第16話 馬車に乗る


 私たちが乗り込んだ後、しばらくして馬車はアルファリム皇国の城に向かって走り出した。到着までは休憩を最小限にして4日掛かるとのことなのでそれまでは馬車の中に皇子と2人きりで居ないといけないのでしょうか? いえ、皇子の従者の方は居るので完全に2人と言う訳ではないのですけど、従者の方は基本的に私たちが居る所から微妙に隔離された位置に居るので実質2人と言う状況なのよね。

 デュレンは家から前線基地までに乗って来た馬車を引いて、私たちが乗っている馬車に追従している。私はそちらに乗りたかったのに、なぜこっちに乗っているのかしら。


 うぅ、気まずい。と言うか、あの後の皇子は当たり前のように私の隣に座って来て、しばらく無言で私の方を見ていたようだ。私は恥ずかしさによって手で顔を覆っていたので最初の笑顔以外は詳しくは知らない。まあ、皇子は馬車が動き出す少し前に私が座っている向かいの座席に座りなおしていたけど、それまでは隣に居るって言うので、ずっと落ち着けなかった。本当、いきなりあんなことが起こるのは少女漫画だけだと思っていたけど、実際にそれを体験するのは体に良くないわね。


「落ち着いたかな?」

「え…ええ、申し訳ありません。ああ言ったものは余り慣れていなくて」

「婚約者が居た身では異性との接触もよくは見られないからね。仕方が無いことだよ」


 いや、貴方も皇族なのだから婚約者くらい居るでしょ、って思いかけたけど馬車に乗る前にオルセア皇子が婚約者は居ないみたいなことを言っていたことを思い出した。皇族なのだから普通に考えて小さい時から婚約者が居るものだと思うけど、アルファリム皇国の皇族は違うのかしら? それとも別の理由があるのかもしれない。って違う! だったら何で皇子はこんなに余裕があるの? もしかしたら慣れているってこと…なのかしらね。


「いえ、公爵家の娘としてあれは少々問題があるかと思います」

「そうだろうか? 私は問題無いと思うけどね」

「いえ、さすがにあれは」

「それに、そのままの方が私は好きだよ? かわいいから」

「っ!」


 いやいやいや、だから何でこうサラッと…って、待って言葉に出してきたのは初めてだよ! 何!? 今日はサービスデーか何かなの? 

 うん? もしかしてこれは|揶揄≪からか≫われているだけなのではないかしら? なるほど、手を引かれただけで恥ずかしそうにしている私を見て楽しんでいると。それなら皇子の表情も理解できますね。


「オルセア皇子。あまり|揶揄≪からか≫ったりしないでくださいませ」

「そういう意図は一切ないのだけど。そうか」


 露骨に悲しそうな表情にならないでよ! 何か別に悪いことはしていないのに罪悪感が湧くのだけど、だったらどうしろと言うのかしら。


「あ、いえ…あの」


 悲しそうな表情をした皇子にどう声を掛けたらいいのかわからずに戸惑っていると、それを見ていた皇子が薄っすら笑みを浮かべているのに気が付いた。

 って、ちょっと。演技だったの? 私の心配と言うか気遣いを返して欲しいのだけど!?


 そんなやり取りをしている間にも馬車は進んで行く。

 このままだと精神的に辛いから早く最初の目的に付いて欲しい。切実にそう思う。




 前線基地から出て4日目。ようやく馬車からアルファリム皇国の城が見えて来た。予定では後数時間で皇都に着くみたいです。まあ、そこから城に着くまでさらに時間が掛かるようですけどね。


 ああ、ようやくこの精神修行から解放される。長かった。途中休憩なり昼食なりで止まることはあったけど、基本的に日中は馬車の中。馬車の中には私と皇子、そして存在がかろうじて確認できる皇子の従者だけ。

 馬車に乗っている間はずっと皇子に見つめられている。さすがに2日目後半になれば多少は慣れて来ていたから微笑み返すくらいは出来たけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。


 それと、まだ話し合っていなかった部分についても凡そ話し終わった。残念ながら、侵略が成功した後に王政を乗っ取るまでは問題なく決めることが出来たのですが、その後の国の存続については纏めることは出来なかった。まあ、まだ時間はあるし、私たちよりお父様や皇当りに決めてもらった方が無難な気はするのだけどね。


「ああ、そろそろ道が舗装された場所に入るから、その時に少し揺れるよ。速度的にはそこまでじゃないと思うけど気を付けてね」

「ええ、わかりました」


 アルファリム皇国の皇都は地面全体が舗装されているようね。ベルテンス王国は王城へ行き来する道しか舗装されていなかったのだけど、経済の違いか文化の違いかしらね。


 しばらくして馬車を引いている馬の蹄鉄の音が変わった。


「ひゃん!?」


 それから一瞬遅れて舗装されている場所の境目の差が大きい所に当たったのか乗っていた馬車が少し跳ねた。事前に注意されていたとは言え、ここまで強い衝撃が来るとは思っていなかった私はその衝撃で体が座席から少しだけ前に飛び出してしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 私が衝撃で前に出てしまったのを見て皇子は直ぐに反応し、私の体を受け止めてくれた。馬車に乗る時とは違い、肩をやんわり掴んで支えて貰っているからそこまで恥ずかしくは無い。まあ、肩を掴んでいるのは皇子なりの配慮かしらね。何がとは言わないけど、ミリアはそこそこ大きいから。


「大丈夫です。助かりました。ありがとうございます」


 とりあえず、直ぐに皇子が受け止めてくれたので安堵して感謝する。ただ、馬車がまだ動いている状態なのでこのまま動くと危ない、そのため皇子が御者に減速するように指示を出していた。完全に止めないのは後続にはデュレンが走らせている馬車があるためだと思う。そして馬車が減速したところで、私たちは元の座席に座りなおした。



「改めて助けてくださり、ありがとうございます。オルセア皇子」


 場が落ち着いたところでもう一度感謝をしておく。直ぐに感謝はしていますが、それはまだ事が収まっていなかったので、もう1度しっかり感謝は伝えるべきでしょう。


「ああ、いや。改めて言う程のことではないよ。ミリアさんを助ける私としては当然のことですから」

「いえ、直ぐに助けていただけなければ、大怪我はしなかったと思いますが、少なくとも多少の怪我はしていたと思います。ですから感謝するのは当然のことだと思います。ですので、ありがとうございます。皇子」


 私がそう言って軽く頭を下げてから笑顔を向けると皇子は特に言い返す言葉が出てこなかったのか、それ以上言い返してくることは無かった。

 気のせいだと思うのだけど皇子の耳が赤くなっていた気もするけれど、それは気のせいよね? 恥ずかしくなるようなことは言っていないのだから。

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