第1話 迷惑系YouTuber、退所、仲間たち

「コーラボッ!! せいっ、コーラボッ!! せいっ、メントス! せいっ、コーラボ!!!」


 表参道駅から数分歩いた一等地にある高層ビルの前で、小太りな男と小汚い男、小太りで小汚い男の3人が、真っ昼間から奇声を発していた。


 オフィス街ではそんな様子は当然ながらとても目立ち、たまたま通りかかった人たちが足を止める。


 すかさずビルの警備員が駆け寄って注意するが、男たちは三手に分かれて奇声を発し続けるため、やめさせることができずにいた。


 周囲を確認すると、緑色の髪の毛をした、アラレちゃんもびっくりなくらい縁のデカい黒縁メガネをかけた男が少し離れたところから撮影していた。この男もグルらしい。

遠回りするしかないようだった。


「カケル、コラボーしやがれーいっっ!! せいっ、コーラボッ!!」


 その言葉を聞き、俺は反射的にマスクを鼻のうえまでかけ直す。


「これは正面からは無理だな……バレたら面倒なことになりそー」


 静かにビル裏口へと向かうその途中、スマホで電話をかける。ワンコールもしないうちに、快活な声が聞こえてきた。


「もしもし、リョータくん?」

「弥生さんお疲れ様です。実は変なのが」

「ビルの前にいて裏口に向かってるんでしょ。もういるよ」

「あ、ホントですか? ……ホントだ、いた」


 裏口にたどり着くと、20代後半くらいの女性が手を振っていた。彼女は渡辺弥生さん。俺がクリエイターとして所属しているYouTuber事務所「VAZ MAGIC」(通称バズマジ)のマネージャーさんだ。


 スタートアップ企業の社員らしく、黒のスウェット&デニム&スニーカーという、ラフ極まる服装な弥生さん。だけど、溌剌とした美人でスラットした体躯の持ち主ゆえモデルのようで似合っている。しかも、明るいオーラから、仕事ができることも伝わってくる。


 彼女は俺のマネージャーさんで、同時に営業担当でもある人だ。クリエイターとしてのサポートをすべて引き受けてくれてる人、と思ってくれていればいい。


「やっ、リョータくん」

「お疲れ様です!」

「いいって頭下げなくて。私たち何年の付き合いなの」

「親しき仲にもって言いますし」

「そうだけどさ」


 弥生さんは苦笑を浮かべている。


「よくわかりましたね、俺がこっちから来ること」


 マスクを外しながら答えると、彼女は笑顔で続ける。


「わかるよー。君は目立つの好きじゃない子だし、あの変なのが来てるのは私も知ってたし。はいこれ入館証」

「わ、あざっす。相変わらずめっちゃ準備がいい」

「できる女は違うでしょ? 相手の行動を予測して役に立ち続ける。これ営業の鉄則です」

「さすがバズマジが誇る案件女神」

「やだもうリョータくんったら、そのあだ名照れるんですけど!」


 わざとらしく、頬に手を当てる弥生さん。


「じゃあなんて呼べばいいんですか」

「んー……強いて言うなら案件天使?」

「えっとアラサーで天使は……んぐっ!!」

「あっ、ごめん! 肘がぐーぜん当たっちゃったっ☆」


 そんな掛け合いをしつつ、俺たちは裏口を抜け、エレベーターホールへと向かう。


 ちなみに案件というのはYouTube業界で言う企業PR案件のこと。商品をPRして、その対価でお金をもらっている動画、と言えば疎い人にもなんとなく伝わるんじゃないだろうか。弥生さんはバズマジ内で一番取ってくることで知られており、案件女神と呼ばれているのはそのせいだ。


 一見、アホっぽい呼び名だけど、YouTuber事務所というのは社員の能力がマジでピンきりで、ダメな人が担当になると何年所属しても一件の案件も持ってこなかったりもする。俺は弥生さんに担当してもらって5年になるが、その間、彼女はずっと案件を取りまくってくれて、それはそれは女神でい続けてくれた。


 のだけど……


「までも、そんな女神もプライベートは違うんですけどね」

「ダメ男製造機ですもんね」


 俺の言葉に、弥生さんはニヤリと笑って、口元に人差し指を当てる。


 そう、女神はあくまで社内向けの顔で、プライベートの彼女はとにかく男をダメにする女なのだ。


「なんでもやってあげるから、歴代の彼氏全員ダメ男になったし。私、今までに付き合ったの5人だけなのに、その全員が無職になったからね」

「なんと……俺が知ってるのって直近の2人だけですよね?」

「そうそう」

「2分の2で無職になったのやべーって思ってたんですけど、5分の5だったとは……」

「私、素でこういう性格でしょ? だから仕事では良くても、プライベートだとダメなのよ……リョータくんが知ってる2人なんか、合コンで出会ったときは商社マンとIT企業社長だったのに、半年後には2人とも一日中スウェットで、サンダルでドンキに買い物行くだけが日課の人間に堕ちたからね」

