バイオレットはブルーじゃない!

よろしくま・ぺこり

羨ましすぎる最近の小学一年生

 ただ、青が好きだった。


 だから、ランドセルが黒と赤しかないと知った時、キレた。


「青いランドセルが欲しい。絶対に欲しい!」


 わたしの両親は怒ることすら忘れ、呆然とわたしが家を破壊する姿を見つめていた。


「あっ」

 父が声を出した。


 わたしは父の小さな「あっ」に気がつかず暴れていた。


「私立のT総合学園のランドセルは確か、青だった」


「青」という音が耳に入り、わたしは破壊活動をやめた。その瞬間、父がわたしを荒縄で椅子の背もたれに縛りつけ、母はわたしの口の中にタオルを突っ込み、その上からガムテープを貼った。これは、わたしがキレた時の恒例儀式なので、わたしはもう暴れなかった。わたしの癇癪玉は持続時間が短いのだ。そして普段はとてもよい幼稚園児だ。クラスでも一番早く五十音を覚え、名前を漢字で書けた。鉄棒も逆上がりができる。今年の春から園児の総代表になり、いきなり朝礼での就任あいさつで教頭先生の女子園児への日常的な猥褻行為を告発し、教頭いや元教頭の鈴木健一容疑者か既に被告なのかは知らないけれど、やつを地獄に突き落としてやった。

 ネタはまだある。わたしの幼稚園は女性の先生が多いけれど安心はできない。教職においてあってはいけない異常な性癖を持つ女性が最近になって幼稚園教師にかなり紛れ込んでいる。その標的は男児だけではない。女児だって危険だ。しかし、そいつらを一網打尽にする証拠はすでに集まっている。けれど、変態教師たちを追いやっても、また新しい変態教師が補填されるだけだ。さすがにわたしの情報網を持ってしても、新教師陣の性癖、弱点、汚点を一週間で把握するのは難しい。だから、いまのところは元教頭のクビを斬ったところでよしとしようと思った。


 それよりも大事なのは青いランドセルである。


 T総合学園は私立の一貫校でありながら、入学金、月謝がお安くて、寄付金も受け取らない天国のような学園なので人気がある。だから、その分倍率が飛び抜けて高く、偏差値80以上でないと足切りされると言われている。だから、学研の『学習と科学』や『公文式』ごときでは太刀打ちできず、しかも学園側は過去問と解答を一切公表していないから傾向と対策も立てられない。

 だけど、どうしてもライトブルーの制服を着て青いランドセルを背負いたいわたしは現役東大生を文系と理系の二人、両親に頼んで家庭教師にして来てもらった。一日に二ダースの鉛筆が消費された。鉛筆は西ドイツ製の青い製図用の鉛筆を使った。ただ青いからと言う理由なので、値段も、商品名も知らない。一時期、BOXYというブランドの青も使ったが、黒い部分が多くてそれが気になり、勉強に集中できないから、元に戻した。

 幼稚園にいるときも画用紙にクレヨンで、アインシュタインの特殊相対性理論の数式を書いて暗記し、途中で先生に画用紙を見られたときは思いっきり舌を出してやった。


 翌年の一月二十日に入学試験が行われ、ここで初めて親子による面接があることがわかった。勉強に集中しすぎて学園の応募要領を見ていなかったのだ。両親の方は超放任主義だったので、応募要領の存在さえ知らなかったという。もちろん両親は試験会場に来ていない。さすがに焦ったわたしは知り合いの神奈川県警本部長の平松に頼んで、会社で若い女子社員と喋っていた、父を警官に逮捕させ、パトカーで試験会場まで超特急で連行してことなきを得た。

 多少、平常心を失ったので、試験結果にあまり自信はなかった。面接は父がトップセールスマンだったので試験員の教諭と話が弾んで、後日飲みに行く約束までしていたので問題なかった。グッジョブダディ!


 わたしは、たのしい幼稚園ライフを捨ててまで、学園の試験に挑んだ。もし、不合格だったら、その場で腹を斬り、父に介錯させるため、短刀と日本刀、その他ソメイヨシノの舞い散る校庭で腹を斬るための道具一式をマジソンスクエアガーデンのバッグに入れ、今日だけは我慢して、白装束で学園に向かった。物心がついてから初めてブルー系でない衣装を着た。もちろん下着などつけていない。その時の覚悟はできている。正式な切腹のルールに則り、腹を十文字に裂き、臓物を全部外に出して、頸動脈を斬る。その瞬間、父が首級の皮一枚残して介錯をする。ポトリとわたしの首級があぐらになっているわたしの両足にポトリと落ちる。くれぐれも三島由紀夫の二の舞にならないようにと、父に頼んだ。

「任せな。キチガイに刃物っていうだろ」

 不正解だ。


 学園の校庭にもう合格者の番号が張り出されている。わたしは怖くて見ることができず、父に頼った。親とは必要な時だけに頼り切るために存在するものだ。

「おーい」

 父は呑気な声をだした。

「なっなに……」

「不合格! じゃないみたいだぞ」

 はあー。わたしは嬉しくて父を担ぎ上げてパイルドライバーを食らわせてあげた。

「でもさあ……」

 頭から血が出ていないか確かめながら父が尋ねてきた。

「なんで、赤いランドセルじゃだめなんだい? 青より赤の方が女の子らしいじゃないか、ひかる」

 わたしは当然こう答えた。

「青が好きなんだから、仕方がないわ」


 いまの子は、好きな色のランドセルがほぼ自由に選べて、本当に羨ましい。アインシュタインなんて、いまのわたしにとってはTシャツの柄にもならないほど不必要な情報だもの。

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