第5話 気付かれない内に侵略され始めている


 公爵の動きが止まった。もしかしたら呼吸も止まっているかもしれないと思う程、微動だにしない。

 まあ、いきなり娘から国を乗っ取ってみないか、なんて言われたら戸惑うどころの話じゃないよね。でもこの計画を進めるにはミリアの父親である公爵の力は必須だ。少なくとも現状、悪い噂が出回っている上に王族との繋がりを絶たれた娘である私では国内の協力者を作るのは難しい。


「…なんだ、耳を疑うような話だが、本当にそんなことをするつもりなのか、ミリア?」

「ええ。そのつもりですわ」

「……そうか」


 父親の沈黙が長い。公爵として大臣として過去の王政を担っていた以上、王国を乗っ取るということに対するリスクや成功した場合の面倒ごとなどを予想しているのかもしれない。


 とは言え少なくとも私は、現行の王政を排除して乗っ取ること自体はそこまで難しくはないと予想している。ただ、問題はその後だ。国の政治や地域を担うはずの貴族の大半が腐ってしまっている以上、それらは排除しなければならない。これはまだいいけど、そうした後にその穴埋めをどうしたらよいかと言うのが一番の問題なのだ。

 まあ、それは追々考えればいいことだ。それにいくら公爵家の者だろうとミリアはそのようなところに関与する程の権力も貴族間の繋がりも無いのだから、ミリアの父親である公爵や他の真面な貴族に丸投げすればいい。


「まあ、それも一つの方法か。すでに私では王城内の状況を直接見ることは出来なくなった。入ってくる情報も、私に届いたミリアの噂を鑑みるとどこまで本当のことか見当がつかんな。今までに入ってきた情報からまだ取り返しが効く状況だと判断していたが、王子の婚約者として王族の近くに居たミリアがそこまでのことをしなければ、と考える程だとすると状況は頗る悪いと言うことだな」


 うん、まあ…直接見た記憶は無いのだけど、結果は知っているし実質見たとも言えるはずだ。今更だけど本来のミリアの意識はどうなっているのだろうか? 今は完全にみどりの意識としてあるけど…いや、今は公爵との会話に意識を向けよう。


「そうですね。私が近くに居ながら王族の中では比較的真面だったグレテリウス王子も腐敗側に回ってしまいました。これで真面と言える王族は継承権を放棄している第1王子だけです。そしてそれも国外へ逃亡済み、という状態ですけどね」


 本当ならクーデターの指揮を執ってほしい第1王子は既に王国から逃げ出している。おそらく王城内が腐敗していく様を間近で見て感じて危機感を持ったのだろう。そこで腐敗に対して行動を起こしてくれればここまで悪化することは無かったと思うけど、第1王子は既に結婚していて子供もいる。そんな中で現王政に反旗を翻せば子供や婦人の安全が脅かされる可能性が高くなるから国を出たのだと思うけど、自分くらい残る気概を見せて欲しかった。


 まあ第1王子は大義名分を得るための旗頭として何れ呼び戻すとして、話を進めよう。


「私がこの話をしたのには2つ程理由があるのです。1つは今の話にあった王政の腐敗。もう1つが他国からの侵略になります」

「侵略だと!?」


さすがに予想していなかった内容なのか公爵は驚きを隠せずに今まで座っていた執務椅子から立ち上がった。


「そのような話は一切聞いていない。…いやそうか、なるほどこちらに流れて来る情報が操作されていたと言うことか!」

「そうですね。ここまで情報が入って来ていないとなると、我が家の諜報員も買収されているかもしれませんね」


 まあ、現段階でわかっていたらこんな悠長にしていないよね。たぶん既に王国を抜け出している貴族はこの情報を得たからだろうし。


「ああ、それもあるかもしれないな」


 その辺りの細々とした部分は父親がどうにかすることなので私は関与するつもりはない。そもそも、諜報員自体公爵直属みたいな感じで繋がっていると思うし、元からどうにもできないけど。


「他国に関しては、グラハルト商国とアルファリム皇国です」

「グラハルト? グラハルト商国はベルテンス王国の友好国だが、何かの間違いではないか? 侵略なぞするような国ではないと認識していたのだが」


 グラハルト商国は確かにこの国の友好国だ。しかし、グラハルト商国がこの国の友好国になった本当の目的は別にある。

 グラハルト商国について詳細に話すと長くなるので端的に言うと、他国の友好国として近づき信頼を得つつ内部から侵略し、最終的にその国を隷属させて搾取するという悪質な国である。

 そして現状、この国の内情を見る限り最終段階に入っていると見ていいと思う。なので、なるべく速いこと計画を進めて行かないとグラハルト商国にこの国は乗っ取られてしまうと言うことだ。


 本当にあの乙女ゲーはどうしてこんなところまで設定を作り込む必要があったのか。そう思ってしまう最大の要因は、グラハルト商国の搾取の対象は物だけでなく人も対象だと言うところにある。それも平民であろうと貴族であろうと、ましてや王族であろうと搾取の対象であり、後に奴隷として扱われることになるのだ。


 それをさせないためにも王国乗っ取り計画は成功させなければならない。そして私がコンタクトを取りたいと考えている皇子の母国であるアルファリム皇国に関しては、確かに周辺国を多く取り込んで国土を増やしている国ではあるが、内情は意外と真っ当な国政である。しかし、ここもまたグラハルト商国の情報操作で悪辣国として広まっているのが現状だ。まあ、それに関してアルファリム皇国は気にしていないようだけどね。

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