「一体なにがあったんだ……」

「ふふ、教えてほしい?」

「いえ、遠慮しておきます。俺にはレベル高すぎるから」


 丁重に断った。口では自嘲してるけど、顔は笑顔で全然反省している感じがしないんだもんな、この人……。


 俺と弥生さんが初めて会ったのは、中学3年生のときだ。兄・カケルがYouTuberとして人気を博したことがきっかけでスカウトされ、裏方だった俺も、クリエイターとして一緒に所属することになった。(ので、俺は厳密にはYouTuberではない。勘違いされやすいけどね)


 綺麗だし、仕事もできるし、話していて楽しいし……ということで密かに憧れていた時期もあったのだけど、カケルと込み入った恋愛トークをしていたのを横で聞いて、淡い憧れはすぐに消えたことをここで補足しておこう。


「しかし、ホント迷惑な奴らだよね。昼間っから叫んだりして」


 エレベーターに乗り込むと、外の景色を見ながら弥生さんが言う。さっきの奴らは今も警備員さん相手に狼藉を働いていた。


「迷惑系YouTuberって言うんですよね」

「迷惑系ってか狼藉系だよもはや」

「狼藉系」

「迷惑系だったとしても、そんな分類あっていいのかって感じ」

「まあ、YouTuberも最近はどんどん細分化してますから」

「個性と非常識を履き違えてるというかさ。なんのために生まれてきたんだろーね」

「そこまで言います?」

「だって、ああいうのがいるからYouTuberのイメージが悪くなるワケじゃん? リョータくんは嫌じゃないの?」

「どうだろう……正直、語る必要もないという感覚です」

「視界にすら入ってない的なね」

「正直どうでもいいと言うか」

「でも、リョータくんらしい」


 ふっと弥生さんの顔が優しくなる。顔がいいので怖いことを言うと急に怖くなる彼女だけど、基本的に弥生さんはいい人だ。


 ……だからこそ、今日の話し合いは気が重くもある。


「それに、俺はもう……アレなので」


 そう告げると、弥生さんの表情が一気に暗くなる。


「やっぱり、気持ちは変わってないんだ」

「……はい」


 話がなんとなく終わったとき、エレベーターがバズマジのオフィスがある階に到着した。


「リョータおはよ!」

「おはようございます」

「リョータ久しぶりだな! 元気っ!?」

「そっすね、ボチボチっす」

「あっ、お、おはようございます!」

「おはようございます」


 オフィスに入ると、顔なじみの社員さんたちが次々と声をかけてくれ、俺はひとりひとりに軽く頭を下げていく。


 YouTuber事務所の中では最大手で古参なバズマジだけど、企業的には設立して今年で7年目の新興だ。YouTuber支援やインフルエンサーマーケティングを生業としており、昨年には上場も果たした。


 そして、そんなバズマジに、俺はクリエイターとして5年所属している。なので、古株の社員はみんなよく知っているし、俺よりあとに入ってきた人もほぼみんな話したことがある感じだ。


 社員さんたち、および偶然居合わせた後輩クリエイターたちの歓迎を一通り受けたのち、応接室に入ると、弥生さんは奥側の席を指した。


「いつもは気にしてないと思うけど、今日は奥側だから」

「え、でも今日はトオルさんと……」

「社長が相手でも今日は君が上座だよ、リョータ」


 後ろを振り向くと、そこにいたのはパーカー姿の男性だ。30代中盤くらいで、笑顔が爽やかだが、目の下には太いクマがあり、隠せない疲労がにじみ出ている。


 彼の名前は依田トオル。バズマジの設立者で、現在も代表取締役社長を務める人物だ。


「トオルさん、お久しぶりです。お忙しいなかお時間作っていただき、ありがとうございます」


 さっき社員さんたちにしたより深く頭を下げる。


 が、そんな俺の行動を、トオルさんは手で制した。


「いやいや、今日はさすがにね……所属として会うのは一旦これが最後なワケだし」

「はい、そうですね」

「……やっぱ気持ちは変わってないんだよね? 事務所を辞めるって気持ちは」


 さみしさを多分に含んだトオルさんの声が広い応接室に響いた。


 俺が無言でいると、トオルさんが続ける。


「リョータ、これは社長としてではなく友人のひとりとして言うけど、お前がYouTube辞めたら天国の姫花ちゃんも……」

「姫花はっ……!」


 自然に大きな声が出た。結果、トオルさんの言葉を制してしまったことに気づく。


 社長への態度としてはふさわしくないので軽く頭を下げるけど、それでも、俺は言いかけていた文言を途中で止めることはできなかった。


「……関係ない、とは言えないですけど。でもいいんです。これで」


 静かにそう続けると、トオルさんと、弥生さんがさみしさを押し殺した表情で、うつむいた。

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