していたほうが良かったのは間違いない。


「でもまあ、2年考えても気持ち変わんなかったから」

「動画作りたいってはなんなかったんだね」

「だから、きっともうこのままだろうって……もともと動画作りは姫花を楽しませたいって思って始めたことだったし」

「それはそうだけど……」

「だからやる意味もない、っていうかさ」

「……」


 みれいは何も語らない。何も語れないのかもしれない。


「それに、一旦リセットしたかったし。この2年はホント色々あっただろ?」

「そうだね。ずっと忙しかったし、ゆっくりするのもいいかもね」

「うん……第二の人生、始めることにするよ」


 自分でも思ったより、しんみりした口調になった。


 結果、空気もしんみりとしかけるけど、振り切るようにみれいが勢い良く立ち上がる。


「じゃ、そろそろ下降りよっか! 私、準備手伝う!!」

「ありがと」


 そうやって、みれいとの話が落ち着いたそのとき。


「リョータあああ!!! いるなら出てこーいっ!!!」

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