第22話 皇子に叱られ、お仕置き(精神的に)


 私が押し返したことでオルセア皇子は少し我に返ったようで、私の表情を見て驚いたように目を見開いた。まあ、壁ドンと言うか薄暗いところで迫られた恐怖から半泣き状態だから、仕方がないわよね。おそらく皇子は私を怖がらせるつもり何てなかっただろうし。


「す、すまない。泣かせるつもりはなかったのだけど、少し冷静さを欠いていたようだ」


 皇子はそう言って私の目線に会わせるように身を屈めた。そしてどこに持っていたのか、ハンカチを取り出して零れ駆けだった私の目に溜まった涙を優しく拭った。

 優しい手つき。本当にオルセア皇子は優しい性格だと思う。ただ、ちょっと暴走しやすいと言うか、気持ちを抑えるのが下手なのかもしれないけれど。それも皇子の魅力の一つなのかもしれないわね。


「いえ、こうなった原因を作ったのは私ですから謝る必要は無いですよ。まあ、確かに迫って来たオルセア皇子は少し怖かったですけれど、それも自業自得ですから」

「いや、そもそもミリアさんがここに入り込んだ原因は私だから、謝る必要はあるだろう」


 そう言えばそうだった。でも、路地裏に入る選択をしたのは私だ。だから皇子が謝る必要はあまりないと思う。


 …そう言えば、オルセア皇子はいつ私を解放してくれるのだろう? 確かに屈んで私の視線に合わせてくれてはいるのだけど、どうも逃がすつもりはないのか私の前からずれてくれる気配はない。涙を拭ってくれた時に壁に突いた手はどいているのだけど、その代わりに屈んだ際に足を少しだけ前に出しているから結局、壁ドン状態と変わっていないのでは? 


「あの、オルセア皇子?」

「何かな?」


 うわー、もの凄い笑顔だよ。今までの経験から明らかに何かを狙っている表情だとわかる。いや、誰が見てもそう思うかもしれないくらい何かが感じられる笑顔だわ。


「えっと、もうお屋敷に戻った方が良いのではないでしょうか?」

「うん。そうだね」


 あ、ようやく退いてくれるみたいね。ん? 何で私の腕を引いて…え? ちょっと待って何で後ろに回って…うわっ、持ち上げられた!?


「ちょっ、あの皇子!?」


 背中と膝の後ろに腕を回せされて持ち上げられた。ちょっと持って、なんで横抱きされているの!? いやいや、え? この行動の意味が分からないのだけど、オルセア皇子は優しいながら悪戯が成功したみたいな笑みを浮かべている。それを見て私はこれがお仕置きの一環だと理解した。


 顔が近い。先ほども近かったけれど、横抱きされた状態では何故か無性に恥ずかしい。それに不自然に鼓動が跳ねて顔が熱くなっていく。

 こう言うことをやられても完全に嫌な気分にならないって、すごくオルセア皇子のことが好きでしょう私。おそらく皇子に初めて会ったくらいだったらこういうことをされる以前に触れられる前から拒絶していたと思う。


 今だったらキスされそうになっても、さっきみたいに拒めないかもしれない。

 だからそう言うことはしてこないで欲しいと思う私と、少しだけ期待している私が葛藤している内に路地裏からでて、近くに止まっていたオルセア皇子が用意したと思われる馬車に乗って屋敷に戻ることになった。





 オルセア皇子に叱られてから1週間ほどが経った。アルファリム皇国の軍に提示した計画は完全に纏まったらしく、皇子は計画の実行に関わるため忙しそうに書類と格闘している。

 私には一切その辺りの話をしてこないので、おそらく進軍の際に掛かる費用や武器の調達などに関わることだと思う。さすがに協力関係とは言え他国の貴族には軍内部の資料や情報は出せないと言うことなのだと思う。単純に忙しくて話しかける暇がないだけかもしれないけどね。


 その間の私は何をしていたかと言うと、まあ、何もしていなかったとしか言えない。いや、本当にやることが無いのよ。アルファリム皇国軍は皇子の管轄だし、ベルテンス王国の協力者に関してはお父様がどうにかしているらしいから、他に何をしろと言うのか。

 何もやっていない訳じゃないのよ? ベルテンス王国の城の内部構造は既に私が書きだして皇子に渡したくらい。まあ、書いたのはここに来る前だけど。


 暇ね。皇都は最初の1カ月で大分見て回ってしまったし、お金がたくさんある訳ではないから買い物に行くことも出来ない。まあ、食べ物を買っても食事は用意されているし、物を買ったところでその後はどうするんだって感じよね。一旦ここに置いてもらって置いて、後で回収するのもありだけど、そこまでして欲しいと思う物は無かったから。


 しばらく屋敷の談話室的なところで何もせず座っていたら、デュレンとメイドが部屋の中に入って来た。


「あの、レフォンザム様。少々よろしいでしょうか?」


 何事かと思って入って来た2人を見ていたら、メイドが申し訳なさそうに話しかけて来た。隣に居るデュレンは何か心なしかニヤついているような。


「何でしょうか?」

「その…ですね、そろそろオルセア様にお出ししていた飲み物が無くなる時間だと思うのです」

「? そうなんですか?」


 うん? 何でそのような事を私に言いに来たのかしら。いつも通りなら普通に持っていけば…あぁ、もしかして私に持っていかないか、と言う提案でもしに来たのかしら。それなら隣に居るデュレンの態度も理解できるわね。


「もし宜しければ、レフォンザム様がオルセア様にお飲み物をお出ししてはみませんか? ……とデュレン様から提案されまして」


 あ、うん。やっぱりね。と言うかこのメイド最後にヘタレたわね。


「そうですね」


 そう言えばここに来てから皇子の執務室に入ったことは1度もないわね。個人の執務室に入るなんて事、普通は無いから当たり前なのだけど。


「お嬢様はお暇されているようですから、ちょうどいいのではないでしょうか?」

「何か含みがありそうなのだけど時間もありますし、良ければ私が持って行ってみましょうか」


 メイド、と言うよりもデュレンの提案を受け入れて、私は皇子の執務室に飲み物を運ぶことになった。まあ、飲み物を運ぶだけだから何も起きないと思うし、時間つぶしには良いでしょう。

 ……何かフラグが建っていたりしないわよね?

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